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95、送別

 卒業式にデイジーのことは誘っていなかったが、それでもこうして来てくれたらしい。王立学校のワイン色の制服を着て、彼女はぱっと顔を輝かせた。


「実はカイに卒業式のことを聞いて、来たんだ。再来年は私もここにいる予定だし、見ておきたいなって思って。迷惑だった……?」


「そんなことないよ。来てくれて嬉しい。あんまり君と積極的に関わると、カイ副隊長に怒られる気がして誘えなかったんだ」


 僕に下心があると勘違いされるかもしれない、と本人に説明するのは気が引けて、そんなふうにぼやかした。下心などないと現時点では断言出来るのだが。


「あなたが魔導師だからってこと?」


 デイジーは怪訝な顔をする。そうだと答えると、彼女はくすりと笑って続けた。


「変なの。私だって魔導師目指してるのに。ねえ、ベス。第一隊ってことは、危険がいっぱいなんだよね?」


 彼女の表情が曇った。


「最近のカイを見てると、本当に大変なんだなって思うの。家にいてもずっと顔が険しいし、私が監察部の魔導師を目指すことに更に反対するようになった」


 それはそうだろう。蜥蜴が起こした事件でラシャが負った怪我を知る今では、僕だってそう思う。そして、カイが家でもそんな顔をしているのが少し心配になった。


「……やっぱり医務官じゃ、嫌なの?」


「医務官が嫌なわけじゃないよ。私は現場で悪い奴を相手に働きたいだけ。でも、ベスも反対なんだよね。その顔見たら分かる」


 デイジーはふふっと笑うのだった。それほど意固地にはなっていないということか。


「僕は……」


「いいんだ。私、カイの忠告は素直に聞くことにしたの」


「急に、どうして?」


 そう尋ねると、デイジーは声を落として答えた。


「この間ね、今までにないくらい真剣に『頼むから忠告に従ってくれ』って言われたの。声が少し震えてた。それから『大切な人をこれ以上失いたくないんだ』って。……それが分からなかったなんて、私、まだまだ子供なんだね」


 彼女は悲しげに目を伏せた。


「早く大人になりたいなぁ。自立して、誰にも心配掛けないようにしたい」


「それは無理だよ。誰にも心配掛けないなんて」


 思わず言うと、デイジーは顔を上げてちょっとむくれた表情をした。


「どうして?」


「自立したからって心配事がなくなるわけじゃない。それはまた別の話。でもデイジー、君は勇敢だよ。危険だと分かっていて魔導師の世界に飛び込むんだから」


贖罪(しょくざい)って言葉を、最近知ったの」


 彼女は唐突にそう言った。


「贖罪? 罪滅ぼしってこと?」


「うん。私の父親……って呼びたくはないけど、あの人が犯した罪を、私が医務官として働くことで何とか償えないかなって。メニ草のせいで苦しむ子供たちを救いたいの」


 デイジーの父親であるデリック・ランブルは、10年前にメニ草の売買に関わって今も獄所台に収監されている。だからそういった贖罪の方法を考えたのだろう。メニ草の被害者である子供を救いたいということは、同じ考えを持つキースとは気が合うかもしれない。

 僕は彼女がまだ12歳でそれを考えることに驚いていた。境遇が特殊であるが故に、大人びてしまったのだろうか。すぐには言葉が出ない僕の表情を見て、デイジーははっとしたように言った。


