11.それぞれの末路
涙雨の降る中、公爵夫人の葬儀には国王も出席した。
王太子を放置してきた結果被害に遭った夫人に詫びる為に。
ちなみに王妃は既に儚い身だ。
王太子は不在、王太子妃とその子第一王子のみ出席した。
リリミアの両親と兄、そして伯爵家領地邸で家令を担う兄の友人も式に参列した。
ようやく公爵家の門を潜れたのに何もしてやれなかった事に一同悔しさが先に立ち、泣く事すらままならず。
特に兄とその友人はマクルドを射殺さんばかりに睨み続けていた。
マクルドの両親は青褪めた表情のまま、呆然と棺を見つめていた。
何故こんな事態になったのか、まだ把握できていないようだった。
エクスは参列しなかった。
彼自身が「その資格は無い」と拒否したのだ。
離れの自室に閉じこもり、一人静かにリリミアの冥福を祈った。
棺に泣き縋るカリバー公爵の姿は事情を知らない参列者の涙を誘う。
だが、その場にいたリリミアと同じ年頃の夫人たちは公爵に対し冷ややかな目線を向けていた。
泣き縋るのはどうせパフォーマンスだろうと、みなヒソヒソと囁いていた。
それもそのはず。
公爵家に隠し子と共に愛人がやって来て、以降の夜会などは愛人と共に出席していたのだ。
それまで仲睦まじい夫婦だったはずなのに、一瞬にして態度を豹変させた公爵に社交界は不信感しか無かった。
それは愛人帯同を許可したという王太子に対してもだ。
貴族たちは水面下で王家を見限っていた。
爛れた関係を止めない王太子とその側近たちの醜聞を王家は十数年に渡り放置した。
王太子が、公爵がそうなのだから、と愛人を作る貴族が増えた。
愛人を持つ貴族が増える度王家に陳情書が寄せられたが、一種のステータスと見ていた国王は重く受け止めず、静観の構えだったのだ。
国王自身、王妃不在の中で妃こそ娶らないが愛妾は多数いた。
王城住まいは数名、通いの者を合わせれば片手では足りない。
だから、王太子に愛妾がいても咎められなかったのだ。
だが、公爵夫人の死によって明るみになった、メイ・クインに唆されて魅了の禁術を王太子が持ち出した事実は、さすがの国王も見過ごせなかった。
禁術持ち出しについては魔塔からその可能性を何度も諫言されていたが、国王は聞く耳を持たなかった。
ここにきてようやく重い腰を上げたが時既に遅し。
あと一歩でクーデターというところまで来ていた。
武の筆頭である騎士団長、辺境伯など、既に王家を見限っていたのだ。
リリミアの実家も賛同していた。
公爵夫人の葬儀を終えた後、国王は退陣を発表。
そして現在の王族には任せられないと、全ての王族は王位継承権を剥奪された。
国王は罪人の塔に幽閉、王太子は禁術治療の為魔塔に幽閉、王太子妃とその子どもたちは実家に返された。
ヴィアレットの両親は王太子妃の身分でありながら臣下の妻を救えなかった娘に失望した。
そして醜聞にまみれた娘とその子らの扱いに困った実家の公爵家は、ヴィアレットらを領地に押しやった。
禁術治療にはマクルド、ガウエン、エールも対象になった。
「俺たちのどちらかがメイを正式に娶っていれば、結果は変わったのかな」
エールが呟くが結果は変わらないだろう。
ランスロットもマクルドも、妻や子どもを放置しメイの住む屋敷に入り浸るだけだった。
彼女への想いは深層にまで入り込み、メイのやる事は正しい、メイを守らなければならない、不憫なメイを表舞台に立たせてやりたい。
不可能を可能にしたくなるほど心酔していたのだ。さながら狂信者のように。
「メイはどうなるんだ?」
「取り調べを受けたあと、処刑されるそうだ」
「そんな……」
どうにかできないのか、と憤る。
「公爵夫人が死にさえしなければ……」
「ガウエン」
マクルドはリリミアを失い少しずつ正気を取り戻しはしていたが、どこかではガウエンと同じ気持ちもあった。
「まだ寝言を言ってるのかお前たちは。
早く来い。治療を開始する。
終わった後でまだ同じセリフを吐けるのか見物だな」
スタンは三人を魔塔の中へ案内した。
メイへの気持ちはただ魅了されていただけなのか。
魅了されているうちに本物になったのか。
それはメイに魅了された四人、様々な反応を見せた。
「………………長い、夢を見ていたようだ……。
俺は……なんて、事を……。……公爵夫人……レッティ……すまない……」
王太子ランスロットはメイが魅了の禁術を解くため、自身のその血をメイに差し出した事。
最愛の婚約者ヴィアレットに嘘をついてまでもメイを囲った事。
王都の外れの屋敷や公爵邸離れで繰り広げた痴態を思い出し頭を抱えた。
それでも執拗く残ったメイへの思慕は、なおも彼の中でメイへの甘さとして残っている。
「…………………騎士団長になる、夢が……」
騎士団長子息ガウエンは、幼い頃からの夢をメイへの偽りの愛で永遠に失われた事に膝を突いた。
そして幼馴染みで仲良くしていた婚約者に婚約破棄を突き付け、更に剣を向けていた事に吐き気がした。
今回の事件で騎士団長である彼の父は、退陣後自ら辺境に左遷した。
既に廃嫡はしていたが、息子の不始末を放置した結果だと言って。
辺境に行ってすぐ、幼な子を庇って亡くなった。
