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淑女の顔も二度目まで  作者: 凛蓮月
二回目

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8.自業自得


 バラム伯爵家の領地へ向かう馬車の中。

 窓に移りゆく景色に目を輝かせるクロスと対象的に、マクルドは顔を俯かせていた。

 彼が今回の領地に付いて行こうと思ったのは、リリミアとの空白の一年を知りたいが為。


『私も、貴方と同じように愛人を作ります。

 そうですね。二年間、貴方がメイ様としてきたような事を致します』


 二年間、マクルドはリリミアを放置しメイと共に過ごしていた。

 男五人が一人で可哀想なメイに侍り、蝶よ花よと愛でていた。

 一線を越えたのは四人。

 魔法師団長令息のスタン以外はメイと肉体関係があった。

 リリミアは真実愛する男に出逢い、その男と添い遂げたいと言った。

 おそらく領地にいる間に出逢ったのだろう。

 その男と肉体関係にまで発展していてもおかしくないと思うと心臓をきつく絞られているような感覚に陥った。


『マクルド様が先に入学された間、私は手紙のみで過ごしてきました。

 婚約者としての交流も二年間で三回程でしたでしょうか。ですから、マクルド様も一年間は手紙のみで過ごしましょう。

 交流は致しませんがよろしいですね? 手紙の返事もいりませんよね。

 私も貴方様から色々言われず好きに過ごしたいのです』


 好きに過ごしたせいか、リリミアは美しく心身共に満たされた様子で王都に帰還した。

 マクルドへの愛情を捨て去り、他の愛する男に隙なく愛されたせいか、文字通り輝いていた事はマクルドの記憶に鮮明に残っている。

 彼女の愛情は時戻り前は一心にマクルドに向いていたものだった。それを奪った男をどうしても探し出したかったのだ。


 リリミアとやり直す為に時を巻き戻したのに、現時点で何一つマクルドの思うようにいっていない。

 メイは亡くなり、エクス――現在クロスは引き取り育てられはしているが、肝心のマキナは二度と生まれない。

 リリミアの愛情さえ失い、マクルドはずっと外にいたいと思う程リリミアとは仮面夫婦になってしまった。


 メイがいなければリリミアは苦しまないのでは。

 だから魔塔にいる間メイと連絡を絶ち魅了の魔法の影響を完全に抜く事に賛成した。

 出産に耐え切れず亡くならなくても魅了魔法を持ち出した罪で処刑される事は決まっていた。

 前回はメイに魅了されたからリリミアを蔑ろにし失敗したのだという認識は、どこまでも自分は被害者であると物語っている。


 前提がそもそも間違っている事にマクルドは気付けない。


 メイがいてもいなくても、今のリリミアはマクルドを許せない。

 許せるはずが無いのだ。

 裏切られた事はリリミアの中にずっと残っている。

 辛く、苦しく、心臓が抉れそうに痛く、息をする事も難しく、生きているのか、死んでいるのかさえ分からないような喪失感は謝罪されたところで癒やされない。

 彼女の中にある記憶は彼女を苛み続けているのだ。



「着きましたよ」


 馬車が止まり、御者が中にいるリリミアたちに声を掛けた。

 マクルドが先に降り、次いでクロスが降りた。

 最後にリリミアだが、マクルドが手を出すとしっかりと手を添えて馬車から降りた。

 人目のある場所だからリリミアは仮面夫婦を演じている。

 手袋をしているから素肌から伝わる体温は感じ取れないがマクルドはこの時だけしかリリミアに触れられないのだ。


「リリミア様、お帰りなさいませ」


 馬車停めまで出迎えた長身長髪の男はこの家に勤める家令。


「アーサー! 久しぶりね。変わりは無いかしら?」

「はい、恙無く過ごさせて頂いております」

「そう、良かったわ。お兄様から報告を預かっているの。あとで執務室に行くわね」


 そこまで声を掛け合うと、アーサーの後ろからクロスと同じくらいの年齢の男の子が顔を出した。


「リリミア様、お帰りなさいませ。

 ようこそお出でくださいました」


 胸に手を当て、お辞儀をした男の子はきれいに挨拶をし、リリミアは思わず目を細めた。


「貴方も……元気そうで何よりね……」


 慈愛の眼差しで見つめ、会えた事を喜んでいるような表情に、成り行きを見ていたマクルドとクロスは呆然としたまま動けない。

 何かを言わなければ、と体を動かそうとするが鉛のように重く動けなかった。


「リリミア様、どうぞ中へ。

 カリバー公爵令息様も、お子様も、中へお入り下さい」


 アーサーに声を掛けられ、マクルドはハッとして我にかえった。


「クロス! ()()()()だな!」

「あ……、う、うん、えっと」


 男の子に声を掛けられ動揺するクロスも、男の子に手を引かれ歩き出した。

 それを見てマクルドも慌てて足を動かしリリミアをエスコートしようとするが、彼女にとっては勝手知ったる我が家。

 既にアーサーに手を引かれ先に行ってしまった。

 二人の後ろ姿を見てマクルドはお似合いだと思ってしまった。

 慌てて頭を振り、芽生えた思考を払拭する。

 けれど、アーサーを見つめるリリミアは、マクルドを愛していた時の彼女のようだと思い焦燥にかられていた。



 中へ案内されたマクルドは、リリミアからアーサーの紹介を受けた。


「彼の名前はアーサー。ここで家令をしてもらっているの。お兄様の親友で隣国の貴族だったんだけど、信頼できる人に領地の様子を見ていてほしいってお兄様が連れて来たのよ」


