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94、卒業式

 午前10時。ひりつくような緊張感が漂う中、学院の大講堂では卒業式が執り行なわれている。壇上には学院長が立ち、僕ら二年生は彼に向かって横一列に並んでいた。もう誰に注意されなくても一糸乱れず整列することが出来る。グルー教官に何十回もやり直しさせられた新入生の頃と比べれば、その成長は一目瞭然だ。

 僕らの背後に設けられた席には、保護者や関係者が所狭しと座っているはずだった。式の最後の方まで僕らは振り向くことを許されないから、自分の家族がどの辺りにいるのかは分からない。一年生は保護者席の後ろで、粗相のないよう教官に見張られながら整列しているに違いない。去年の僕らがそうだった。

 学院長から卒業を祝う言葉と、僕らがこの1年で起こした問題について少々皮肉のこもった訓辞を頂戴してから、ついに目玉である配属発表の時を迎えた。

 チェス教官が端の方から順に生徒の前に立ち、名前と配属先を告げ、卒業を証明するコインを手渡す。自警団入団後にそれを加工し、魔術で個人の霊態タイプを埋め込んで認識票となるのだ。入団後は常にそれを身に着ける必要があった。危険な任務が多い故、個人の判別が付かない状態で命を落とすかもしれない魔導師に認識票は不可欠だ。

 仲間たちは皆、希望した地域の隊に配属になっているようだった。僕は列の一番端で、名前を呼ばれるのも最後だ。チェス教官が徐々に近付いてくるにつれ、緊張で胃が締め付けられる。今のところ第一隊配属になった生徒はいない。

 僕の隣にいたユーリスは第四隊配属となり、ついに僕の番が来た。


「ベネディクト・テディ・ヘイデン・ガレット」


 チェス教官の朗々とした声が講堂に響く。彼女の目はじっと僕を見つめ、表情はいつも通り冷静だ。僕はこの瞬間、式を見に来ている家族やハーパーのことも、ネリーやノアのことも考える余裕がなかった。どうかこれまでの努力が報われますようにと、手に汗握りながら必死で祈っていた。

 チェス教官の口元が、微かに笑ったように見えた。


「……キペル本部、第一隊へ配属とする。卒業おめでとう」



 式を終え、椅子が綺麗に片付けられた大講堂はさながらパーティー会場のように騒がしくなっていた。家族や友人などがそれぞれに卒業生を取り囲み、これまでの努力を労い、卒業を祝っているのだ。僕も例外ではなく、家族全員にもみくちゃにされていた。


「驚いたよ、ベス。第一隊だなんて、父さん親戚中に自慢して歩きたいくらいだ。頑張ったな」


 涙ぐみながら僕の髪をぐしゃぐしゃにする父に、こちらもつい涙ぐんでしまうのだった。恥ずかしくもあったが、周りを見るとどこも似たような状況だったから気にしないことにした。あのキースでさえ両親に囲まれて目を赤くしているのだ。彼も希望通りスタミシア支部に配属となっていた。

 母やきょうだいたちからも温かい言葉をもらい、嬉しさと照れで熱くなった顔を手で扇いでいると、誰かが僕の袖をつんつんと引っ張った。

 末弟のトニーかと思って顔を向けると、そこにいたのはネリーだった。いつもより少しおめかしした格好をして、はにかんだ笑顔で僕を見上げている。


「ネリー! 来てくれてありがとう」


「だって約束したもん。ベスの家族、たくさんいるんだね。はじめまして……」


 彼女はその人数の多さに圧倒されたようだった。あら可愛い子、と母と姉たちがネリーを取り囲み、あれやこれやと質問する。ネリーはすぐに僕の後ろに隠れ、もじもじするのだった。


「お母さんたち、ネリーがびっくりしてるから……。この子は僕の、えーと、友達?」


 何と説明すべきか分からない。それよりもノアはどこにいるのだろう。


「ネリー、ノアは?」


「今来るよ。ほら」


 彼女が指差す方へ顔を向けると、車椅子に乗ったノアが、エドマーに押されてこちらへ向かってくるところだった。


「ノア! エドマー先生、お久しぶりです」


「ベス、とてもかっこよかったよ。僕ね、端っこの方でちゃんと見てた」


 ノアはそう言って弾けるような笑顔を見せた。以前に話したときよりも格段に言葉が滑らかになっている。それに感動して、僕はしばらく言葉が出なかった。

 家族は不思議そうに三人を見ている。彼らと僕がどういった関係なのか説明しなければならないのだが、やはり上手い言葉が見付からない。すると、エドマーが口を開いた。


「はじめまして、ご家族の皆さん。私は医務官で、この子らはトワリス病院の児童院にいる子供なんですが、学院の実習でベスと仲良くなったんです。双子のネリーとノア。ベスにとても懐いていて。ね?」


