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淑女の顔も二度目まで  作者: 凛蓮月
二回目
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17.何の為に


 王都に帰還したリリミアは、父親と共にカリバー公爵家に訪れていた。


 同じ状況になったとはいえ、不実は不実。

 正直に話せば婚約は解消になるだろう。


 リリミアは悩み、決断した。

 何と言っても息子は可愛かった。小さな手に触れるだけで温かな気持ちになり、黒い心が晴れていく。

 マクルドの事を憎む気持ちはあれど、我が子の前では霧散してしまった。


 これも何かのきっかけだ。婚約破棄となれば家族に迷惑をかけるが貴族籍を抜きアーサーとデウスと三人で隣国に行こう。

 リリミアは覚悟をもって話し合いに臨んだ。



 カリバー公爵家で出迎えたのは公爵夫妻だった。マクルドは魔塔にいてまだ帰っていないようだ。


「マクルド様と婚約している身でありながら他の男性と通じ子を生みました。ですから私は伯爵家の籍を抜け平民として生きていこうと思っております」


 マクルドへの仕返しを諦め、リリミアはアーサーと息子との未来を選んだ。その方がお互いの為にも良いだろうとも思ったのだ。

 だがその思惑は外された。


「事情は分かりました、ですが私たちはこのまま結婚してほしいと思っているわ」


 公爵夫人は顔を強張らせてリリミアたちに言った。


「何故……でしょうか」


 バラム伯爵が尋ねると、夫人は眉間にシワを寄せ手を握り締めた。


「マクルドは……とても、とても後悔しているわ。確かにあの子は学園にいる間リリミアさんよりも優先してきた女性がいたわ。本来ならば許されない事だと思う。

 けれど、それはもう終わったの。相手の女性は処刑が決まっているわ。魅了の魔法をマクルドに掛けていたのですって。言わばあの子は被害者なのよ」


 公爵夫人は切々と涙ながらに訴えている。


「あの子はリリミアさんの事を本当に愛しているの。本当よ。今は魔塔で魅了の解呪治療しているわ。だからお願い、あの子にチャンスをあげてほしいの」


 どうかこの通りです、と公爵夫人は頭を下げた。

 こうなると爵位が下のリリミアたちは何も言えない。


「マクルドも必死に頑張るって言ってるわ。それに貴女じゃないなら結婚しないって言ってるの。うちにはあの子しかいないの。

 他に後継を譲るなんてとんでもない。もう惨めな思いはたくさんよ……」


 呟くような言葉に違和感をおぼえたが、バラム伯爵は難しい顔をした。


「しかし……」

「名門の公爵家に嫁ぐのよ? 何の不満があるの」

「不満も何も、私は不貞を犯しました。子もおります。そんな私は公爵家に相応しくありません。マクルド様には私にこだわらずとも相応しい女性が現れるでしょう?」


 マクルドが、カリバー公爵家が何故そこまでリリミアに拘るのか理解ができなかった。

 不貞で子を成したなど余程でない限り許せないだろう。


「あの子は……時を戻ったそうなの」


 その言葉にリリミアたちは息を呑んだ。


「信じられないかもしれないけれど、リリミアさんは一度亡くなってしまったの。葬儀の時マクルドはとても悲しんだわ。貴女の棺を抱いたまま離れようとしなかった。

 娘もいたの。マキナという可愛い女の子だったわ。

 マクルドはね、貴女とマキナとやり直したくて時戻りの魔女にお願いして戻ったそうなの」


 夫人の言葉にリリミアと伯爵は目を見合わせた。


「ねえ何故だか分かる? 貴女を愛しているからよ。わざわざ時間を巻き戻してまでもやり直したかったのは他でもない、貴女なのよ」

「ですが私は子を生んで」

「いいのよ、気にしなくて。マクルドの気持ちを汲んでくれるなら気にしない事にするわ。

 貴女の為に何でもします。

 だからお願いします。この通りよ。

 マクルドにもう一度チャンスをあげてください」


 公爵夫人はソファから降りて膝を突き、手を床に突いて頭を下げた。

 爵位が上の者からそこまでされては伯爵家の者は何も言えない。

 リリミアは再び公爵家に囚われるのか、そしてやはりこの二人に何を言ってもこちらの気持ちを思いやる事は無いのだな、と心が凍る思いだった。


「……分かりました。顔を上げてください。

 その代わり、私からお願いがございます」

「ええ、いいわ。貴女の息子を住まわせるのだけは呑めないけれど」

「それは構いません。お願いとは、後継ぎが成人したら離縁させてください。私は子どもと離れなければならないのです。

 我が子と引き離される事が辛いのは、同じ母ならば公爵夫人もお気持ちが分かるでしょう?」


 公爵夫人は逡巡した。自身も母の立場、我が子と引き離されるリリミアの気持ちも分からなくも無い。現にマクルドは目に入れても痛くないくらいに可愛い。

 リリミアが純潔でなくてもマクルドが言うから業腹でも受け入れねばと思うくらい息子を溺愛している。


「分かったわ。離縁と言うけれど、気が変わったらいつでも継続していいわよ」


 そんな事はありえない、とリリミアは小さく笑った。


「それからもう一つ、私とマクルド様の事に介入しないで頂きたいのです」


 リリミアは二人に期待するのを止めた。ならば。


「私は二人でやっていきます。ですから、なにがあっても、決して口を出さないと約束して下さい」


 リリミアの鬼気迫る勢いに、公爵夫妻はたじろいだ。


「約束する。約束するわ。貴女のやる事に口出しはしない。結婚してくれるなら、何も言わないわ。

 その代わり貴女も逃げようなんて思わないで。逃げるなら男も息子もどうなるか分からないわよ」


 どこまでも卑怯な公爵家の面々にリリミアと伯爵は怒りを堪えるのに必死だった。

 思い通りにならないならせめて邪魔だけはされたくない。リリミアはやるせない笑みを浮かべながら胸の内は黒く渦巻いていた。



「お父様、私、楽園に行くのを諦めなくてはいけないわね」


 馬車の中でリリミアはぽつりと呟いた。

 デウスを授かった事を後悔はしない。何かの運命とも思っている。

 仕返しなどせず、マクルドと離れなさいと言われている気がしたのだ。


 だが公爵家はどこまでもリリミアを解放しない。

 愛しているから、愛する息子が言うから、愛する妻が言うから。

 権力で脅し服従させようとしてくる。


 精いっぱいの強がりも、手足を震えさせながらだった。


 結果的に婚約は解消できなかった。解放からはほど遠い。

 解放されないならこちらはこちらで好きにするしかない。

 公爵夫人の話を顔色悪く聞いていた公爵は相変わらずあてにはならなかった。


 なにがそうさせるのか分からない。前回の記憶があるならメイを助けて迎えれば良いのに。

 だが公爵夫人は今回動いていなかった。マクルドからは何も聞いていないようだ。子が生まれる前にメイは処刑されたと思っているようだったしその子の行方すら気にも止めていないような言い方はこちらにも記憶があるとは思っていないからだろう。

 それとも、元々貴賎結婚には反対していたせいだろうか、前回はメイの影響があったのだろうか、と考えてもリリミアには分からない。


「……リリミア、すまない……」


 父から言われ、リリミアは何の為にやり直しをさせられているのだろう、と答えが出ずに、眦からつう、と涙を溢れさせた。


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