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98、再加熱

「本日より第一隊配属になりました、ベス・M・ガレットです。よろしくお願いします!」


 威勢良く挨拶するつもりが、少々声が裏返って隊員たちに笑われた。


「いいぞいいぞ。初々(ういうい)しくて(たま)らんな!」


 隊長のオリバー・ストランドが笑いながら、耳が痛いくらいの大きな拍手をする。55歳、過去に魔術学院の教官も経験したことがある魔導師だ。かなりの熱血教官だったと、その当時生徒だったグルー教官から聞いたことがある。容姿が年齢よりも若く見えるのは、艶のあるとび色の髪のせいなのか、その溢れ出る熱量のせいなのか。

 他の隊員たちも笑顔と拍手で僕を迎えてくれる。カイもラシャも笑っていた。雰囲気はとてもいい隊だ。


「俺が隊長のオリバー・ストランドだ、よろしく。で、良く知っていると思うがこっちは副隊長のカイ・ロートリアン。それでこっちは副隊長補佐のライラック・グルーだ」


 オリバーは自分の横にいる、がっしりとした体躯の隊員の肩をばしばしと叩いた。はしばみ色の髪は僕が良く知るあの人と同じだ。


「あ、もしかしてグルー教官の……」


「そう、フローレンスの兄貴さ。似てないだろ? 性格も正反対、冷静沈着だから安心しろ。はっはっ!」


 オリバーの発言にライラックは苦笑し「はじめまして、よろしく」と呟いて握手の手を差し出した。僕がそれに応えると、オリバーは続けた。


「どの隊も新人には指導係を1人付けているんだが、お前には贅沢に2人だ。ラシャ・アモンズ、それからエーゼル・パシモン。こっち来い、握手だ、握手」


 ラシャと、エーゼルと呼ばれた黒髪の青年が前に進み出た。細面の、爽やかな好青年といった風貌の隊員だった。彼の名前だけは聞いたことがある。去年の第三試験、剣術の試験官を務めた隊員だ。


「よろしく、ベス。剣術とか魔術とか、実戦的なことは俺が指導する。それ以外はラシャが担当だ」


 エーゼルはそう言って笑い、僕と握手する。次にラシャも微笑みながら手を差し出した。


「この左腕、やっぱり回復が間に合わなくて。でも記録とか細々したことはみっちり教えてあげるからね。これからよろしく」


 それからオリバーが咳払いをすると、空気が一瞬にして緊張する。全員の視線が彼に向いているのが分かった。


「ではこれより、総勢36名、新体制の第一隊となる。新卒がここへ入るのは実に5年ぶりだが、接し方を忘れたとか言うなよ。隊の威厳を維持出来るかどうかはお前たちの後輩指導に懸かっている。指導係のみならず全員で教育する意識を持ってくれ。一致団結が大切だ。リスカスの治安悪化が懸念される昨今、我々が最後の砦だと思え。いいな!」


「了解!」


 隊員たちと共に敬礼をしながら、僕は自分が蜥蜴(とかげ)との戦いの最前線にいるのだと自覚するのだった。



「緊張したか?」


 エーゼルは僕にそう尋ねる。隊員たちはそれぞれの任務に向かい、部屋には僕と指導係の2人が残されていた。カイはやはり忙しいのか、会話する暇も無く行ってしまった。


「最後の、隊長の言葉で……」


 正直に答えると、エーゼルは何度か頷いた。


「治安悪化、ってとこだろ。ベス、蜥蜴のことはもう知っているんだよな?」


「はい」


「これからもっと詳しく知ることになる。先に言っておくが、蜥蜴が起こした事件は表に出ていないものも加えると相当な数だ。内容も凄惨なものがある。向き合うには覚悟が必要だぞ」


