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淑女の顔も二度目まで  作者: 凛蓮月
最終章〜縁の糸の結び直し〜
35/59

1.デウス・エクス・マキナ


 時を戻る最中、一人の少女が悲痛な表情を浮かべていた。

 一回目の人生でマクルドとリリミアの間に生まれたマキナである。


 二度目の時に生まれる事を許されなかった彼女は、魔女のいる場所で概念だけの存在となり滞在していた。

 正確にはマキナであり、マキナではない。

 だが彼女は魔女の計らいにより『リリミアとマクルドの娘だったマキナ』としての意識を保てていた。


 マキナは二回目の二人をずっと見ていた。

 自分が生まれる事を楽しみにしながら。

 だがマキナが誕生する事は無かった。

 自分が生まれた日を過ぎても誕生できない事に、ショックを受け呆然としてしまった。


 どうして? なぜ?

 リリミアがマクルドと子を儲けたくないと言った時は母に裏切られたような気がした。


 だが、マキナは魔女から一回目の母の最期を見せられた。

 嫌がる母を無理矢理襲う父に嫌悪が湧いた。

 母以外を相手にする父を見た事があるマキナは、自分勝手に母を傷付ける父を、自らの欲望の為に妻を利用する父を許せなかった。


 同時に、マキナが「メイから生まれたかった」と言っていたのをリリミアが聞いていた事も知った。


 そんなつもりは無かった。子どもの無邪気な願望だった。

 けれど、それが母を深く傷付け絶望を与えた。


 それを知って、マキナは母が自分を生まないと決めた事を仕方ないとしか思えなくなった。


『私はマキナを生めなかった。愛しているから傷付けたくなかった。

 生んだら私は今以上に憎しみに囚われてしまう。

 あの子をそんな対象にしたくない』


 母の思いの吐露を聞き、マキナは母の深い愛を知った。

 そして、言ってしまった事は取り返しがつかないし、やってしまった事を謝れない事があるというのを思い知ったのだった。

 謝罪だけでなく、「愛している」と伝える事すら――。


 だからマキナは母の幸せだけを願った。

 もう思いやりのない父から離れ、自分の幸せだけを考えてほしいと願うようになった。


 時戻りでマクルドがリリミアへの愛を捧げると聞いたとき、マキナは魔女に聞いた。


「ねえ、魔女さん。お父様の対価だとどこまで戻れるの?」

「そうだね。……学園入学前ってとこだね」

「それじゃだめ。お母様はお父様から離れなきゃいけない」


 その為にはマクルドとリリミアが婚約する前に戻したかった。

 公爵家からの打診を伯爵家は断れないと母は言った。

 母に婚前子ができても決して手放さなかった公爵家だ。愛が消えて執着だけ残ったら、と思うとマキナは自分の父ながらに恐ろしかった。


「だから、私の中にある愛を使ってほしい」


 自分の中にある愛がどれくらいあるかは分からない。

 もしかしたらエールのように少ししか無いかもしれない。

 けれど、母が幸せになる為に使うなら自分という存在が消えてもいいとマキナは思った。


「……お前は……」

「お願い。夫婦とか恋人同士の愛じゃなくても良いんでしょう?