 リリミアが紹介すると、アーサーは胸に手を当てて一礼した。


「アーサーと申します。家名はございませんのでアーサーとお呼び下さい。

 旦那様の事はリリミア様よりお話は伺っております」

「……カリバー公爵家のマクルドだ。……リリミアの夫だ」

「存じております」


 人好きのする笑みを浮かべ、アーサーは手を差し出した。

 マクルドは睨みながら握手した。


「以前、リリミアが一年間ここで過ごしていた時もいたのかな?」


 マクルドはある疑問――いや、確信を持っていた。


「ええ。ちょうどリリミア様がこちらに来る少し前から滞在しておりました」

「お兄様を訪ねて来たのよね。ふふっ、その時のアーサーったら」

「リリミア様、あれはもう時効でしょう?」

「ふふっ、そうね。……ふふふ」


 思い出しては笑うリリミアに、苦笑まじりの溜息をこぼすアーサー。

 二人の間だけの思い出にマクルドの入る隙間は無い。

 自分の知らないリリミアの姿に、マクルドは急き立てられるようにして二人の間に入ろうとした。

 だが、執事がアーサーを呼びに来て出て行ってしまった。

 残されたリリミアとマクルドは何を話すでもなく出されたお菓子をつまんでいた。


「な、なあ、リリミア、あの男との距離が近過ぎないか?」


 沈黙にいたたまれず、マクルドはリリミアに問うた。


「そうかしら? 普通の友人関係ではなくて?」

「いや、近過ぎるだろう?」


 これ以上リリミアをアーサーの側に置きたくない。何かが危険だと、マクルドは焦っていた。


「貴方とメイ様も変わらないくらいでしたよ?

『ただの友人だ』って言われた時の、貴方と、メイ様も、これくらい親しげでしたわ?」


 リリミアの言葉にマクルドは息を呑んだ。

 メイに魅了されていた時は息のかかるくらい近くにいた。

 人目も気にせず密着し、リリミアの事など頭に無かった。


「俺は魅了されていて」

「アーサー様は私が貴方に裏切られてかわいそうだと慰めてくれたの。

 私が早くに立ち直れたのはあの方のおかげ。

 彼は私が可哀想だから一緒にいたの。

 貴方がメイ様のそばにいたように、私が可哀想だから、よ?」


 マクルドは目を見開きリリミアを見た。


「可哀想だから、不憫だからそばにいる事はいけない事かしら?」


 笑みを浮かべるリリミアに、マクルドはゆっくりと頭を振った。


「リリミア……俺は……、申し訳ないと、思っている。

 やり直したいんだ。なあ、リリミア、俺は」

「リリミア様、ちょっとよろしいでしょうか」


 愛していると伝えようとしたところでアーサーがやって来た。


「すみません、公爵令息様。リリミア様と領地の事で相談がありますので。

 あと、あの子もリリミア様に会いたがっております」

「そう。すぐに行くわ」


 マクルドを気にもせず、リリミアは立ち上がりアーサーに引かれて部屋をあとにする。


「ま、待ってくれ、リリミア。あの子は……あの子はきみの……」


 リリミアは立ち止まり、ゆっくりと振り返る。


「可愛い子でしょう? 名前はデウスというの。アーサーの子よ。

 クロスと仲良しなのよ」


 リリミアは、兄から言われていた領地の話をする為アーサーと執務室へ行ってしまった。


 応接間の窓から庭が見え、そこからデウスとクロスが遊んでいるのがよく見えた。


 どこかリリミアに似ているようなデウスの面差しは、マクルドにある確信を持たせる。


(これはリリミアの復讐だ)


 魅了されたとは言え、婚約者だったリリミアを蔑ろにしメイに傾倒したマクルドへの。

 時戻りをしても、エクスとマキナを含めた四人で幸せになりたかったマクルドへの。


 エクスの忠告通り彼が生まれなければせめてマキナは生まれていたかもしれない。

 ここに来て真実を知らないまま過ごせていたかもしれない。

 どこかリリミアに似た少年が生まれる事も無かったかもしれない。


(やり直したい……)


 メイに出逢う前から。

 リリミアと愛し合っていた時から。


 そう思い願っても、時戻りの魔女が現れる気配は無い。

 マクルドは一人、自業自得の苦しみを抱えるしかなかった。


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