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淑女の顔も二度目まで  作者: 凛蓮月
二回目
33/59

21.魅了の残滓か本質的なものなのか


 思い通りにいかないのはマクルドだけでは無い。

 果たして時戻り後の彼らは幸せになれたのだろうか。



 時戻り前はメイに心酔し、暇さえあればずっとそばにいた男――ガウエンは、今世では父親である騎士団長に性根を叩き直され、何とか一個隊長にまで出世した。

 父親の勧める女性と結婚し、メイを想いながら妻を抱き、子を授かった。

 表面上は妻を愛している振りをしながら、その実ずっとメイだけを愛している。


 リリミアが亡くなった時に豹変したメイの態度に驚きはしたもの、身も心も芯から魅了されていたガウエンはやはりメイを憎めなかった。

 むしろ時戻り前は次回こそはメイと結婚したいと目論んでいた為、勝手に処刑を決めたランスロットに憤り、自分ではない男を受け入れたメイを愛しながらも憎しみを抱えていた。


 魔塔にいる間も何度も脱走を試みたが、脳筋の彼はスタンの包囲網にことごとく引っ掛かりメイを助ける事は叶わなかった。

 だからガウエンは毎日時戻りの魔女の到来を祈っている。

 そしてメイを救う為に深く妻を愛し、もう一度時戻りをするのだと、ガウエンは黙々と日々を過ごしていた。


「父上、僕は将来父上のように立派な騎士になりたいです」


 ガウエンが前回授かれなかった息子は父を尊敬し祖父を尊敬していた。

 勉強が苦手なところはガウエンに似て、そんなところに親近感が湧いてくる。


「アヴェイン、お前はきっと良い騎士になる。

 日々の鍛錬を怠らないように」

「はい!」


 共に鍛錬する二人を優しく見守る妻は大人しく慎ましやかな女性だ。

 前回会った事も無い、由縁も無い女性。

 御しやすく、ガウエンにとって好都合な女性だった。

 輝くようなメイに比べれば印象も何もかも薄いが、不貞をして婚約破棄をしたガウエンは選べなかった。

 だが印象が薄い事はメイを身代わりと立てやすかった。


「メイリア」という名前も好都合すぎた。


 妻を呼ぶとき愛しの女性を思い浮かべた。

 それだけで妻へ穏やかで熱の篭った目を偽装できた。



 ガウエンは気付かない。


 女性は決して愚かな者ではないと言うことを。

 恋に恋する乙女ならばフィルターがかかり不都合な事実を覆い隠す事もあるだろう。


 だが、愛してもいない義務的な関係ならば。


 メイリアは夫を愛していなかった。

 騎士団長の権限を使われ無理矢理結婚させられたのだ。

 彼女には愛し合う恋人がいた。

 実家の下男をしており、爵位を継ぐ立場では無い三女の彼女と恋人の仲は両親も認めていたのだ。

 将来は二人で実家を継いだ兄を支えようと約束していた。

 だが侯爵家の横槍が入った。

 騎士団と取引のあるメイリアの実家は、騎士団長の頼みを断れなかった。

 姉二人は結婚していたから、メイリアが行くしかなかったのだ。

 無理矢理引き裂かれた彼女はそれでも家の為だと夫となる者を立てようと覚悟を持って結婚した。

 ところがガウエンはあからさまに他の女性――メイの身代わりとして妻を取り扱った。


 メイリアはバカにされたと腸が煮えくり返る思いで微笑んでいる。

 けれど抵抗する術を持たない彼女はそれを表に出さず、夫を憎んでいた。


 唯一の救いは息子が可愛いことだろう。

 無垢な息子は父と母を慕っている。

 彼女は息子の為だけに、今ここにいるのだ。




 一方のエールは、あの後も定期的にスタンの治療を受け入れ、メイへの思慕を殆ど取り除いていた。


 マクルドらと違い彼は商人、そして平民。

 働かねば食って行けぬと時戻り前から地道に努力はしていた。

 最終的に家族から見捨てられはしたが、思い返せばメイから得られる事は何も無かった彼は、今回はあっさりとメイを損切りする事にしたのだ。

 貴族の中の平民という事で、メイを共有する時いつも割りを食っていたのは彼だった。

 その事に不満もあった為、時戻り後は王太子たちと距離を置いた。


 代わりに彼は仕事に打ち込んだ。

 時戻りのアドバンテージがある彼は商品の先読みを活かし実家に多大な利益をもたらした。

 王太子御用達となるより利益が多かった。


「一時期はどうなるかと思ったが、改心してくれて良かったよ」


 両親や弟はエールを再び受け入れた。

 残念ながら元婚約者は既に結婚してしまっていた為他に婚約者を見繕うつもりだったが、未だに魅了の影響が残っているかもしれないからと独り身を貫いた。


 魅了され愛しているはずの妻を蔑ろにしていたマクルドのようになりたくないと思ったのだ。


 メイへの思慕はほぼ無いとはいえ、思い出せば燻るものは少しばかり残っている。

 その残滓と今の充実した生活を比べて、迷わず今を選べるくらいではあるが、それでも彼は誰か妻を迎えようとは思えなかった。

 例え残骸でも増幅すればまた同じ事を繰り返すだろうと思うと怖くてできなかった。



 ランスロットは三人目を授かった後憑き物が落ちたかのように愛妾全てを清算した。

