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淑女の顔も二度目まで  作者: 凛蓮月
二回目

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9.デウスとクロス


 デウスとクロスは庭先で遊んでいた。

 かけっこをしたり虫取りをしたり。

 疲れたら草の上で寝転がりはしゃいでいた。

 遊ぶと言っても一方的にデウスがクロスを振り回し、クロスはおっかなびっくり付いていくといった方が正しいか。


 デウスは平民の子として育てられ、クロスは公爵家後継として育てられている。

 互いに同じくらいの年齢の同性に会える機会はあまり無い。

 クロスは時折リリミアのお茶会で出会う子息たちはいるもの、普段は勉強ばかりしている為かはしゃぐ事は無く、部屋でおとなしく本を読んでいる方が多かった。


 一方デウスは出会う事がほぼ無い。

 家令の仕事に就く父は領地を隈なく見て回る為その間デウスは領地邸の使用人に面倒を見てもらっている。

 同じ年頃の子が通う教育の場に行けば良いのだろうが、デウスは行ってなかった。

 だからクロスが来てデウスははしゃいでいた。刺激的で楽しくて、友人と遊べるのが嬉しくてたまらなかった。


「ま、待って、デウス。ちょっと休憩したい……」

「相変わらず都会のお坊っちゃんは軟弱だなぁ。どうした? へばるの早くないか?」


 息も絶え絶えなクロスと違い、デウスはまだまだ体力が有り余っている様子。

 庭を駆け回るデウスをヘロヘロと追い掛けるクロスの構図が出来上がっていた。

 そのうちとうとうクロスが体力の限界を迎えて木陰に腰を下ろした。


「情けないなぁ。ちゃんと体力付けないと将来もたないぞ」

「だって、今はっきみがっ」


 ぜえぜえ息をしながらクロスは手を地面に突き天を仰ぎながら整えた。


「強くなりたいなら体力付けるべきだ。

 リリミア様と一緒にいるなら守る為にも力を付けなよ」


 デウスが真剣な表情で言えば、クロスは彼を見上げ睨み返した。


「僕は強くならなきゃいけない。絶対に母上を守らなきゃいけないんだ」

「なら勉強だけじゃなくて体も鍛えた方がいい。ヒョロヒョロだと舐められるぞ」


 同じ年頃だがデウスは一回り大きかった。

 よく食べよく遊びよく寝る。

 父に言われ礼儀作法も学び少しずつ読み書きも練習し始めた。

 彼には目標があった。

 いつか、今は会えない母親から「立派になったね」と頭を撫でてもらいたい。

 それが彼を支えている。


「ありがとう、デウス。最近目標を見失いかけていたけど、改めて確認できたよ」

「……父さんが、誰かと誰かが出会うのは意味があるって言ってた。

 クロスにとって意味ができたなら良かった」


 デウスはクロスの隣に座り、寝転がった。

 日陰でさわさわと心地良い風が吹き、二人の身体を冷やしていく。


「なあ、リリミア様って、どんな感じ?」


 ぽつりと呟くような言葉を吐いたデウスを見やり、クロスは前を向いた。


「……優しくて、厳しくて、誰よりも自慢の母上だよ」


 クロスの中でリリミアの笑みが思い浮かび、知らず目を細めた。その瞳は揺れている。


「そっか。……俺も父さんからしか聞けてないけど、美人で可愛くて、大好きな人って言ってた」

「そうか」


 クロスは、リリミアの普段の様子から、マクルドとの仲は良くないのは分かっている。

 自分の存在が良くも悪くも二人の間に影響を与えている事は嫌というほど知っている。

 マクルドにメイがいたように、リリミアにもそういう人がいても不思議ではないと思っている。

 きっと彼の父親が、リリミアの愛する人なのだろうと察した。


「リリミア様が、幸せを感じられるなら、良かった」


 それは彼の切なる願い。


 何の因果かやり直しをしていると気付いたとき、異母妹の存在は消えていた。

