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淑女の顔も二度目まで  作者: 凛蓮月
二回目
23/59

11.性根は変わらない

 無理矢理表現があります。

 苦手な方は途中スクロールしてくださいm(_ _)m

 サブタイは隠しタグです。


 夜が明けて、一睡もできないままマクルドは朝を迎えた。


 考えれば考える程リリミアを愛していると自覚する。

 考えれば考える程時戻り前の己の愚行に打ちのめされている。

 それと同時に理不尽さを感じている。


 リリミアに時戻り前の記憶があるなら、今の彼女のやる事全てが納得できた。


 一年間領地にいたのは――隠し子を作る為。

 マクルドにはエクスがいたから。


 孤児院にいたエクスを探し出し後継としたのも、記憶があるから存在を知っていた。


 裏切られた記憶が色濃く残るから、マクルドと閨ができずマキナを授かれなかった。

 ――マキナが異母兄ばかりだったから、……そう、マクルドが仕向けたから、リリミアはあえてマキナを生まない選択をしたのだとしても頷ける。

 公爵家も伯爵家も両親と疎遠にしたのはマクルドだ。

 最後の砦のように思っていただろうマキナは、メイを母と慕いエクスを兄と慕っていた。

 ……仕向けたのもマクルドだ。


 リリミアは公爵夫人が生まれた時からエクスを可愛がっていた事を知っていたのかもしれないとマクルドは思った。

 公爵邸にクロスを連れて来たのは青褪めた表情の両親だった。

 隠し子を秘匿していたから、それを突きつけたのだ。


 リリミアの両親はリリミアのやる事に納得しているだろう。

 その上でアーサーは協力している可能性が高い。


 バラバラだったパズルのピースが嵌っていけば、リリミアには記憶があるとほぼ断定できる。

 そしてマクルドに彼がしてきた事を返している。

 社交界でも健気な淑女の鑑として振る舞うだけで結果的にマクルドを孤立させ、味方を削っている。

 彼女は夫の悪口は決して言わない。噂も淑女の笑みで返すのだ。

 贅沢は好まないし文句も言わない。何かをねだることもない。

 マクルドが贈り物をしなければ宝石一つ身に着けない。だが美しさは損なわれない。

 メイのようにいくつも宝石をぶら下げるような下品さは全く無い。


 全ては自業自得。


 時戻りは全てを無かった事にできなかった。

 最悪の選択をし続けたマクルドに、やり直しの機会なんて与えられていなかった。

 一部の望みは叶ったはずなのに、彼の心は飢えていた。


 リリミアを愛している。リリミアに愛されたい。

 学園に入学し不貞する前の二人に戻りたい。

 アーサーなんかに奪われたくなかった。


 だがマクルドに責め募る資格など無い。

 誰にも言えないものはマクルドの中に蓄積していく。

 自分の方が苦しいのだという思いが溢れ出る。


 リリミアと離縁したくない。

 マキナに会いたい。

 やり直さなければ良かった。

 やり直さなければマキナはいたしエクスもいた。

 ――メイだって。


 違う。

 メイへの想いは治療したはずだ。

 魅了魔法がかけられていただけの偽りの感情だ。

 自分はリリミアだけを愛している。

 ――やり直さなければ幸せな日が続いたかもしれないのに。


 違う。いや、違う、魅了だ。

 メイを愛しているなどとは間違いで幻想だ。

 今はメイはいない。リリミアを大切にしたい。


 それに時戻り前もメイは処刑されたはずだ。

 どのみちメイが助かる方法は無い。


 マクルドの思考は渦巻き、段々とぼやけていく。

 メイとあまり接点が無かったスタンでさえ解呪に数年を費やしたと言っていた。

 十数年メイのそばにいて、常に魅了の影響を受けていたマクルドは、スタンが魔塔で研究を続けてようやく編み出した魅了解呪をされても、根を張ったようにじくじくと奥でこびりつき離れない。

