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淑女の顔も二度目まで  作者: 凛蓮月
二回目
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5.甘い考え


 リリミアとマクルドは、リリミアの学園卒業を待って結婚した。

 マクルドがリリミアの提案した一年と、王都に戻り更に一年を耐えた事で叶ったものだった。

 王都に帰還しても三回しか会えなかったが、それでも彼は耐え抜いた。

 彼女としては婚約は解消となるだろうと思っていたが、マクルドは案外しぶとかった。


 結婚式はリリミアの希望で親族のみの出席となった。

「この結婚に賛同していない」という表れでもあった。

 それでも良いとしたのはマクルドだ。

 誓いの口付けすら躱された。

 本来なら公爵家の後継の結婚式は盛大にやるはずなのだが、彼には急がなければならない理由があった。


 マキナを妊娠した時期である。


 前回マキナを授かったのは結婚して一年が経過してすぐの頃。

 ただでさえリリミアが領地に行っていた一年間、学園は休学していて、時戻り前と比べて一年のブランクがあるのだ。

 すぐにでも子を作らないとマキナが生まれない可能性がある為、マクルドは初夜からリリミアを愛そうと決めていた。


 前回最後に抱いたのは執務室の机でだった。

 痩せていた為抱き心地は悪かったがメイとは違う感覚に何度もできそうな気がした。

 リリミアの涙にもゾクゾクとし、久しぶりの事にマクルドは滾っていたのだ。

 リリミアの中から出てもおさまらなかった為、メイのもとへ行く途中で――。


 だから時を戻ったマクルドは結婚して、美しくなったリリミアを抱きマキナを授かる事を楽しみにしていた。

 もしかしたらマキナに弟妹も作ってやれるかも。


 相変わらずマクルドの思考は絵空事で埋められていた。



「貴方がどうしてもと言うから結婚は致しましたが、私は貴方を愛するつもりはございません」


 リリミアは初夜にマクルドが訪ねてきた時に言い放った。


「……え……」


 マクルドは結婚してこの日を楽しみにしていた。

 リリミアは純潔では無いかもしれないが、それでも自分は彼女を愛しているのだと伝えたかった。


「閨を共にするつもりもありません。

 貴方に抱かれるなど想像するだけで吐きそうです。

 愛人がいらっしゃるならどうぞそちらへ行かれて下さい」

「ま、待ってリリミア、俺たちは今日結婚しただろう? その為に一年、いや、二年間我慢したんだ。

 リリミアを愛していたから愛人も許した。それに俺に愛人なんているわけない。メイももういないんだ。

 それに子を儲ける事は貴族の義務だろう?」


 マクルドは二年耐えた。

 リリミアに会いたい気持ちを抑え、その間禁欲的に過ごしてきたのだ。

 リリミアの辛さを追体験し、自分がリリミアにしてきた事を思い知った。

 沢山反省したし後悔もした。


 ゆるされたと思っていた。


「子に関してはご心配なく。立派な後継ぎのあてがございますので」

「リリミア……」


 笑顔だったリリミアは急に表情が抜け落ちたように真顔になった。


「私は結婚しなくても良かったのです。

 本当に愛している方がいるからそちらと共に過ごしたかったのです。

 ですが身分を出されると逆らえません。

 彼は貴方に裏切られ苦しんでいた私を救ってくれました。

 二度と誰かを愛したくないと思っていた私に、もう一度誰かを愛する勇気をくれたのです」


 その男を想うリリミアの表情は恋する乙女のように可憐で愛らしく、マクルドの鼓動は早鐘を打った。

 リリミアの為に時を戻しやり直そうとしていたのに、自分以外の男を想う姿に冷や汗も出てくる。


「そういった意味では貴方に感謝しているのです。私が本当の愛を知り幸せになれる機会を下さったのですから」


 リリミアの心は他に奪われ、マクルドに対して微塵も残っていなかった。

 呆然とするマクルドに対し、「他の部屋で休みますね」とリリミアは寝室を出て行った。



 翌朝一睡もできずに朝を迎えたマクルドは、起こしに来た侍従にリリミアがどこで寝たかを聞いた。


「奥様は三階の執務室でお休みでしたよ」


 マクルドはその言葉に背筋が凍った。

 時戻りの前、リリミアが身を投げた執務室。

 その続きの間には確かに休めるようにベッドが備え付けられている。


 マクルドは慌てて三階へ向かった。


「あら、旦那様おはようございます」


 階段から降りてくるリリミアは、スッキリしたような笑顔だった。


「リリ……、リリミア、頼む、ごめん、やめて……。執務室はダメだ。あそこは……あそこはダメだ」


 震える足を引き摺り、マクルドは手摺りを頼りに階段を登る。


「どうしてですか? ランスロット殿下の側近をされている貴方は領地の事はなさらないでしょうから将来的には私が執務をする事になるでしょう?