 実習というのは正確に言えば嘘だが、ネリーとノアは笑顔で大きく頷くのだった。二人は病気なのかと両親や兄姉は思っただろうが、空気を読んで口にはしなかった。しかし、子供のトニーにそれを求めるのは無理だったようだ。


「ねえ、ネリーとノアって何か病気なの? なんで車椅子?」


 こら、と慌てて(とが)めようとしたが、ノアは堂々とこう答えた。


「そうだよ。悪い奴に、変な薬を飲まされてこうなっちゃったんだ。だけどベスがおまじないを掛けてくれたから、すごく良くなった」


「何それ、そんな怖いことがあったの……。おまじないって、これのこと?」


 トニーは片手を広げ、もう片方の指先でそこに星を描いてみせる。


「そう、それ。『幸せになーれ』って」


「僕もやってもらったことある!」


 トニーはそう言って顔を輝かせた。共通点を見付けて嬉しいのだろうか。大人たちは二人のやりとりを黙って見守っていた。


「ねえ、ねえ、ネリーとノアは何歳?」


「7歳だよ」


「あっ、僕の方が一つ上だ。お兄ちゃんって呼んで!」


 唐突なお願いに家族全員が笑い、空気は和やかになった。前々から弟妹がほしいと言っていたトニーだから、ここぞとばかりにお兄さん振りたいのだろう。


「ベス」


 エドマーがこっそりと僕に囁いた。


「はい?」


「あそこに君のことを待っている人がいるみたいだけど。ここは私に任せて、行ってきたら?」


 そう言って扉の横を指差す。人混みの向こう側、三揃いのスーツ姿で居住まい正しく立っているのはハーパーだった。彼はちらりとこちらを見て、小さく片手を上げる。僕はエドマーに礼を言い、盛り上がる家族の輪からすっと離れた。


「兄さん、来てくれたんだね。こんな端にいなくたっていいのに。みんなとはもう会ったことあるでしょう?」


「何となく邪魔しちゃ悪いかと思って。それよりベス、おめでとう。立派な姿だったよ。これ、お祖父様と僕からの卒業祝い」


 彼はそう言って上着の隠しから小さな木箱を取り出し、僕に差し出した。


「貰っていいの……?」


「もちろん。開けてごらん」


 ハーパーが微笑む。木箱を開けると、中には銀の懐中時計が入っていた。蓋に、花を模した精緻な細工が施されている。


「凄く綺麗……。これ、何の花?」


「アイリス。花言葉が『信念』なんだ。ベスにぴったりだと思って、職人に特注した。気に入ってくれたかい?」


「とても。でもこんなに細かい細工、高かったでしょう?」


 僕が言うと、ハーパーは笑い飛ばすのだった。


「こういうときこそ金に物を言わせるんだよ、ベス。まあ、僕が頼んだ職人はそれこそ信念のある人だから、常識的な値段で引き受けてくれた。フリム・メイ氏だよ。覚えておくといい」


 それからハーパーは真面目な顔になり、こう言った。


「この先困難にぶつかることもあるだろうけど、僕もお祖父様もベスを支えるつもりだから。頼れるときはいつでも頼ってくれ。本当に、兄として君のことを誇りに思っているよ。心優しい魔導師、ベス・ガレット」


 彼の言葉で目頭が熱くなる。僕は涙を零さないように、唇をきっと結んで頷いた。


「はは、強がらなくてもいいのに。それじゃあ、僕は行くよ。こちらもなかなか忙しくてね。お祖父様にもちゃんと式の様子は伝えておく」


 ハーパーは微笑み、僕をハグしてから去っていった。

これで式を見に来てくれた全員と話すことが出来た。少しほっとしながら家族の元へ戻ろうとすると、背後から呼び止められる。僕は振り向き、驚きと嬉しさで目を見開いた。


「……デイジー!」

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