それでも、メイへの想いの全てが偽りとは思えず、彼の中で渦巻く葛藤は根強く残っていた。
「そりゃあ、親父たちは俺に愛想を尽かすよな……」
大商会子息エールは、婚約破棄後跡取りから外され下っ端からやり直し、ようやく半分の地位まで昇ってきた。
実力はあると、メイの事を何も言わない代わりに仕事に邁進して来たのだ。
後を継いだ弟からは最初こそ親たちに内緒で自分の補佐をしてほしいと何度も言われたがメイを優先させる為に断っていた。
だが一度契約を一方的に反故した男を、両親は許す気にはなれず、そのうち弟も兄が公爵邸に入り浸りそこで何をしているかを知って見限った。
弟の妻が嫌悪感をあらわにしたからだ。
弟でさえも女性一人に男が四人群がる事におぞましさをおぼえた。
妻は同じ正妻の立場を慮り、苦言を呈したがエールは勿論メイを庇った。
更生の余地無しと、現在の地位から落ちる事は無いが上がる事も無い。
近々遠くへ奉公に出そうとしていた矢先の魅了の判明。
商会はエールを切り捨てた。
だからこそ、エールは自分を見捨てないメイを求めた。
――それが例え魅了の後遺症でも。
「リリ……すまない、ごめん、リリ……、ごめん、ごめんなさい……」
魅了が解けつつあったマクルドは、うわ言のように謝罪を繰り返した。
学園に入学する前までは、彼はリリミアを本当に愛していた。
結婚式までを指折り数え、リリミアが卒業したらすぐにでも結婚したいと両親に言っていた。
最後までメイに抗っていたのも彼だった。
その反動がリリミアを閉じ込めて誰にも見せないようにするものだったのだからリリミアからすれば大迷惑以外のなにものでもない。
そのせいでリリミアの気持ちが離れようとしているのに気付いても、メイへのあわれみはこびりついて離れなかった。
リリミアと結婚し、幸せな生活を送っていても、時折刺激が欲しくなりメイの屋敷へ通うのを止められなかった。
表向きはエクスに会いに行く振りをして、いずれはメイを屋敷に迎えリリミアと仲良くしてほしいとさえ考えていたのだ。
そんな幻想は叶う事など無いのに。
愛する男が自分以外の女を抱く事を許容できる女性は少ないだろう。
リリミアも、メイも、許容できない女性だった。
だからリリミアは苦しみ離縁を望み、最終的に自分を苦しみから解放する事を選んだ。
メイは自分はかわいそうだが何も望まないと言葉巧みにマクルドの同情を引く事で引き止めに成功していた。
優柔不断な彼には最適な攻略法だった。
結局マクルドに残ったものは何も無かった。
爵位も禁術治療の前に父親に戻された。
廃籍手続きもなされ、マクルドの身分は平民になっていた。
今でもメイの事はかわいそうだと思う。
守ってやらねばとも。
けれど、それはリリミアを放置してまでもやる事だったのか。
リリミアを無視してまで、メイを庇う必要があったのか。
自分がいなくても王太子の愛人であるし、ガウエンやエールもメイを愛していた。
少なくともメイは孤独ではなかった。
『日陰の身でいいって言ったのはあのアバズレだろ!! なら夜会にも行かず引っ込んでろよ。
貴族夫人の仕事をしなくていい、楽な生き方を選んだのはあいつだ。
それを不憫と言うのは間違いだ。
自分で望んだ立場を弱者の振りして正当化するのは間違ってる!!』
エクスの言葉が蘇る。
メイが望んだ愛人の地位。
夜は複数の男を相手にし疲れるからと昼間は寝てばかりだった。
「リリミア様が睨むから一人じゃ庭にも出られないわ」
白く細い腕を儚いと感じ、壊れ物のように接していた。
だが夜は積極的で、蠱惑的で、官能的で。
夜会だと着飾る彼女が美しくて。
ドレスを何着も贈った。宝石もいくつも贈り飾り立てた。
メイが来てからはリリミアには贈り物一つしていなかった。
マクルドに、自分がリリミアにしてきた事が次々と押し寄せた。
リリミアが地味なドレスばかりだったのは。
マクルドがメイを飾り立てるから公爵家の財政を懸念して新調すらできなかったから。
リリミアが仕事をして得た領地からの収入は、マクルドがメイへ貢ぐから逼迫していたとしても頷ける。
王太子の側近として得ていた収入も、メイへの貢物で消えていた。
エクスの事も、結婚前にリリミアに伺いを立てねばならなかった。
本当に彼女を想うなら、婚約解消をすべきだったのだ。
メイを選ぶなら公爵に反対されても逃げたら良かった。
だが自分の欲望の為に愛していると言う妻の気持ちを無視して裏切り傷付け続けた。
マキナをエクスに懐かせ、本当の兄妹として……いつの間にか自分を父、メイを母としてすり替え、四人でいる事を望んでいた。
実際にそうしてきた。
真に孤独だったのはリリミアなのでは。
執務室で静かに仕事をしていた彼女を省みる事なく死なせてしまった。
労いも、感謝も、何一つ無く――――。
「やり直したい……。やり直して、リリミアに謝りたい……」
マクルドはいつしかそんな事を思うようになっていた。
頭を抱えて蹲る。
だがもう、リリミアはいない。
時として強い想いや願いは人々に祝福をもたらす。
彼らに訪れた祝福は――
時戻りの魔女との邂逅だった。