12.時を戻す
古来より、時を戻す事はタブー視されていた。
時を戻し人の縁を変え、因果を変える事は定められし未来を拒否する事に繋がるからだ。
それは縁の魔女という存在を無視する事になると、魔塔の魔法使いたちは口を揃えて言う。
人の運命は予め決まっていて、人との出逢いさえ縁の糸で管理されている。
糸が繋がった者としか出会わないし、結婚や友人関係すら管理されているというのだ。
時を戻すというのは縁を変えること。
定められし運命に逆らうには代償が伴うものである。
「時を戻したい者は誰だ」
マクルドの必死の願いにより目の前に現れたのは時戻りの魔女と言われる存在。
マクルドだけでなく、ランスロット、ガウエン、エールもそれぞれやり直したいと願った。
今度こそ間違えない、愛する女性一人を大切にしたいと願っていた。
「対価を払えば時を戻せるのだな」
ランスロットが魔女に問う。
「ああ。その対価に見合った分時を戻してやろう」
魔女は嗤う。
四人は知らなかった。
魔女と呼ばれる者は善ではない。
享楽主義で、己が愉快だと思うものには力を貸すが対価を要求するものだ。
その対価とは魔女の気持ち次第。
吉と出るか凶と出るかは魔女の気分次第なのだ。
だが今はそんな事を気にしている段階では無かった。
「対価とはなんだ」
マクルドは問う。
愛人メイを優先し、最愛の妻リリミアを死なせた彼はリリミアを取り戻せるなら何でもするつもりだった。
そんな彼に対し魔女は嗤う。
「己の内にある愛を捧げよ。さすればその愛に見合った時間を戻してやろう」
〝愛を捧げよ〟
金や魔力など分かりやすく見えやすいものならばすぐにでも捧げただろう。
だが愛となると曖昧で、どれだけあるのか見当も付かない。
また、「その者を愛しているか?」と問われ、自信を持って肯定してもいざ少ししか戻らなかったら? と不安もある。
「但し、時を戻せるのは一人に付き一度までだ。
お前たちの本音が分かるというもの。
よくよく考え、決意が固まったらまた呼べ」
「待て。今の記憶は持ったまま戻せるのか?」
魔女はにやりと笑みを浮かべた。
「やり直すのなら記憶はあった方が良いだろう?
希望するなら忘却の魔女の仕事は止めておいてやる」
魔女は嗤いながら煙のように姿を消した。
四人の男たちは息を呑み、どうするかを考えた。
「記憶を持ったまま時間を戻せるならやるしかない」
「だが愛を捧げたところでどれだけ巻き戻せるかは未知数だな」
「願わくばメイの魅了にかかる前がいい」
「ああ。メイは危険だ。無自覚に魅了を振り撒き国を破滅に追いやりかねない」
「…………」
概ね三名の意思は一致していた。
だが、一人だけ、納得いかない者がいた。
魅了の影響か本気なのか、メイを心の底から愛していた者がいる。
自分の気持ちが全て偽物とも思えない彼は、メイとの出逢いを無かった事にはできない。
時を巻き戻し、メイを連れ二人で逃げよう。
彼はそこまで決心した。
「愛を捧げるのは俺がやる」
宣言したのはランスロットだ。
王太子としての責任からか、彼は先陣を切ることにした。
「俺とレッティの結婚は決まっている事だ。
一時的に愛が無くなっても再び愛せるだろう。
ただ、俺はレッティを深く愛している。
おそらく随分遡る事になるだろう」
ランスロットが何を言いたいか、マクルドは察した。
どれくらい遡れるかは分からないが、確実にいなくなる者が出てくる。
「そうすると、子どもたちの存在が不安定になる。
だから遡る前に会いたいし説明もしておきたい」
ランスロットの言葉にマクルドも頷いた。
時を遡るとどうなるのかは未知数だ。
授かった生命を再び授かれるかも未知数だ。
だがマクルドはリリミアとマキナとやり直したかった。