 リリミアを愛していると理性は叫ぶ。

 メイに会いたいと奥で声がする。


 否定する度奥底の声が大きくなる。


 ――あの刺激的な夜をもう一度――


 リリミアに相手にされず、かと言って愛人も作れないマクルドは、次第に欲求不満が溜まっていった。


 己の内なるものに抗い、思考がかき乱されてもリリミアを手放したくない。

 最早愛という名の執着に成り果てても、マキナを失いリリミアも失えば何を糧に生きていけば良いのだ、とマクルドは乾いた笑いを浮かべた。


「おはようございます、旦那様」

「……おはよう」


 朝食の準備ができたとリリミアが部屋を訪ねて来た。

 結婚してからリリミアはマクルドの名を呼んでいない。

 マクルドの名を呼ぶのは誰もいない。


『マク……私を見て』


 肥大する声に縋りたくて、マクルドはリリミアに声をかけた。


「なあ、俺の名前を……呼んでくれないか」


 懇願に近いそれは、マクルドの最後の頼みの綱だった。

 リリミアはいつもとは違うマクルドの様子に、ただならぬ気配を感じた。

 もう随分と長い事呼んでいない。

 顔を見るだけで、名前を出すだけで憎悪が湧き起こるからあえて顔を見ず、名前を呼ばず今まで過ごしてきた。


「呼んだとて、何かが変わりますか?」


 マクルドはハッとしてリリミアを見た。

 変わる、と言いたかったがリリミアの表情を見ると二の句が継げない。と同時に怒りが湧いてくる。


「貴方は未だ囚われている。亡くなっても、追い求めている。

 私は身代わりはお断り致します」

「身代わりなんかじゃない!!」


 マクルドは叫び、リリミアをベッドに引き摺り込んだ。覆い被さり、両腕をベッドに縫い付け、服の上から身体をなぞる。

 夢にまで見たリリミアの肢体に理性が切れ、息遣いも荒くなる。


「やめ……いや……いやああああ! っぅ」

「愛しているって、信じてくれないからこうなるんだ!」


 涙を浮かべ必死に抵抗するリリミアに、マクルドの背筋がぞくぞくとしてくる。

 それはまるで、()()()の続きをするかのようだった。

 抵抗するリリミアを押さえつけ、裾から手を差し入れ――。


「……っメイ……」


 言葉を発した瞬間、リリミアの抵抗が止んだ。そしてマクルドは自分が何と言ったか理解できなかった。


「母上! ――っ、ぁ……な、にしてるんだ……!!」


 リリミアの悲鳴を聞きつけてか、クロスが入って来た。

 母を助けようと小さな身体でマクルドにぶつかると、よろりと身体が傾いた。その隙に呆然とするマクルドの力が緩むと、リリミアは彼を押し退けてベッドから降りた。


「……貴方は何も変わってない……!! そんなにあの方が良いなら、もう一度やり直したらいいじゃない!!」


 悲痛に叫び、震える身体を何とか窘め服を整えるとリリミアは逃げるように退室した。


 ずっと我慢していたのに、もう、何かが終わってしまったと、マクルドは痛感した。


「父上」


 びくりと肩を跳ねさせる。

 声のした方向へ目を向けると、クロスの表情は憤りに満ちていた。


「何度母上を傷付けたら分かるのですか」

「クロス……?」

「何故あんなアバズレを忘れられない?

 魅了されていてもいいところなんか何も無いだろう?

 どこがいいんだ? 簡単に股を開くしか能が無いのに、何故リリミア様より愛せるんだ? 騙されていたことに何故気付けない?」


 七歳のクロスが父親に言うにしては時戻り前に聞いた口調であるのにマクルドは目を見張った。


「なんで僕を処分しなかった? なんで僕を生まれさせた?

 リリミア様に償いたいなら貴方の裏切りの証拠である僕を処分すべきだと言ったのに……!!

 やり直しする為に時を戻したんじゃないのか?

 なんで何もしなかった? なんであんなのを求められる?

 本当に愛しているならあんな奴の名前なんか出ないはずだ!

 さっきみたいな事、絶対しないはずだ!

 やり直したくせに七年以上ぼーっと生きてきて何やってんだよ?

 マキナはあんたのせいで生まれなかった!」

「クロス……。いや、エクス……」

「その名前を呼ぶなぁ!! お前たちが付けた忌々しい名前、僕は大嫌いだ!」


 エクスは、リリミアに会うまでは自分の名前なんて気にしていなかった。

 だがリリミアに会い、彼女の境遇を知り、またあの痴態を見てからはメイを母と思いたくなかった。

 だから時戻りをしてやり直すなら、今世は生まれたくなかった。

 クロスは自分が大嫌いだった。

 大好きな母と慕う女性を嘲笑う女と、力ずくで無理矢理迫る男の血が流れている事が嫌だった。


「離縁してよ、父上。これ以上あんたと一緒にいたらリリミア様が不幸になる。

 デウスに返してあげてよ。アーサーさんに返してあげてよ。

 愛してないなら、リリミア様が幸せになる権利を返してよ!!」


 クロスは泣きながら父に懇願する。

 マクルドは「違う、違うんだ」と言いながら頭を抱えた。


 リリミアを愛している。

 メイへの気持ちは魅了による偽りだ。

 だからリリミアを幸せにする。

 メイはもういないのだから。



 ――もしも、メイが生きていたら?


「違う、俺はそんなもの望んでいない」


 ――メイと、エクスと、マキナがいて幸せだった


「俺は……!! リリミアとやり直したい!!」


 ――堂々と妻として連れ歩きたかったのは


「違う、リリミアだ。愛しているのはリリミアだ」

「父上はいつも嘘ばっかりじゃないか!! やり直しても変われないなんて根が腐ってるだけじゃないか!!」


 クロスは泣きながら父に怒鳴りつけ、くるりと踵を返すと母を追い掛けた。


「……はは……、は、はははは……」


 マクルドはぐしゃぐしゃと頭を掻き毟った。息子に言われても、手放す事を考えられない自分が不思議でならなかった。

 それ以上にメイの残骸に惑わされる自分が分からなくなった。


 魅了の影響は時を戻しても術者が亡くなっても湧き起こる。

 少しの憐憫を愛に変え、少しの情けも恋に変える。


 マクルドもある意味では被害者なのかもしれない。

 無理矢理増幅され、最愛を失う羽目になったのだから。


 だが同じ魅了を受け最愛と仲良く、またメイの事を秘密にできていたランスロットもいる。

 違いは何か。


 四六時中一緒にいたか否か。

 また、その者の本質的な性格も関わってくるだろう。

 欲求不満をぶつける相手がメイだった。それに縋ってしまったが為の愚行だろう。ランスロットはあれで割り切ってもいた。だがマクルドは心まで汚染されていたのだ。

 もうそれが魅了なのかただの心変わりなのかは誰にも分からない。


 メイへの想いを捧げればあるいは――、だが。


 マクルドは間違いしか選べない。


 この先も、何度でも――。



 何故なら彼は、結局ただ、自分が幸せになる事しか考えていないのだ。そこに相手の意思は残念ながら無い。


 マクルドの性根はやり直しても変わらない。それが誰かを失望させ、己の希望さえ失うはめになるなど、今の彼は気付かない。


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