「あっ、また自分の話ばっかりしてた……。ごめんなさい、ベスの卒業式なのに」


「いいよ。聞けて良かった。……でも、君の人生は君のものだから。贖罪なんて考えてたら、いずれ辛くなるよ」


 それだけが心配だった。僕みたいに獄所台にいる父親を切り捨てられれば楽だろうが、父親を大切に思う兄がいて、その兄を大切に思う彼女はそうもいかないのだ。


「大丈夫。これ、私なりの向き合い方なの」


 デイジーは明るい表情で言った。


「父親の罪は絶対に許さないけど、そのことでセオと争うのはもうやめたんだ。父親の存在は認めてあげるって言ったの。その代わり、私が出来ることを精一杯やるって決めた」


 そう話す彼女の目は輝いていたから、僕もほっとした。これでセオとの間の問題は解決したようだ。


「それなら良かった。応援するよ、先輩として。でも無理はしないでね。僕にとっても君は大事な存在だから」


 僕が笑うと、デイジーの頬が微かに赤くなったように見えた。


「あの……、卒業おめでとう。本当はそれを言いたかったんだ。それじゃ、また会おうね」


 彼女はそう言って微笑み、逃げるように行ってしまったのだった。



 幸せな時間を過ごした後は、自警団の制服の採寸があった。驚いたことにその場にはステイシーがいた。ということは、向こうで魔術みたいにメジャーを操っている女性がカイの従姉妹、ノーマだろうか。顔は少しカイと似ている。


「腕を伸ばして下さい。……はい、ありがとうございます」


 ステイシーはてきぱきと僕の採寸を終える。表情が生き生きしていた。


「こんなところで会えるなんてね。向こうにキースがいるけど、話せた?」


「はい。キースの採寸もやらせてもらったので。こうやって自警団の役に立てて嬉しいです」


 ステイシーはにこりと笑った。


「でも、すごく忙しいんじゃない? 明日には全員分の制服を用意しないといけないんだから」


「既に出来上がっているものを、必要に応じて手直しするだけですから。一生懸命やらせてもらいます。では、また!」


 ステイシーは荷物を抱えて次の生徒の採寸に取り掛かる。かつて『無垢な労働者』だった彼女がこんなにも輝いているのを見ると、僕も一日でも早く地獄にいる子供たちを救出しなければと気が引き締まるのだった。



 一日の最後には部屋の片付けが待っていた。明日の退寮時にはここを何もない状態にし、清掃も終えなければならない。今晩寝るための布団だけを残し、荷物は全てまとめておく必要があった。

 僕もキースも黙々と作業に励み、夜にはほとんどの荷物が片付いていた。僕は椅子に座って一休みしつつ、式で渡された卒業証明のコインを眺めた。木箱に収まっているそれは、何の金属かは不明だが玉虫色に輝いている。表に僕の長い名前と学籍番号、卒業年月日が刻印されていた。


「これが認識票になるのか……」


 そう呟くと、キースが言った。


「それに個人の霊態(タイプ)を埋め込むわけだろ。ベスの場合、どうなるんだろうな。霊態が二つあるわけだから」


 僕もそれは気になっていた。僕自身のものと、ジョエルのもの。二つ登録すると不具合があったりするのだろうか。


「分からない。たぶん、自警団にとっても初めてのことだろうし。向こうに任せるしかないよ」


「だな。……そろそろ最後の点呼だ。行こう」


 キースが言って、僕らは廊下に並んだ。毎日のように受けていた点呼も今日で最後。何かしら胸に込み上げるものがあった。グルー教官がいつものように端から点呼を取っていくが、今日はそれぞれに一言添えているらしい。教官が通り過ぎた後、級友たちが涙ぐんでいるのが見えた。


「ベス・ガレット、キース・リューター」


 グルー教官がついに僕らの部屋の前まで来た。


「はい」


「お前たちは間違いなく一番手が掛かる生徒だった。だがこの先も、誰かを救うためなら躊躇(ちゅうちょ)せず動け。それがお前たちの良い所だし、人としても魔導師としても欠かせない素質だ。……卒業おめでとう」


 教官は滅多に見せない優しい笑みを浮かべ、僕らの返事も待たずに行ってしまう。


「グルー教官、お世話になりました!」


 思わずその背中に叫ぶと、仲間たちも声を揃えた。教官はやはり、振り返らずに片手を上げるだけだった。

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