96、一人分
卒業式から一夜明けた1月の最終日。寒さ厳しい朝に退寮した僕ら同期は、全員一緒に自警団キペル本部へと向かっていた。
明日の入団に先立ち、新人は本日中に隊舎へ入ることになっている。まずは本部で認識票の作製と自警団登録簿への記入を済ませてから、支部の配属になった同期は連絡通路を使ってそれぞれの場所へと移動する流れだ。
僕らは薄く雪が積もった建物の屋根の上を、総勢21名でぞろぞろと駆け抜けて本部に到着した。緊張しながらその門を潜ると、一期上の先輩6名が出迎えてくれる。
「待ってたぜ、後輩。1時間も前から」
男の先輩が笑いながら僕らの肩を叩いた。去年魔導師になったばかりの彼らだが、紺の制服と外套姿がすっかり様になっているように見える。
「全員揃ってるな? 早速行こう、今日は忙しいぞ」
先輩に着いて本部内に足を踏み入れる。まだ制服を受け取っていない僕らは私服姿で、玄関前の広間を行き来する紺制服の隊員たちの中に混ざるとかなり目立っていた。
隊員たちの大半は僕らに温かい視線をくれるのだが、中には睨むように見たり、値踏みするような目でじろじろと見てくる人もいる。魔導師といえども人間性は様々だが、その人たちが自分と同じ隊ではありませんようにと祈った。
不意に、見上げるくらいに大柄な男性隊員が僕らの前に立ちはだかった。50代くらいで、その顔には歴戦で刻まれたとおぼしき傷がいくつも残っている。第三隊の人だと一目で分かった。
「お前らが今年の新人か。小せぇな。学院の食事が質素過ぎるんじゃねぇのか」
体も大きいが声も大きい。怒鳴られたのかと思うくらいだ。僕の隣にいたキアラが怯えた顔で固まっていた。
「おはようございます、フィズ隊長。見ての通り新人ですよ」
先輩は物怖じせずに答える。1年経てばこの隊長にも慣れるということか。
「ふん。今年も第三隊はいないんだろ?」
フィズは僕らをじろりと眺めるが、残念ながら第三隊配属になった生徒はいない。僕らの学年には、第三隊に向いている粗暴な人がいなかったのだ。
「第三隊に入る新人が毎年いたら困るんですよ。問題児ってことですから」
いつの間に僕らの後ろに立っていたのか、口を挟んだのはエスカだった。フィズは彼を睨み付けて言った。
「どの口が言いやがる、偉そうに。お前の隊も2年連続で収穫なしだろうが」
「選ばれし美形はそうそう現れないものですよ。とにかく新人を脅すのはやめて下さい」
エスカは涼しい顔で言い放つ。どう考えてもフィズの方が年上なのだが、よくそんな態度を取れるものだ。
フィズは眉間に皺を寄せて答えた。
「これが脅しだと?」
「実際、彼女は怯えていますから。……大丈夫、こう見えて彼は部下思いの優しい隊長だ。不安にならなくていいよ」
エスカがキアラに微笑み掛けると、キアラは蚊の鳴くような小さい声で返事をし、顔を真っ赤にしたのだった。エスカはこの短時間で少なくとも一人を魅了してしまったらしい。
ついでにフィズも毒気を抜かれたのか、うるせえなと呟いて行ってしまったのだった。
「自警団へようこそ。君たち、卒業証明のコインはちゃんと手元にあるか?」
エスカは僕らに尋ねる。それがなければ自警団には入れないから、全員、肌身離さず持っていた。
「はい」
僕らが声を揃えると、彼は微笑んだ。
「そう。ではケネス、この先は俺が引き受ける。ありがとう。各隊へ新人到着の連絡をしておいてくれ」
先輩に指示し、エスカは僕らを引き連れて第二隊の部署へと向かう。右も左も美形ばかりで、やはりその区域だけ他とは雰囲気が違った。容姿も所作も洗練された隊員たちに微笑み掛けられ、ほとんどの同期は目の遣り場に困っているようだ。
「見惚れるのも最初だけだよ。俺たちの美しさにもいずれ慣れて、その内、嫌いになる」
エスカは僕らの様子を見て笑いながら言う。嫌いになる理由を彼は説明しなかったが、僕には何となく分かっていた。第二隊は人の心を利用する隊だ。任務のためなら仲間にさえ嘘を吐き、そして本心を明かせない分、壁が出来てしまうのかもしれない。
それから僕らは会議室のような部屋に案内された。長机が室内にずらりと列をなしていて、その上には何かの書類が並べられている。部屋で待っていた3名の隊員が、その席に僕らを振り分けていった。
「諸君、手元の紙を見てくれ」
エスカが前に立ち、そう指示した。紙には『自警団入団における諸規則および誓約書』とあった。規則が上から順に所狭しと並び、最後に署名欄がある。『自警団登録簿への登録名で記載すること』と注意書きがあった。
「ここにあるのは最低限守ってもらわねばならない規則だ。違反は即追放、場合によっては獄所台と心得てほしい」
