93、判定
相変わらず剣術の訓練での青痣は絶えないが、冬の日々は静かに過ぎ、気付けば1月に入っていた。夕方、へとへとになって寮に戻ると、ネリーとノアから僕に手紙が届いていた。
卒業式の詳しい日程を教えて欲しいというものだった。彼らは卒業式を見に行くという僕との約束をしっかり覚えていたらしい。ただそれ以外に、少し気になることが書かれていた。
養子を希望する夫婦が月に何組かトワリス病院を訪れるのだが、ネリーとノアを一緒に迎え入れてくれる夫婦はなかなかいないらしい。やはり、メニ草を使われた後遺症で上手く歩けないノアは受け入れが難しいと言われてしまうそうだ。
ネリーだけを希望する夫婦もいるが、二人は決して離れたくないし、それなら二人一緒に孤児院に入れられた方がいいとまで書いてあった。トワリス病院にいつまでもいることは出来ないと、彼らは幼いながら理解しているのだ。胸が痛かった。
「険しい顔して、どうした?」
部屋に戻ってきたキースが、僕を見るなりそう言った。
「ネリーとノアからの手紙なんだ、これ。悲しいことが書いてあって……」
僕はキースに手紙を渡した。彼はトワリス病院でも実習しているから、二人のことは知っている。素早く文字を目で追って、彼は悲しげに息を吐いた。
「難しい問題だよ。実際のところ、二人一緒に引き取れる余裕のある夫婦なんて少ないだろうし、ノアは車椅子だしな。回復してきているとは言っても、自立して生活出来るようになるにはまだまだ掛かる。あの子らを引き離すなんて残酷なことは出来ないし……何が正解かは俺にも分からない」
「僕がちゃんとした大人だったら、二人を引き取れるのに……」
思わず呟くと、キースは言った。
「甘いぞ、ベス。俺たちはどっちも訳ありな養子なんだから、育ての両親の苦労を知らないわけじゃないだろ」
確かにそうだった。僕が心理的な面で両親に大きな負担を掛けていたのは事実だ。それと同じものを負う覚悟が僕にあるのかといったら、現時点では恐らくない。キースが言いたいのはそういうことだろう。
「そうだね……。でも二人のために何か出来ないかな」
「魔導師になる。で、リスカスを変えていくしかないよ。それが俺たちに出来る最善だと思う」
キースは言い切った。以前からの信念はぶれないらしい。
「とりあえずベスが第一隊に入れれば、二人は喜ぶだろうな。卒業式での配属発表が楽しみだ」
彼は僕の肩をぽんと叩き、いつものように机に向かって勉強し始める。まさに有言実行だ。
彼が言うように、配属発表は卒業式の目玉だった。卒業生が自警団のどの隊に配属になるのか、そこで初めて明かされる。去年の式で、先輩たちが緊張の面持ちで発表を待っていた場面を思い出した。
「キースはスタミシア支部希望だったよね?」
彼はトワリス病院でベロニカ院長の活動を手伝いたいと話していたことがある。だから、そこと最も関係が深いスタミシア支部希望なのだ。
「ああ。経験のない新卒はトワリス病院には入れないから。キペル本部を希望しているのはリローだ。医務官として高みを目指したいとかなんとか……。まだしばらくあいつの小言を聞くことになるぞ、ベス」
からかうようにキースが言った。
「あれ、ジジは?」
てっきり恋人であるリローと同じ場所を希望すると思っていたが、違うようだ。
「ガベリア支部だってさ」
「ジジってガベリア出身……なわけないよね。僕らが生まれた頃、まだあそこは甦ってなかったし」
「だな。ガベリアはまだまだ医務官不足だから、そこで頑張りたいんだって。経験を積んで、いつか診療所を開きたいらしい」
「すごい。素敵な目標だね」
しっかり者の彼女ならいずれ実現出来るに違いない。僕も負けていられない気になったのだが、キースはこう言った。
「ベスには負けたくないって言ってた」
「え、ジジが?」
「うん。君にはそんなつもりがなくても、こうやって結果的に周りを引っ張っていくんだよ。そういう星の元に生まれた人ってやっぱりいるからさ。同期にベスがいてくれて良かったって、俺も思っているところだ」
キースは教科書に目を落としたまま、横顔で微笑んでいた。僕は照れのせいか顔が熱くなっていたから、こちらを見ないでいてくれるのは有り難かった。
「……前より殺し文句が上手くなってない?」