そして、もしもエクスがいた場合はリリミアに土下座して引き取り、育てたいとも思っていた。
この時の彼は、今度こそ、リリミアと、エクスとマキナの四人で――などと、絵空事を思い浮かべていたのだ。
その後魔塔で治療中だったランスロットとマクルドはスタンに相談し、それぞれの子どもたちと対面した。
スタンと、魔塔の魔法使いの監視付きで特例で許された。
「話は分かりました。それを聞いた上で父上にお願いがあります」
「なんだ?」
エクスは硬い表情のままマクルドに向き直る。
「僕を絶対に誕生させないで下さい」
エクスの言葉にマクルドは目を見開いた。
「リリミア様の幸せに、僕はいてはいけない。
僕は父上の過ちの証だから。
もしも貴方が既に過ちを犯した後に戻ったのならば、迷わず僕を処分して下さい」
マクルドはエクスの覚悟を感じ、己の甘い考えに恥じ入る気持ちだった。
だがマキナを思うとエクスの誕生は譲れない。
いいとこ取りをしたいマクルドは、エクスを生んだあとメイをどうにかすればリリミアに許して貰えると――本気で考えていたのだ。
「マキナ、お父様は時を戻してお母様とやり直す事にしたよ」
あの日から本邸の自室に閉じこもっていたマキナは眠れないようだった。
精神的にも不安定になり、寄宿学校は休学している。
近々爵位は親族に譲り領地の一画で祖父母と共に療養する事になっている。
表情も乏しくなっていた彼女は父の言葉に無表情で返した。
その事にマクルドはぞっとしたが、それでも言葉を紡いでいく。
「どれくらい戻せるかは分からない。もしかしたら若い頃になるかもしれない。
そうするとマキナは生まれていないかもしれないんだ」
父の言う事にマキナは理解が追いつかないが、母に会えたら謝りたいと思う気持ちが強かった。
「戻したら、またお母様に会えるの?
もうお母様を裏切らないって約束してくれる?」
「ああ、裏切らないって約束する。もう一度お母様と結婚してマキナと会えるようにする」
マキナはポロポロと涙を流した。
今度こそ会えたなら、いっぱい謝ろう。
お母様の言う事をちゃんと聞こう。
またお父様が裏切っても、自分だけはお母様の味方でいようと誓った。
「ちゃんと約束して。お母様を裏切らないって。
そしてまた私を生んでほしい。
今度こそいい子にするから、お母様に会いたい」
マクルドはマキナを抱き寄せた。
リリミアとマキナを大切にする。
エクスを生んでもらったあとはメイは処刑されるだろう。
だから今度こそ、マクルドとリリミア――エクスとマキナの四人で幸せになるのだと、マキナをしっかり抱き締めた。
それをスタンは冷めた目で見ていた。
愚かな男は気付かない。
己の幸せを優先した結果がどのようになるのか。
愚かゆえ、気付けない。
己の都合良く物事が進むはずが無い事を。
魅了の影響も記憶があるならゼロにはならない事を。
――時を戻したとて、全てが思い通りにいくはずもない事を。
時戻りを決意した四人は魔女を呼んだ。
「さあ、愛を捧げるのは誰だい?」
王太子ランスロットが前に出る。
「私が。妻であるヴィアレットへの愛を対価に時を戻す」
魔女は微笑う。
「本当にそれで良いのか? 後悔は無いか?」
ランスロットは力強く頷いた。
「ああ。後悔なんて、あるわけがない」
その瞳に宿りし強き意思に、魔女は笑みを深めた。
「良かろう、愚かな男よ。
妻への愛を対価に時を戻そう」
魔女が杖をひと振りすれば、空間がぐにゃりと歪んでいく。
「その愛を対価に時を戻し、運命を変える事ができるのか。
その行く末、見届けさせてもらうぞ」
魔女の高笑いが響き渡る中、四人は時を遡る。
マクルドが時を遡った事に気付いた時。
「私ね、妊娠したみたいなの……」
頬を染めてお腹に手を当てるメイの姿があった。