 何回でもやり直せるように、ずっとずっとお母様を愛し続けるから」

「あの二人が結ばれなければお前はお前として二度と生まれる事は無い。それでもいいのか?」

「いいよ。お母様には幸せになってほしいから」


 マキナは魔女に向かって微笑んだ。

 生きて母に償えないならば、ここにいてできる事がしたかった。

 二度と生まれなくても、母が幸せになる事で贖罪としたかったのだ。


「魔女さん、足りなかったら僕の中にある愛も使って」


 その声は、時戻りによって生まれる前となったエクスだった。


「リリミア様に幸せになってほしい。どれくらいあるか分からないけれど、僕の中のものも使ってほしい。

 ……そして、僕と、生みの両親との縁の糸を切ってほしいんだ」


 エクスの言葉に時戻りの魔女は眉を上げ溜息を吐いた。


「お前まで……。そうしたらお前は生まれない。それでも良いのか?」

「……うん。僕は十分リリミア様から愛を貰えたから、もう、いいんだ」


 エクスは悲しげに微笑んだ。二回目の人生で母と呼び慕えた。

 デウスには敵わなくても、次第にクロスへの確かな愛を感じられた。

 もう、それだけで十分だった。


「「だから魔女さん、お願いします!」」


 二人の子どもに懇願され、魔女は難しい顔をし、うんうん唸って長く溜息を吐いた。


「まあ、いっか。縁のには何か言われるかもしれんが、それもまた一興」


 時戻りの魔女はもう一人を呼んだ。


「……あれっ? 俺なんで……」

「デウス!」


 名を呼ばれた少年はエクスの方に顔を向けた。

 時戻りによって存在をなくした三人のリリミアの子たちが一堂に会した。


「初めまして、とかやってる場合じゃないね」


 エクスは魔女の方を見た。


「デウスはもしかしたらまた生まれるかもしれない。

 そしたら今度は……一緒に住めるよね」


 魔女は正しくその意味を汲み取り、エクスを優しげな眼差しで見つめた。


「やり直したいと思った者たちには記憶がある。

 あの者がまた望むなら、デウスの事も覚えているだろう。

 そうでなけりゃフェアじゃないだろ?」


 時戻りをしたいと思った者だけが記憶を持ったままでは、その者の都合良く改変されていく。

 不幸が覆されるなら良い。だが幸せを覆されたら?

 そういった意味でも「やり直したい」と願う者は記憶を持ったままやり直した。


 マクルドら四人だけでなく、婚約者とやり直したいスタン。

 リリミアを喪い無念を抱えたバラム伯爵家の者たち。

 生まれる前からやり直したいと願ったエクス。

「こんなはずじゃなかった」と悔恨したカリバー公爵夫人。


 解放を願ったリリミアも、記憶を持っていた。

 それは魔女からの計らいだ。


 時戻りをする際に願えば、その記憶を持ち越せる。

 例外があるとすれば、忘却の魔女の仕事が間に合わなかったりサボった時だろう。


「ではマキナ、お前の中にある愛を少しばかりいただこう。

 ……あの者たちが妻以外への……それこそ自分や魅了女への想いを捧げれば無限に戻せるのだがな。

 後悔しないか聞いても肯定するばかりで、結局自滅してるしなぁ。

 愚かもここまで来れば滑稽よの」


 時戻りの魔女は杖をひと振りする。

 マキナの中にある温かいナニカが魔女に吸い込まれていく。


「魔女さん」


 温かな感情に包まれた魔女にエクスが話し掛けた。


「僕を父上の中に入れて下さい」


 その言葉にみなが目を見開いた。

 魔女は目を丸くしてまるでおもちゃを見つけた猫のように瞳を輝かせた。


「父親に憑依するのか。面白い。いいだろう。

 その間のあの男の魂は一度預かろう。少々灸をすえねばな」

「お願いします」


 エクスは覚悟していた。

 エクスという存在は消滅しても、リリミアを助けたい。

 デウスに母の温かさを返したい。


 だからマクルドの中に入り、リリミアに接触させないようにする事にしたのだ。


「クロス……?」


 状況を上手く掴めないデウスは、エクスのその表情に呆気にとられて見ていた。


「デウス、リリミア様をよろしくね。

 とても優しくて、素敵なお母様だから」


 それでもデウスは怪訝な顔をしてエクスを見やった。


(デウス、エクス、マキナ。

 僕たちはきっと、リリミア様が幸せになる為に存在するんだ)


 エクスは胸の内にある感情を自覚していた。それは誰にも気付かれないもの。生きている間自身でさえも自覚は無かった。

 二択のうち一つを選んだエクスは、選ばなかった方を魔女に差し出した。

 それはとても純粋でキラキラしていて、受け取った魔女は優しげに微笑んだ。



「時が戻るぞ。縁があるならまた会おう」


 ぐにゃりと空間が歪んでいく。


「魔女さん、私からもお願いがあります」


(あれは……)


 エクスがその姿を見たのは絵姿だけだった。

 もしも()が自分と同じ事をするのであれば。

 そう思いながら吸い込まれていく。



 そしてエクスがマクルドの中に入り、気付いた時には彼が初めて公爵家に来た時くらいの年齢になっていた。


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