 ですから効率良く執務室の隣を自室としたのですが……」

「リリ、リリミア、どうして……、俺も執務をするよ。殿下の側近は辞めたんだ。領地の事に携わるしリリミアだけにさせるわけないよ」


 マクルドは縋るようにリリミアに近付くが、何故か近付く度にリリミアが遠ざかるような気がして鼓動が早鐘を打っていた。


「……ああ、なるほど。

 領地視察は愛人と行かれて構いませんよ。

 現地で囲っても私には分かりませんし」

「リリミア……!! きみは……」


 前回の記憶があるのか?

 マクルドは震える唇を必死に動かそうとするが、リリミアは柔らかな笑みを浮かべ首をかしげるばかり。


「俺……は、きみを愛しているんだ。

 きみとやり直したくて……」


 無表情のリリミアに、マクルドの声は尻すぼみになる。


「旦那様。一度壊れたものは元には戻りません。

 私はもう、貴方に期待する事はやめました。

 貴方の愛は紙より薄く空気より軽い。

 メイ様が亡くなっても貴方が裏切った事実は覆らないのです」


 リリミアはマクルドを横目に階段を降りて行く。


「そうそう。今日、後継に相応しい子がここに来る手筈になっておりますので、是非会って下さいね」


 階段下から言われた言葉に、マクルドは理解が追い付かなかった。

 公爵家の後継は自分で、決定権も自分にあるはずだ、と。


「リリミア、俺はきみと子を」

「大丈夫ですわ。カリバー公爵……貴方のお父様にも認められた子です。勿論、公爵夫人にも。

 まだ小さいのですがきっと優秀な子になりましてよ」


 現カリバー公爵夫妻に認められた……。

 リリミアはいつの間にか両親にも手回しをしていた。

 マクルドに拒否権は無い。

 マキナとの約束が守れない。

 言い知れぬ絶望がマクルドを苛んだ。



 昼過ぎにカリバー公爵夫妻が訪れた。

 希望に満ちた新婚家庭にお邪魔しているはずなのに顔色は悪い。


「ようこそいらっしゃいました。お待ちしておりましたわ」


 明るい声を出すのはリリミアのみ。

 マクルドは表情の抜け落ちた両親を明るく迎えるリリミアに恐怖心を抱いた。


「連れて来て下さりありがとうございます。

 おいで」


 カリバー公爵夫人の後ろにいた女性に抱かれた子を見て、マクルドは思わず息をするのを忘れた。


 緊張しているのか表情の強張った幼子は、女性から離れようとしなかった。

 だがリリミアが優しく手を伸ばすとおずおずと手を伸ばしその腕に迎えられた。


「紹介しますわ、旦那様。

 この子、偶然孤児院で見つけたのですが、貴方にそっくりでしょう?

 あまりにそっくりだから思わず親子鑑定したんですよ。そしたら、貴方の子だと言うではありませんか。

 男の子ですし、しっかり教育を施せば立派な後継ぎになるでしょう」


 マクルドは口をパクパクさせてリリミアに抱かれた子を見た。

 確かにいずれ引き取り、マキナと共に育てたいと思っていた。

 だがそれはあくまでもリリミアに全てを話し、許しを得てからだと思っていた。


「私たちの間に子がいると、将来この子の道行きに影が刺しかねませんから、あえて儲けないようにしたいのです。

 ……構いませんよね? 旦那様」


 マクルドは叫び出したかった。


『僕を絶対に誕生させないで下さい』


 時戻りの前のエクスの言葉が蘇る。


『リリミア様の幸せに、僕はいてはいけない。

 僕は父上の過ちの証だから。

 もしも貴方の過ちの後に戻ったのならば、迷わず僕を処分して下さい』


 もしも今この子がいなければ、リリミアはカリバー公爵家の後継を儲ける為マクルドと再び向き合う事を選んだだろう。


 だがマクルドは時を戻しても間違えた。

 エクスと、マキナとリリミア。

 どちらかを選ばねばならなかったのに、両得しようとして失敗した。

 結婚前に真摯に謝罪しなければならなかったのに、それもせずに黙っていたのだから、擁護の余地も無い。


 この子がいるからリリミアは閨に応じない。

 リリミアと閨ができなければマキナは生まれない。約束を守れない。


 マクルドは両親に縋るように目を向けた。

 だが二人は目を逸らし俯けた。


 子に対し慈悲の表情を浮かべるリリミアは、既に母として接しているようだった。


「これからよろしくね、クロス」


 名前こそ変わったもの、エクスというクロス(十字架)が、マクルドの背中に大きくのしかかってくるようだった。


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