 エーゼルの表情は真剣だ。信念を胸にはいと答えると、彼はまじまじと僕を眺めた。


「お前のことは事前に詳しく聞いていたが、何と言うか……カイから生意気さを引いたみたいだな」


「え?」


 僕がきょとんとしていると、ラシャが笑いを漏らした。


「分かります。その表現がぴったりですね。大丈夫、褒め言葉だよ」


「そうですか……?」


「ああ。今じゃカイ副隊長って呼ばないといけないが、元は俺の部下だから。どんな性格かは知っている。あいつの根性にはこの先も勝てる気がしない」


 エーゼルは軽く肩をすくめた。その言い方からすると、元部下ではあるが副隊長としての尊敬もあるのだろう。


「ベスはこのまま素直に成長してくれ。くれぐれも俺にバカとかみみっちいクソ上司とか言うなよ」


「言われたことあるんですか? カイ副隊長に」


 ラシャが少しの遠慮もなく尋ねる。カイが生意気なのは分かるが、上官相手にそこまで言うとは少し驚いた。


「昔の話だ。そう言われる原因は俺にもあったが、改めたつもりでいる。ベスにも言われるようなら俺はもう上官としておしまいだな」


 エーゼルは苦笑し、ちらりと時計を見た。時刻は朝8時半を回るところだ。


「さて、まずはお前のサーベルを調達しないと」


 隊員たちが常に携帯している、つばの部分に鷲の刻印が入った自警団のサーベル。学院の訓練で使っていたものと形は同じだが、やはり見た目は洗練されているように感じる。


「昔とは違って、サーベルは本部にいる間でも常に身に着ける必要がある。10年前に敵の本部襲撃という実例もあるし」


 心のどこかで本部は安全だと思っていたから、それを聞いてどきりとした。確かにあり得ないことではない。


「まあ、そんなに緊張するな。仮に何かあったとしても新人のお前を前線に立たせるなんてことはない……と思う。行こう。調達が終わったらラシャに引き継ぐ」


 エーゼルは言うが早いかさっさと行ってしまう。いってらっしゃいとラシャに背中を押され、僕は彼の後を追い掛けた。

 サーベルがある倉庫まで早足で廊下を歩きながら、エーゼルが口を開いた。


「今後の予定を簡単に説明しておく。今日から3日間、剣術や魔術の訓練もしつつ本部内での仕事を覚えてもらう。主に記録だな。その辺はラシャに鍛えてもらえ。あいつはたぶん、隊で一番記録の作成が上手いから」


 彼はいつも聴取の記録係をしているが、そういうことだったらしい。


「はい」


「その次はもう俺や他の隊員に付いて現場に出る。習うより慣れろだ。1週間後に新しいメニ草畑を潰すから、そのつもりで。お前の初任務かもな」


 さらりと過酷なことを言って、エーゼルは倉庫の扉を開けるのだった。



 僕は食堂で夕食を前にしているが、食欲は皆無だ。どっと疲れた一日だった。サーベル調達後は聴取の見学をしてラシャに記録の指導をしてもらい、自警団内の細々とした規則を説明されながら昼食を摂った。午後はエーゼルに魔術と剣術の指導を受け、いざ実践と街の巡回に連れ出され、幸か不幸か窃盗の現場を目撃して僕が確保することになった。

 犯人は僕と同い年の痩せた少年だった。スラム街に住んでいて、冬の間は畑も作れないため食料が乏しく、街に盗みに出た……と、これは尋問の魔術でエーゼルが聞き出した情報だ。少年は最初からかなり反抗的で、僕は完全に舐められ無視されていた。


 ――魔導師様は良いご身分だな! 生まれが恵まれてるってだけなのに、俺らを見下しやがって!


 確保時にそう叫ばれた声が頭から離れない。もちろん僕は彼を見下してはいなかったのだが、魔導師であること自体が彼にそう思わせるのだ。

 以前にラシャがスラム街で聞き込みをした際、石を投げられて怪我をしていたことがある。その時は他人事のように思っていたが、魔力を持たない彼らが抱く魔導師への憎しみは相当強いのだと、僕はこの初日で思い知らされることになった。

 最終的に少年は注意だけで釈放された。夕闇の中を走り去っていくその背中を見ながら、エーゼルは「彼のような子供は結構いる。魔導師が憎いという感情を利用されて、蜥蜴に引き込まれる子も中にはいるんだ。最年少は6歳だった」と語ったのだった。


しょ(ぱな)からずいぶんと揉まれたみたいだな」


 そう言いながら僕の正面に座ったのはカイだ。朝の挨拶以降、ようやく顔を合わせることが出来た。


「副隊長……、お疲れ様です」


「お疲れなのはそっちじゃないのか。食べないと体が持たないぞ。スープだけでも流し込んでおけ」


 カイは笑って、自分の食事に手を付け始める。それほど早食いではないようだ。僕がじっと見ていると、彼はその視線に気付いて言った。


「自分の仕事は終わらせてきたから、食事くらいはゆっくり摂れる。大方、ラシャの早食いを見せられたんだろ?」


「はい……。真似したら駄目だと言われましたけど」


「それはそうだ。あんなことしたら普通は喉に詰まる」


 カイは軽く吹き出した。普段の険しい顔から考えると意外によく笑う人だ。それから彼は真顔に戻り、僕に言った。


「今日一日のことについては報告を受けている。お前がそんな顔なのは、スラム街の子のことだろ?」


 まさに図星だ。僕が頷くと、彼は続けた。


「俺も新人の頃、言われたことがある。魔術が使えるからっていい気になりやがって、とな。……魔力を持つ者と持たない者の共存という言葉は、建前だよ。魔力に秩序があったとしても、やはり持つ者の方が優位に立ってしまう。その歪みが表面化したのがスラム街だ」