照れ隠しにそう言うと、キースは僕に視線を向けて得意気な笑みを見せたのだった。
「まあね。ベスのことなら俺が一番分かっているつもりだから」
全くこの美少年には、少々面倒くさい性格以外に難はないのだろうか。思わず「この野郎」と呟いてしまう程度には、僕も彼の魅力に射抜かれていたのだった。
刻一刻と卒業の日は迫っていた。卒業式は1月30日。今日はその1週間前で、卒業の可否についての最終判定が貼り出される日だった。
朝、玄関の大きな掲示板の前には僕ら二年生だけでなく一年生まで集まっている。やはり全員が卒業出来るのかは後輩も気になるところで、この騒ぎは毎年恒例だ。入学時は50名ほどいた一年生も、今や大幅に減って半分以下になっているようだった。
規則正しい足音を響かせながらチェス教官が廊下を歩いてくる。自然と全員が姿勢を正し、口をつぐむ。彼女は僕らを見回し、丸めた紙を手に掲示板の前に立った。そして緊張の一瞬の後、表が貼り出された。
表を見れば一目で分かるように、医療科も含めた全員の名前の横に「可」の赤い判が押されていた。僕らは歓声を上げ、一年生は惜しみない拍手を贈ってくれる。
「これで二年生全員の卒業が決定しました。おめでとう。しかし、式が終わるまでは気を抜かないように。以上です」
チェス教官はさらりと言って去っていく。しかし途中で振り返り、こう言った。
「一年生の諸君。来年の監察科の担任は私ですから、よろしくお願いしますね」
そしてまた去っていく。僕の側にいた男子生徒が、ひっと悲鳴に似た声を出していた。まるで去年の僕だ。
「大丈夫だよ。チェス教官、優しいから」
そう教えてあげると、その子は声を潜めて言った。
「本当ですか? この前親戚から、チェス教官は元近衛団長だって聞いて……」
「それは事実。剣術の訓練は相当厳しいから、覚悟しておいたほうがいいよ」
真実を伝えると、その子は涙目になってしまった。だが、1年後にはチェス教官にしごかれて立派になっているだろう。僕らがその証明だ。
「僕だって最初は訓練でボロボロにされたし、何回も怒られた。覚悟が足りない、今すぐ学院をやめたほうがいいなんて言われたこともあったし。でも大丈夫。君たちはまだまだ成長出来るよ」
「おー、ベスが先輩風吹かしてる」
リローが笑いながら口を挟んできた。
「後輩君、彼の言うことは参考にならんぞ。ベスは常軌を逸した根性の持ち主だからな。まあ、一人じゃなくて仲間もいるんだから頑張れるだろ? 1年踏ん張って、君も後輩に同じ台詞を言ってやればいい。な!」
ばしばしと後輩の肩を叩き、リローはどこかへ行ってしまった。雑な慰め方だったが、後輩は元気が出たらしい。僕に笑顔でお礼を言い、仲間の輪に戻っていったのだった。
部屋に戻り、僕は家族とハーパーに手紙を書いた。無事に卒業が決まったという報告だ。カイやラシャにも報せた方がいいのかと思ったが、彼らは恐らく自警団経由で知っているだろう。
キースも僕の隣で手紙をしたためていた。
「ご両親に?」
そう尋ねると、彼は頷いた。
「うん。それと、ステイシーに」
「あ、いいね。僕のこともついでに伝えておいて」
「分かった」
キースがさらさらとペンを動かすのを見ながら、僕はある人の顔を思い浮かべていた。デイジーだ。近況を伺うついでに卒業の報告を……なんてことを思ったが、調子に乗り過ぎだろうか。デイジーは僕にとって姪みたいな存在なのだが、下心があるとカイに勘違いされては大変だ。申し訳ないと思いつつ、結局デイジーには書かなかった。
「あと数日でこの冴えない制服ともおさらばだな」
キースが呟いた。学院の制服は確かに色も形も冴えないのだが、そう聞くと寂しさも感じる。不正利用を防ぐため卒業時に返却しなければならないから、取っておくということは出来ないのだ。
「思い出は詰まってるけどね。本当に……色々あったけど」
この制服で過ごした二年間を思い出すと胸が熱くなる。ただ正直、キースの失踪事件からの諸々で他が霞んでいるのは否めない。あの数ヶ月間があまりにも濃すぎた。
「終わり良ければ全て良し、だろ」
キースが涼しい顔で宣う。どの口が言うのだと僕は呆れながら、その通りかもしれないと思った。一緒に卒業するという約束を果たせたのだから、それでいいということにしよう。
僕らは顔を見合わせて、笑った。




