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淑女の顔も二度目まで  作者: 凛蓮月
二回目
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6.負け戦


 二人が結婚して早数ヶ月が経過した。

 マクルドとリリミアは、閨ごとは一切無く、寝室も別にしている。

 リリミアの自室はどうしてもという事で、二階の南側の陽当たりの良い広い部屋になった。

 クロスの部屋はその隣。可能な限り育児に関わりたいとリリミアが申し出たからだ。


 そんな理由で、前回使用していた正妻の為の部屋は空っぽである。

 公爵夫妻はマクルドの結婚の少し前に引っ越し、別の場所に住んでいる。

 マクルドは次期当主と言う事で父親の部屋を改装して使っているが、夫婦の寝室を挟んだ隣の、公爵夫人の為の部屋に入るのをリリミアが嫌がったのだ。


「結婚したからには公爵夫人としての務めは果たします。ですが閨事は御遠慮致しますね。

 閨事をしないのですから公爵夫人の部屋には入れません。

 その代わりクロスを後継として立派に育ててみせますわ。

 愛人をお作りになるのであればご自由にどうぞ。

 夫人に後継を作ってほしいならいつでも離縁に応じますし……

 なんなら、離れに愛人を住まわせても構いませんよ?」

「俺は愛人なんかいらない!」

「さようですか? 婚前子を作るくらいですからてっきり星の数ほどいらっしゃるかと思いましたわ」

「……っ、いるわけ、ないだろう……」


 時戻り前に離れでしていた事は、マクルドの中で黒歴史となりつつある。

 リリミアと向き合いマキナを授かる事は急務なのに、リリミアは閨を拒絶した。


 マクルドは焦っていた。

 あと少し、あと少し過ぎてしまえばマキナと永遠に会えなくなってしまう。


「きみが嫌なら離れは取り壊すよ」

「ご友人方と酒盛りや密談などなさる時に離れがあると便利ではありませんか?

 ……娼婦も呼べますし?」


 淑女の笑みで言われれば、マクルドは唇を引き結ぶしかない。


「娼婦なんか呼ばない……」

「さようですか。……では娼館へ行かれる時はお知らせ下さいね。晩餐の準備もありますし、クロスに悪影響を与えかねませんので。

 大きくなってから『父上はどこですか?』と聞かれたら何と答えたら良いか悩んでしまいますもの」


 リリミアはハァ、と溜息を吐きながら美しい笑顔で言い返す。

 舌戦は毎回マクルドの敗北だった。


 そのうち忌まわしい記憶が残る離れを取り壊した。

 それでもリリミアは閨に応じない。

 毎回何かと理由を付けてはマクルドを追い払う。


 特にクロスと一緒に寝ると言われた時は強く出られない。


「貴方は幼な子に閨事を見せるおつもりですか?