 魔力の秩序、つまりは魔術を使うにあたっての制限のことだ。秩序は持つ者と持たざる者の差が大きくなり過ぎないためのもので、大きく二つある。一つは魔術でゼロからものを創り出すことは出来ない、もう一つは魔術で人を害することは出来ない、というものだった。

 かつては巫女によって秩序が保たれていたが、今はどのような力で制御されているのか不明だった。誰も知らないが、秩序から外れるような魔術は使えないのが当然のことなのだ。


「魔導師が彼らに目の敵にされているのは、過去に何かいざこざがあったから……とかではないんですか? 魔力の有無から生まれる軋轢(あつれき)だとしても、憎しみが強過ぎる気がして」


「いざこざはあったらしい。もう90年以上前のことだが、自警団がスラム街を清浄化しようとしたことがあってな」


 カイは言った。


「清浄化?」


「スラム街の全ての住民を捕らえて、獄所台へ送るか専用施設に入れようとしたんだ」


「そんな……」


 あまりの横暴に絶句してしまった。確かにスラム街は犯罪の温床になりやすいが、全員が悪人であるはずはない。物心がつく前の小さな子供だっていたはずだ。


「初めてその話を聞いた時は俺も驚いたよ。だが実現はしなかった。当時の指揮を()っていた第四隊長が、確保された住民たちを独断で釈放し、その後に自害したんだ。良心の呵責かしゃくに耐えられなかったんだろう。スラム街清浄化を決めたのは自警団ではなく国法院だったから」


 国法院はリスカスの法を定める最高機関で、国王をその長とする。いくら自警団でも、そこで決定された法には従わなければならない。それは現代でも同じだ。

 自害というのは衝撃だったが、そこまでしないと法に抵抗出来なかったのだろう。第四隊長の無念を思うと胸が痛かった。


「……その清浄化の話が今まで語り継がれて、現在の状況になっているんですね」


 僕が言うと、カイは頷いた。


「第四隊長の犠牲はあったが、残念ながら彼らの記憶に残っているのは清浄化で受けた屈辱だけのようだ。自警団はそれ以降、積極的にスラム街に関わろうとはしていない。だがそうも言っていられなくなってきた」


「蜥蜴がスラム街の子供を勧誘し始めたからですか?」


「そうだ。やり方はほとんど洗脳に近い。……奴らの差し金で、6歳の少女が爆発物を鞄に入れて本部まで来ていたことがある。自爆させるつもりだったんだよ。第二隊が早い段階で監視していたから未遂に終わったが。実行犯も確保した」


 あまりの卑劣さに怒りで手が震えるようだった。エーゼルが言っていた、表に出ていない蜥蜴の事件の一つがこれなのだろう。向き合うには覚悟が必要と言われた意味を、たった今理解した。


「冷静さを保て、ベス。これは序の口と思った方がいい」


「でも……」


 反論しかけて、ふと思った。蜥蜴にもボスがいるのではないか。そいつを確保すれば決着が付くのでは?


「副隊長、蜥蜴のトップにいるのは誰なのか、もう判明しているんですか?」


 カイは瞬時に険しい顔になり、言った。


「慎重に探っているところだ」


 それ以外は口をつぐんだ。新人の僕には話せない機密情報なのかもしれない。

 カイはそれからふと表情を和らげ、自分のトレーに乗っていたイチゴの皿を僕の前に置いた。


「イチゴは滅多に付かない高級品だが、今日は新人の入団記念だからだろうな。味わって食べろ。いいか」


 カイは少し身を乗り出し、僕に顔を寄せた。


「今はとにかく目の前のことにだけ悩め。魔導師だろうが第一隊だろうが、お前はまだ16歳の子供なんだ。俺たちの指示に従って動き、出来なければ指導を受ける。それで十分だよ。壮大な悩みを抱えるのはもっと成長してからにしておけ。返事は?」


「は、はい」


 僕は気圧けおされるように返事をした。ただ彼の言葉のおかげか、少しは気分が落ち着いた気がする。そして目の前の悩み……、すっかり冷めきったこの食事を食べるか否かだろうか。


「腹は満たしておくこと。それが俺の指示だ」


 カイは席を立ちながら僕のトレーにすっと触れた。彼自身はいつの間にか食事を終えていたらしい。


「明日からもよろしくな、ベス・M・ガレット」


 そう言って笑い、去っていく。ふと自分の食事に目を落とすと、スープの器から湯気が立っていた。カイが魔術で温め直してくれたのだ。


「副隊長……」


 思わず声が漏れるくらいに、僕はぐっときたのだった。

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