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淑女の顔も二度目まで  作者: 凛蓮月
最終章〜縁の糸の結び直し〜
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2.縁の糸が切れた


 目が覚めて、まず一番にする事はマクルドと話し合う事。

 朝食をいただきクロスも交えて話し合おう。

 何としてでも離縁をもぎ取る。

 これからは自分の幸せだけを考えよう。

 人生のやり直しは何度でもできる。いつでも始めようと決めた地点からリスタートできるのだから。



 リリミアは決意して目を覚まし、視界の低さに違和感をおぼえた。

 目に入る自分の手は小さく、ふわふわな髪も思ったよりも短い。


「あれ……? 私……」


 夢だろうか、と頬をつねるが痛くて再びビックリした。


「おはようございます、お嬢様。今日は王城でのお茶会の日ですよ」


 侍女がカーテンを開けると眩しいくらいの朝陽が部屋の中を明るく照らした。


『おはようございます奥様。朝でございます』


 いつもならば公爵家の使用人が起こしに来るはずだ。だがいつもと違う様子にリリミアはベッドから降りて駆け出した。


「お父様、お母様!」

「リリミア!」


 二人はリリミアを見るなり近寄り抱き締めた。


「これは夢? 私はまた夢を見ているの?」

「いや、信じられないが再び時間が戻ったらしい」


 前回マクルド曰く、時を戻したのはランスロットの愛を捧げたからだと言っていた。今回は誰が愛を捧げたのだろう。

 子どもにまで遡るくらいだ。その人への愛は大きかったのだろう、とリリミアは感謝した。


「お父様、今日は王城でお茶会の日と聞いたわ。もしかして」

「ああ。あの日まで戻ったようだ」

「では」

「今度は逃げられる? もう我慢しなくていい?」

「勿論だ。今度こそはもう全てをかなぐり捨てても公爵家から逃げよう」


 そう。

 リリミアが戻って来たのはマクルドと出会ったお茶会の日。

 つまり、婚約前に戻って来たのだ。


「ああ、だがお茶会の当日だから急な欠席は無理だ。王命だからね。まだ睨まれるわけにはいかない。反逆者とみなされたら逃げもされない。

 どうせならせめて一週間前にしてくれたならまだ逃げようもあったのだがな……。

 今日は挨拶だけしてすぐに帰ろう。来た事を証明すれば面目も立つだろう」


 以前はマクルドに一目惚れされその日のうちに婚約を打診された。

 今回は出会わずにいたい。けれど。


「また記憶があったらどうしよう。逃げられないの……?」


 マクルドに記憶があれば出会わずとも打診されそうでリリミアは震えた。

 マクルドが望めば公爵夫人は再び囚えようとするだろう。


「大丈夫だよ。もう私たちも覚悟を決める。だからリリミアは安心しなさい」


 公爵家に太刀打ちできないのは百も承知。

 だが今回こそはリリミアだけでも幸せになってほしい。

 伯爵夫妻は決意した。



 お茶会でリリミアは質素なドレスを選んだ。

 できるだけ地味に目立たないように。


「大丈夫だよ、リリミア。挨拶だけしたらすぐに帰ろう」

「ええ……」


 父が窘めるがリリミアは不安で仕方がない。

 何を言っても聞く耳を持たない公爵家の者たちだった。今回こそは、と思うが一回目と二回目の記憶を持ったリリミアにはマクルドが恐怖の存在に見えていた。


 王城内にある広庭には既に令嬢令息が集まっていた。みなおめかしをして気合十分である。

 付き添いの大人たちはどこか呆然とし、一部の子どもたちも不安そうにしていた。


 しばらく待っていると国王の侍従が開始の挨拶を述べた。これは前回無かった事だ。

 前回は国王が開始の挨拶をし、それから爵位が高い順に挨拶を始めた。


 なんだかおかしい。

 そう思うのに時間はかからなかった。


 まずこの時既に王太子となっていたランスロットの姿が無い。カリバー公爵家の者がいない。

 ヴィアレットの姿も無い。

 ガウエンの実家であるソール侯爵家も、スタンの実家フェイル伯爵家すら。


 このお茶会はランスロットの側近と婚約者を決めるためのもの。前回はこのお茶会がきっかけとなり平民だったエールを除く四人の男たちが集まったのだ。

 国王もいないならばと警戒しながら退出するタイミングを計っていると、国王らが会場に姿を現した。勿論ランスロットの姿もある。


「皆のもの、楽しんでいるか」


 その場にいる貴族が頭を垂れる。国王は一つ頷くと、「面を上げよ」と言った。


「本来であればこの場は()()()()ランスロットの側近を決めるためのものであった。

 だが急遽話し合いをしなければならず、遅れてしまった事を詫びる。

 本日は心行くまで楽しんでいくと良い」


 国王が言うと、参加者は俄にざわついた。

 リリミアは記憶を辿りゆく。

 一回目と二回目合わせて二十年以上が経過している。この時の記憶はうっすらとしか覚えていないがただ一つ変わっている事に気付いた。

 それに気付いたのはリリミアだけではない。

 厳しい表情のバラム伯爵を始め、気付いた一部の者はみな険しい顔をしていた。


 みな口には出さず、国王への挨拶を開始する。

 その列の中に見たくもない姿を見つけ、リリミアは戦慄した。

 カタカタと震えながら父にしがみつくと、バラム伯爵もその姿を捉え顔を強張らせた。

 件の人物は国王に挨拶をし、父と共に列から離れた。今のところリリミアたちに気付いた様子は無いが、バラム伯爵はリリミアを隠すようにして抱き締め、周りに隠れるようにして待っていた。


「バラム伯爵、久しいな」

「国王陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます」

「良い。娘も息災か」

「ご機嫌麗しゅう存じます」


 リリミアが挨拶をすると、国王は目を細めた。

 口を開こうとするが、すぐに唇を噛み締める。


「伯爵、後日登城するように。日にちは追って連絡する」


 国王の言葉にバラム伯爵は目を瞬かせた。

 困惑するように返事をすると、列から退いた。



「何だか様子がおかしいな」


 前回と違う国王の行動は、時戻り前の記憶を持っているのではないかという疑念に繋がる。

 だがあれこれと想像しても答えは出ない。

 伯爵は件の人物に会う前にリリミアを連れて帰る事にした。


 だが。


 馬車に向かう途中、その人物はリリミアに気付いた。

 目が合った瞬間リリミアは射竦められたように息が止まった。


 どんどん近付いて来るその人物は、リリミアから目を離さない。

 逃げたいのに逃げられない。リリミアは伯爵の服を握り締めた。

 


 だが、その人物はリリミアの横を素通りした。

 去り際に言葉を残して。


「もう、大丈夫です。()()は自分の幸せだけを考えて下さい」


 リリミアは振り返る。

 最後の記憶に見たあの笑顔が重なる。


 リリミアは去り行くその後ろ姿から目が離せない。

 見た目はマクルドなのに、話し方はクロスのものだった。



 その後、カリバー公爵家から婚約の打診が来る事は無かった。


 リリミアは初めて、絡めとられていた縁の糸から抜け出せたような気がした。


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