1.時を戻ったものたち
マクルドたちが時を戻った時間軸はメイが懐妊を告げた時だった。
この時には既にスタンはおらず、マクルド、ガウエン、エール三人と肉体関係があった事はそれぞれが把握している。
『僕を絶対に誕生させないで下さい』
エクスは言っていたけれど、マクルドはこのタイミングで良かったと少し思っていた。
ランスロットは逡巡し、メイに「おめでとう」と言うに留めた。
メイは僅かばかり眉をひそめ、だがすぐに笑顔で「ありがとう」と言った。
前回メイの子どもはマクルドの子エクスだった。
だからどうするかはマクルドに委ねられるだろうと思われた。
その後はメイと別れ、男四人は目を合わせた。
それぞれに時を戻す前の記憶があると確認すると頷いた。
魅了の影響の無い内にメイをどうにかせねばならない。
そうしないとまたメイに囚われ、最愛を蔑ろにしてしまう。
時を戻す前のメイは処刑された。
その時は魅了の魔法で王太子をはじめとした男たちが狂っていたからすぐに実行された。
正気とは思えない法案――庶子を後継として認めるというものの発端は魅了されたゆえの私情からというところで納得され、改めて魅了の危険性と禁術使用により全員一致で即刻処刑がなされたのだ。
彼女の家族は婚約破棄騒動の際行方知れずになっている。
だから誰の反対も無く、スムーズに実行された。
ちなみに国王とランスロットも事態を重く見た家臣らの意見により処刑が決まっていたが、その前に時を戻せていた。
だが時戻りをした今は、若さゆえという事で見逃されている状態である。
今後の話をしようとランスロットは口を開いた。
「実は俺は時を戻した時対価を払ったせいか、お前たちより前に記憶が覚醒していた」
その言葉に三人は目を見開いた。
「……俺は自分で思う以上にメイを愛していたようだ。だから今回は……その。
メイと既に一線を越えた」
「――っ」
時を戻す前、ランスロットだけは学園生時代――エクス懐妊前にメイと一線を越える事は無かった。
仮にも彼は王太子。
迂闊に子種を妻以外へ出すわけにはいかなかった。
王族の血を正妃以外へ注ぎ、庶子を王家に担ぎこまれたら問題になるからだ。
その事を承知していたからこそランスロットは婚姻前にメイを抱かなかった。
愛人の子の後継問題はあくまで貴族の話。
ランスロットは小賢しく、その辺りはわきまえていたのだ。
彼が抱くようになったのは安全な避妊魔法が編み出されたからだ。
巻き戻り前のメイは避妊魔法を施されていた為エクス以降は懐妊しなかった。
その処置をしたのもランスロットだった。
だが今回はやすやすと一線を越えたと言った。
妻への――ヴィアレットへの愛が無くなったせいなのか、と三人は息を呑んだ。
「今回ばかりはメイの子は俺の子の可能性もある。……子はかわいい。処刑しなくてはならないだろうが生ませてやりたい」
ランスロットの表情からは本当はメイを処刑したくないのだと読み取れた。
魅了の影響が治療しても芯まで行き渡っているようでエールは唾を飲み込んだ。
マクルドは頭を振った。
「メイがいればリリミアが……」
「大丈夫だ。生んだら処刑する。ただ、俺の子かもしれない子を見殺しにできない」
マクルドは不安だった。
時を戻し、メイの懐妊後に戻っては来たがエクスではない可能性もあるなど考えもしなかった。
しかもランスロットは先に記憶が覚醒していたとは夢にも思わない。
とはいえ彼にとってもせめて子どもだけでも残せるのはまだエクスと会える可能性もあると納得した。
「なあ、ランスロット。メイは処刑しかないのか?」
そこへ一人の男が口を開いた。
「ああ。魅了魔法が解禁された後だからな。
すまないが俺の未来の為にもメイは生かしておけない」
魅了魔法の解禁を話せばランスロットの廃太子は免れられないし下手したら廃嫡されるだろう。
だが自ら使い手を処分し責任を取った形にすれば、廃嫡は免れるかもしれない。
そうすると、ヴィアレットと結婚できるかは未知数だ。
彼女が王太子妃でないと嫌だと言えば前回は消息不明だったランスロットの弟の婚約者となる可能性だってある。
だが時戻りの前で彼は子どもたちに約束した。
また会おうと。
彼は彼なりにヴィアレットを愛し、子どもたちを愛していた。
だからヴィアレットと結婚し、また子どもたちを生んでもらう事は彼の中では決定事項。
とはいえ刺激的な夜を過ごせなくなるのもしのびなかった為、処刑前にメイに手を出したのだった。
自分の子かもしれないと言いつつ、既にその時期という計算のもと彼はメイに手を出した。
なんとも自分本位で身勝手な外道なんだ、とメイを愛する男は憤った。
けれど彼もまた、夢を叶える為にはメイを犠牲にしなければ、ともどこかでは思っていたのだ。
「……分かった」
メイに宿る子は自分の子であれば、とずっと願っていたが、彼の願いは叶わない。
「では生まれた後に罪を暴き処刑、ですね」
「それぞれ魅了に囚われないようにする為に魔塔に入る事になる。
今回はスタンに話してあるから大丈夫だろうが入るまで魅了に囚われないように」
男たち四人は頷きあった。
妊娠したメイは時戻り前に囲っていた屋敷に住まわせる事になった。
今度もエールの名義で購入した。彼は平民だった為色々と都合が良かったのだ。
この時既にガウエンとエールは婚約破棄した後で身軽だった。
以前と何も変わらないように見えたが、マクルドだけは違った。
リリミアが体調不良として学園を休学し、領地に行ってしまったのだ。
理由はマクルドの不貞による心労。
その事は前回は無かった。
(まさかリリミアにも記憶があるのだろうか)
嫌な予感がして魔塔に入る前マクルドはリリミアの住む領地へ向かった。
「いらっしゃいませ、マクルド様」
出迎えてくれたリリミアは少し痩せているようだった。
この頃からリリミアは自身の不貞に心を痛めていたと思うと苦い思いだった。
「体調が悪いと聞いた。その、調子はどうだい?」
「心痛のもとから離れられたので昨日までは良かったのですが……。
今日は少し思わしくないようですわ」
リリミアは溜息を吐きながら言葉にした。
マクルドはその言葉の意味を理解した。
以前のリリミアなら絶対に言わないような言葉はマクルドに対してのトゲが含まれている。
「そうか……。……もとを断てれば治るのか?」
「病を根治するにはもとを断たねばなりませんよね。ですが私は断てないようですの」
「わ、分からないだろう?俺も協力するから」
「それでは」
リリミアは笑みを深める。
「私と婚約を解消して頂けますか?」
マクルドはリリミアの笑みを久々に見た。
だがそれは、心からの喜びなどではなく、淑女として貼り付けたような笑みだった。