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90、葛藤

 結婚パーティーの3日後、新聞の片隅に小さな記事が載った。キペル東10区地下坑道で爆発事故――原因は廃坑となった坑道内に発生したガスと書かれていて、一見するとただの事故のように思える。しかし、朝食の席にこの新聞を持ち込んだリローが言ったのだ。


「これは俺の深読みじゃないと思うぜ。絶対……蜥蜴とかげが何かしたんだよ」


 彼は周囲を見て声を潜めた。僕の隣で食事をしていたキースも、手は止めずに視線だけを彼に向けた。


「月曜日にルカ医長の授業を受けたんだけどな、やたらと疲れた顔だったんだ。板書も誤字脱字が多くて。ジジが聞いたら『昨日、治療の応援で徹夜した』って」


「うん……?」


 つまり、爆発事故で負傷した人の治療にルカ医長が関わったとリローは言いたいのだろう。しかしそれだけでは話が掴めない。彼は続けた。


「まあ最後まで聞いてくれ。火曜日はスタミシアの第一病院で実習だったんだが、あそこにもトワリス病院みたいな児童院があるの、知ってるか? 規模は小さいけど」


「『無垢な労働者』だった子供たちを保護しているってこと?」


「そう。その子供たちの数が、一気に増えてたんだよ」


「自警団に地下のメニ草畑が潰されて、そこにいた子供たちが保護されたと考えるのが普通だ。タイミングから考えて、事故の起きた地下坑道は畑に繋がっていたんじゃないか、ということさ」


 キースが食事の手を止めて口を挟む。メニ草は日光が無くても育つから、畑が地下にあるのも珍しいことではないとカイから聞いている。僕が頷くと、リローが言葉を継いだ。


「実習したのは一般病棟だし、子供たちついて詳しくは教えてもらえなかった。はぐらかされたって感じ。いつもはそんなことないのに……。怪しいだろ?」


「でも、それのどこに蜥蜴が関係するの?」


「だって、爆発事故だぜ。メニ草畑から子供たちを救出するってときに、偶然そんなことが起きるか? 蜥蜴の狙いが魔導師なら、メニ草畑の情報をわざと自警団に流して地下に誘い込み、逃げ場のない状態で爆発を起こして一網打尽……なんてことも考えられるだろ」


 彼の予想が本当だとしたら、蜥蜴の魔導師に対する悪意は相当なものだ。列車爆破事件の実行犯たちとは違う巧妙さを感じる。思い出したくはないがキルデも「あんな幼稚な組織」と言っていたのに、それがここ数ヶ月で変化したのか、実は元から巧妙なのかは分からなかった。

 それよりも心配になったのは、現場にいた自警団の隊員たちのことだ。恐らくカイもラシャもその場にいたのではないか。ルカが応援に駆り出されるくらいだから、隊員の負傷者は相当な数だったはずだ。


「事故の負傷者って、やっぱり隊員なのかな」


 僕が食い気味に尋ねると、キースが言った。


「分からない。もし何かあったとしても、蜥蜴絡みなら俺たちには知らされないだろう。ただ少なくともカイ副隊長は無事だ」


「どうして分かるの?」


「実習のときに会った。たぶん、保護した子供たちの様子を見に来たんだと思う。挨拶しか出来なかったけど、副隊長、顔色は悪かった……」


 キースが心配そうに言った。メニ草畑で保護した多くの子供たち、それに加えて蜥蜴への対応……、心労で倒れてもおかしくないくらいだ。カイはきっと、どちらにも全力で取り組んでいるに違いない。現状が変わらないと嘆いていた彼の顔を思い出して、僕まで胸が苦しくなった。


「余計なこと言うなよ、またベスの胃がやられたらどうする」


 リローがキースをたしなめた。


「……大丈夫だよ。とりあえず、これは僕らの予想でしかないわけだから。この話はここまでにしよう。早く行かないと授業始まっちゃう」


 僕は自分にもそう言い聞かせ、気持ちを切り替えた。実際、まだ第三試験は終わっていないから、他のことで気を煩わせている暇はないのだ。

 僕らは無言で朝食を搔き込み、どんよりとした空気で食堂を後にした。



 放課後、僕は教務室を訪れていた。やはり事故のことや隊員の安否が気にかかった。チェス教官なら何か知っているかもしれない。運良く他の教官たちは席を外していて、教務室には彼女一人だった。


「……試験以外のことに気を取られているようでは、結果は期待出来ませんね」


 教官は新聞を僕に突き返して冷たく言い放ったが、蜥蜴が絡んでいるという僕らの予想自体は否定しなかった。


「君たちにとっては埒外(らちがい)のことです。今回は勝手な行動は許しませんよ。学業に専念して下さい」


 彼女は冷静に僕を諭す。蜥蜴に関わるなと言いたいのだろう。


「僕は隊員の……ラシャさんとか、今まで僕を助けてくれた人たちの安否が知りたいだけなんです!」


 少し声が大きくなった。ちょうどそのとき教務室に入ってきたグルー教官が、何事かとこちらへ向かってくる。


「今度はどうしたんだ、ベス。また問題ですか?」


 彼は僕とチェス教官を交互に見る。


「……蜥蜴のことですよ。学生の目も中々あなどれません」


 チェス教官はため息を吐きながら、僕の手から新聞を取ってグルー教官に渡した。彼は指差された記事に素早く目を通し、眉間に皺を寄せた。


「これだけで分かったのか?」


 もはや蜥蜴の犯行という事実を隠すつもりはないようだ。僕はリローとキースから聞いた話と、結婚パーティーに来ていたラシャとオーブリーが自警団から緊急で呼び出されたことを話した。


「運がいいというか悪いというか……、お前も難儀な奴だな」


 グルー教官が憐れむような視線を僕に向けた。


「俺たちはお前を平穏無事に卒業させたいんだが。これ、見なかったことには出来ないのか?」


「事件そのものに首を突っ込むつもりはないんです。僕はラシャさんの安否が知りたくて。グルー教官、ご存知ないですか」


 僕が懇願すると、二人は顔を見合わせ、やがてチェス教官が答えた。


「無事ですよ。現場にいた隊員の多くが相当な怪我を負ったようですが、医務官たちのおかげで回復しています」


「そう、ですか……。良かった」


 一気に肩の力が抜けた。相当な怪我と聞いて血の気が引いたが、ルカ医長なら治せたに違いない。


「分かったなら行け。無駄な時間はないはずだぞ」


 僕はグルー教官に追い出されるようにして教務室を出る。ドアが閉まる前の一瞬、僕は初めて、チェス教官が頭を抱えているのを見た。

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