 本来生まれるべき異母妹が消え、自分は生まれてきてしまった事はクロスの――いや、エクスの中でわだかまりとして残っている。

 公爵家に後継として引き取られた意味。

 時戻り前は公爵家を出ようとしていたが今回は縛り付けられた。


 それがリリミアが自分に科した罰なのだと言われているようで、エクスは気の抜けない日々だった。

 一方で夢でもあったリリミアを母と呼べる事が嬉しくもあった。


 今はもう生みの母はいない。

 それでも過去に縛られ苦しむリリミアに、幸せになってほしい。

 その為に早く一人前にならなくては、そして公爵家を気にせず自由になってほしい、とクロスは日々勉強を欠かさないのだ。


 ここに来たのは父に現実を見せる為。

 リリミアの気持ちはもう無いのだと知って欲しかった。


「リリミア様は幸せにならなきゃいけないんだ」


 その為に何でもする。生まれてきた贖罪をする。

 今度は死なせない。自分が守ってみせる。


 エクス――クロスはそれが生きる糧だった。


「いいなぁ、クロスは。……俺も母さんと一緒にいたいよ」

「デウスのお母さんはどこにいるの?」


 それは気になっていたけれど聞けなかったもの。

 デウスはクロスとは逆方向に顔を向けた。


「一緒には暮らせない」


 ぽつりと呟かれた言葉は答えになっておらず、クロスは困惑した。

 一緒には暮らせない、という事は生きているともとれるし亡くなっている、ともとれる。

 でも何となく、予想は当たっているという予感がした。



 その夜、クロスはリリミアと一緒に寝ようとしたが用意された客間のベッドでデウスが寝ている事に気付き息を呑んだ。


「お母様がいないから甘えたいんですって。

 クロスも一緒に寝る?」


 遊び疲れたのかデウスは既に夢の中。

 リリミアのベッドで、リリミアにしがみついて寝ているデウスの気持ちがクロスにはよく分かり、同時に自分にはできない事に羨ましくも思った。

 だからリリミアの提案に頷き、リリミアを挟む形でデウスとは逆に横になった。


「デウスはお母様と暮らせないと言ってました」

「……そう……」


 優しく胸を叩きながら二人を寝かしつけるリリミアを見ながら、デウスと見比べてみた。

 どこか面影のある表情を見て、クロスは俯きリリミアの夜着を握った。


(僕も……デウスみたいに……)


 そうすれば最初から母上も気に病まずいられたかな。

 そう思うとクロスは自身に流れる生みの母の血が嫌で嫌でたまらなくなった。


 マクルドの不貞がリリミアを傷付けすぎた。

 やり直した時に自分を処分して、と頼んだがおめおめと生きている。

 リリミアの娘のマキナは生まれていないのに。


「僕は、ここにいて、いいのかな……」


 自分の存在が、一番幸せにしたい人を傷付ける。

 クロスは自分の存在が許せない。


「いいのよ、クロス。貴方がいるから、私は未来を見つめる事ができるの」


 頭を撫でながらリリミアが言う。

 その温もりが嬉しくて悲しくて。


「貴方がいるから、希望を持てるの」


 本当に?

 マキナがいなくても?

 クロスはそう聞きたい気持ちを呑み込んだ。

 今のリリミアにはマキナはいない。

 もし記憶があったとしたら、あえてマキナを生まない選択をしたと言えるだろう。

 リリミアに似た異母妹の事は時が経つにつれ朧気になっている。

 忘れたくないのに、新しい記憶で上書きされ薄れてしまう。


 時が戻った事で存在が無かった事になり、誰にも覚えられていない異母妹。

 その代わりに生きる自分を、クロスはやはり許せそうになかった。


「それにね、クロス。今回の私には希望があるのよ。それだけで生きていける。

 愛する人と、…………唯一の愛しい息子がいるから」


 何か重要な事を言われた気がしたが、昼間デウスと遊び疲れたのかクロスはうとうとしだした為よく聞き取る事はできなかった。


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