 望む子を与えてくれた妻ヴィアレットに感謝しながら、これからは家族五人で暮らそうと思っていた。


 だが、彼は今、隣に異母弟マリウスを侍らせた妻から離縁を要求されていた。


「レッティ、これは……どういう事かな?」

「どうもこうもありませんわ。私と離縁して下さい」


 ランスロットは理解できなかった。

 ヴィアレットは時戻り前から自分を愛していたはずだ。

 メイとの事を知っても変わらず穏やかに接していたし、何の問題も無いはずだと思っていた。

 確かに時戻り後は愛妾を囲いはしたもの、それは全てメイの身代わりでしかないし、ヴィアレットも前回から愛妾の存在を許容する立場にいたはずだ、と。

 現に今回もランスロットを愛おしげに見つめ、彼と一緒にいられるだけで幸せだと表情が物語っていた。

 夜会でも彼は愛している振りをしていたが、ヴィアレットは常に心の底から幸せそうに笑っていた。


「俺ときみは離縁できないはずだ」


 前回だってそうだ、メイがいながら離縁しなかった。だから好き勝手できたのだが、ランスロットは失念していた。


「確かに貴方が王太子であれば離縁はできません。

 ですが、今の貴方は廃太子され、王籍剥奪は免れたもののただの王子でしかありません。

 だから離縁は可能なはずですわ」

「――っぁ……」


 そう。

 ランスロットは現在王太子ではない。

 王太子ではないから離縁は可能なのだ。


「兄上、こちらにサインを」


 マリウスに言われ、ランスロットは離縁の書類に目をやった。

 既にヴィアレットのサインがしてあり、彼女が本気であるとまざまざと見せ付けられた。


「子どもたちはどうするんだ……。エレインは生まれたばかりじゃないか」

「御心配無く。マリウス殿下の養子として育てますので。

 婚外子なので継承権は低いですけれどね」


 うっとりと隣にいるマリウスを見つめながらヴィアレットは話す。

 マリウスも優しげな眼差しで彼女の手を握りながら見つめている。

 そんな二人を見て、ランスロットは顔を歪めた。


「どういう……事だ……?」

「義姉上は今までは公妾でしたが、私の側妃とします。本当なら正妃が良かったのですが……彼女はガラハドを生んでますからね。側妃なら子を生む為に存在するものですし、問題は無いでしょう」

「子どもはガラハドだけではないだろう?」

「あれ? 気付いていませんか? 兄上の子はガラハドだけですよ。

 あの子が生まれた後避妊の魔法が掛けられたのは御存知なかったのですか?」


 マリウスの言葉にランスロットは目を見開いた。

 自身に避妊の魔法が掛けられたなど彼は気付いていない。愛妾とコトに及ぶ時は専ら掛ける側だったのだ。


「嫡子さえいれば良いでしょう? 兄上も方々に種を蒔いてましたから、後に禍根が無い様に王家として当然の処置ですよ」


 時戻り前のヴィアレットとの子どもたちは三人。いずれもランスロットの血を引く子たちだった。

 妻への愛を捧げたが、子どもたちへの愛は残っている。

 時戻りをする事により存在が不安定になる彼らをもう一度この世に生み出す事はランスロットの中で確定事項だったのだが。


「うそ……だろう……? そんなの、子ども……たちが……?

 それにきみのした事はただの不貞じゃないか……」

「散々愛妾を囲っていた貴方が何を仰るのですか。私は公に認められたものですわ。それにご自身は良くて、どうして私は責められねばなりませんの?」

「俺は公妾など認めていない!」

「父上がお認めになりました。言わば王命です。私が中々結婚しないからお許し頂きました」


 ランスロットの唇は震えていた。

 やり直すべきはマクルドだけで、自分は特にやり直す必要は無いと構えていた。

 だから時戻り前と態度を変えなかった。

 ――いや、ヴィアレットへの態度は変わっていた。悪い方向に。


「そんな……嘘だろう……? なぜ……」

「何故? 逆に聞きますが何故そんな被害者のような顔をなさるのですか?」

「裏切られたんだぞ?」

「先に裏切ったのは貴方でしょう?」


 ヴィアレットは溜息を吐きながら呆れていた。


「何度も離縁を要請しましたが、貴方は変わらなかった。

 それなのに裏切られたなんて。

 寝言を言うのはお止めになって?」


 ()()()()()()()、ランスロットが肩の荷を下ろした辺りでようやく彼は献身的なヴィアレットを愛し始め、愛妾全てを切り捨てた。

 最近では心を入れ替えたように彼女を優先し以前と同じように接し始めたのだ。


 そのタイミングでヴィアレットはランスロットに離縁を要求した。

 既に王太子ではない彼との離縁は可能だ。

 二人は自分たちの世界に浸り見つめ合う。そこにランスロットの存在は無く、ただの道化でしかなかった。


 ランスロットは何故そうなったのか、何故ヴィアレットの隣にマリウスが立っているのか。


 見たくない現実から目を背けるしかできなかった。

 ランスロットは微笑むヴィアレットを見ながら、こんなはずじゃなかった、と叫ばずにはいられなかった。


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