その言葉で僕らの間に緊張が走るが、書かれている規則は余程のことがない限り違反はしないものばかりだ。例えば意図的な殺人。これは人としても一線を超えているから言語道断だ。その他、自警団内での窃盗、理不尽な暴力行為など。一番違反する可能性が高いのは、自警団の機密事項を外部へ漏らすこと。意図せずうっかり、あるいは騙されて、自分がその行為をしないとも限らない。
「第二隊は隊員たちの挙動にも目を光らせている。ここ数年かなり強化されているから、怪しい行動は厳に慎んでもらいたい。我々の仕事が増えるからな。特に、本部内で恋人といちゃつくのは厳禁だ」
エスカの話に他の隊員たちが笑いを漏らしたので、どうやら最後のは冗談だったらしい。僕らは笑っていいものか分からず、大真面目に話を聞いていた。
「……お前たち、緊張しすぎだぞ。肩の力を抜け。最後の署名欄だが、ここに記載した氏名が名簿に登録されることになる。今後、公式な書類へのサインは全てそれを使用する。必ずしも国に届け出た本名である必要はない。略称や愛称の登録も可能だ。綴りを間違えないように」
エスカは僕をちらりと見たような気がした。以前にも言われたことがあるが、僕は略称で登録するつもりでいた。本名は長過ぎるのだ。
そこから数分、配られたペンで名前を書く音が部屋に響いた。僕は数日前から考えていた名前があり、少し緊張しながらそれを書いていた。
「書き終えたな。では認識票の作製に移る。ガベリア支部配属の者から順に、一人ずつ。コーネル、頼んだ」
隊員の一人に指示し、エスカは部屋を出て行った。コーネルと呼ばれたのは、30代くらいの黒髪の男性だ。彼は押し黙っている僕らを見て微笑んだ。
「席を立って仲間と話していても構わないぞ。この先、しばしの間お別れだからな。では、ガベリア支部医療部のジジ・バーク」
「はいっ」
ジジが勢い良く席を立ち、コーネルに続いて部屋を出て行く。リローが心配そうにその背中を見送っていた。
コーネルが許可したこともあり、一人が話し出すと部屋は一斉に騒がしくなった。僕はキースの所へ行き、彼が書いた誓約書をちらりと見た。名前はキース・リューターとなっている。
「……ベスは?」
視線に気付いた彼が、僕が手に持っていた誓約書を指差す。素直に見せると、彼は何度か頷いて言った。「いいと思う。その方が君らしいよ」と。
それから10分ほど経っただろうか。スタミシア支部の同期たちが呼ばれ、部屋には僕を含めキペル本部配属になった4人が残されていた。医療部のリロー、第四隊のキアラとユーリスだ。
「……さて、君たちはめでたく本部入りか」
部屋にいるのが僕らだけになったところで、コーネルが口を開く。3人いた第二隊員はいつの間にか彼1人になっていた。
「別に本部の隊員が偉いわけじゃないが、やはりキペルとその他では犯罪の件数も凶悪さも違う。蜥蜴も主に本部の魔導師が標的のようだし。俺たちは常に命を狙われていると思った方がいい。覚悟して任務に励んでくれ」
真剣に話すコーネルの言葉で僕らは俄に緊張したが、彼は表情を和らげてこう続けた。
「……と伝えておけ、とエスカ隊長に言われている。大丈夫、死なないように日々の訓練があるんだから。緊張感は大切だけどな」
「コーネル、次、本部だ」
部屋の入口から別の隊員が声を掛けてくる。コーネルは分かったと答え、リローを連れて部屋を出て行った。それからキアラとユーリスが呼ばれ、最後に僕の番が来た。
廊下を歩いて第二隊の隊長室に着く。僕は隊員に促されて怖ず怖ずと中に入り、まず、壁一面の本棚に驚いた。天井まで届くその棚には、黒表紙に銀文字の本がぎっしりと詰まっている。窓のない部屋の中で、その文字がランプの明かりにちらちらと光って見えた。
部屋の中央には机があり、その向こうでエスカが微笑んでいた。机の上に鎮座している大きな金属製の機械は、コインから認識票を作るためのものだろうか。四角い箱の横にレバーが付いたような、簡素な造りだ。
「待たせて悪かったな、ベス。君を最後にしたのには理由がある。早速だが、こちらへ」
エスカは僕を側へ呼び、じっと目を見ながらこう言った。
「個人的に君と話をしたかったものでね」
「何か僕に問題が……?」
僕はごくりと唾を呑んだ。キルデのことや母のことなど、今までの問題は全て解決したと思っていたのだが。
「気を楽にしてくれ。結論から言うと特に問題はないよ」
エスカは少しだけ笑い、真顔に戻った。
「さっき君の霊態を探らせてもらったんだが……」
玄関前の広間での話だろう。そんなことをされていたとは全く気が付かなかった。続く彼の言葉に、僕は衝撃を受けた。
「どうにも一人分しか感じられなくてね。ちゃんと確認したいと思ったんだ」