 トラウマになりましてよ」


 時戻りの前にエクスやマキナに言われた「結婚したくない」という言葉を思い出し、マクルドは躊躇ってしまうのだ。

 特に実の母を「アバズレ」などと暴言を吐いたエクスは閨事を毛嫌いしているようだった。そんな彼に幼いとはいえ見せられない。


 何度誘っても、何度触れようとしてもやんわりと躱されてしまう。

 そんな日々が続き、とうとう運命の日を過ぎてしまった。



『マクルド様、今日は嬉しい報告がありますの』

『なんだい? 嬉しい報告っ……て、まさか』


 お腹に手を当てて頬を染めはにかむリリミアに在りし日のマクルドは喜びに目を見開いた。


『本当か?』

『ええ、ここに貴方の子が宿りました』


 リリミアを抱き締め、転んではいけないと横抱きにして自室に連れて行った。

 ソファに座らせ何度もお腹を撫で、まだ形にもなっていない我が子に語りかけるように優しく声を発していた。



 今回もそうなると夢見ていた。

 約束したから。

 リリミアを大切にし、また会えるようにする、と。


 だが、二度目の人生にマキナはいない。

 授かった日を過ぎてしまった。


 仮にもしこの先二人の関係が修復できたとして子どもを授かっても、それはマキナではない。

 クロスを引き取り養子とした時、リリミアはクロスの後継に陰りがあってはならないと子を儲ける事を拒否し、カリバー公爵夫妻とマクルドに納得させて書面にした。

 文句があるなら是非離縁しましょう、と言い添えて。


 伯爵家が公爵家を脅すなど前代未聞である。

 だが公爵夫妻は何も言えなかった。


『何でもするから結婚してやってくれ』


 そう言われた事を使ったまでだ、と言われたら黙るしかない。

 リリミアの両親も納得済だと言えば八方塞がりである。

 それでもリリミアとやり直す為に時を戻したマクルドは離縁はしないと言った。

 順番は違えどエクスを迎えられた事に希望を見出していた彼の思惑は、マキナを永遠に失う事で再び打ち砕かれた。

 現在はマキナとの約束を守れなかった事を悔やみ、一人寝を甘んじて受けている。



 二人は対外的には仲睦まじい夫婦ではあるが、人目が無くなると途端にリリミアはマクルドから離れた。

 例えば夜会から帰宅し、玄関内に入るとすぐに手を離し湯浴みへ向かう。


 先程まで甘やかに、にこやかに笑んでいたリリミアは冷えた目でマクルドを一瞥するだけだった。


 マクルドが何も言えないのは一度目の人生でリリミアに同じ事をしていたから。


 メイを迎えてからリリミアと共に夜会に行っても帰宅するとすぐにメイのもとへ行っていた。

 リリミアは華やかな場へ行けるのに、メイは行けないから寂しがっていると言って。


 リリミアを軟禁してからはメイと共に社交場へ行った。

 その頃のリリミアは地味で薄汚いドレスしか着ていないと嘲笑し、きれいに着飾ったメイを見て満足し、夜会から帰宅してからはそのドレスを脱がせる事を楽しんでいた。


 そんな最低な事をしていた記憶のあるマクルドは、夜会だけでも一緒に行ってくれるだけでありがたいと思うしかない。


 それでもいつかは自分に本当の笑みを見せてほしい。

 学園に入学する前のように好きだと言いながら笑ってほしいと夢を見て自分を慰めていた。


 時戻り前も夜会にはメイを連れて行っていたから同じように仮面夫婦ではあるのだ。


 前回と違うのは、リリミアは社交場など人の目がある場所では夫として尊重し、いかにも仲睦まじい夫婦であると見せかけている。

 その時の彼女はいかにも愛し合っているかのようにマクルドに微笑み、熱を帯びた視線を向ける。

 その度胸は高鳴りその先を期待してしまうのだ。


 だが期待は一度も叶わない。

 ダンスだって踊れない。


「私、ご婦人方とのお話を楽しみにしておりましたの。

 旦那様は旦那様でお楽しみになって下さいませ。

 美しい御令嬢たちが待っておりますわよ」

「ファーストダンスは妻と踊るものだろう?」


 マクルドが言えばリリミアはスッと片足を差し出した。

 白い素肌が見えると一瞬ドキッとしたが、実際見たのは包帯に巻かれた足だった。


「この通りなのですわ、旦那様。

 ですから私の事はお気になさらず、他の方と踊ってらして?」

「怪我してるなんて……! 今すぐ帰ろう!」

「旦那様、私は次期公爵夫人として社交場に社交をしに来ているのです。大切なお話が沢山ございますからまだ帰れません。

 必要な挨拶は済ませましたし、旦那様はお一人で社交なさるか、一人でお帰り下さい」


 毎回そうだ。

 リリミアはマクルドより他の者との会話を優先する。

 公爵邸に帰ればクロスを優先させる。


 一度としてマクルドを優先させた事は無いのだ。


 ――これもまた、時戻り前にマクルドがリリミアよりメイを優先させていたように、リリミアもマクルドよりその他を優先させているだけなのだ。


(なんでだよ……。一つくらい優先してくれても良いじゃないか……)


 クロスにさえ嫉妬してしまうマクルドは、勿論一人で夜会会場から去るなんてできない。

 いつリリミアの愛人候補が来るか分からないのだから。


 マクルドは会場の壁の花――というより壁のセミのように張り付きながらリリミアをじっと見ているしかない。


 王家主催の夜会はランスロットの幸せそうな笑みを見ながらだから余計惨めな気持ちになる。

 ガウエンは城の護衛に駆り出されて滅多に姿を見せない。

 エールも城に出入りはしていないようだった。

 スタンは目が合うと嘲笑するような眼差しを向けてくるのみ。


 よく一緒にいた五人はバラバラになってしまい、マクルドは文字通り孤立してしまっていた。

 五人以外でさえ気軽に話し掛けてくれる人はいない。

 クロスの出自は隠していても囁かれるものなのだ。


 リリミアの眩しくて輝くような笑みを見ながら、マクルドは数え切れないくらいの溜息を吐いた。


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