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9、理解

 クライドとミミックを狙っているのは、メニ草の売人。カイはそう言い切った。

 メニ草については僕も知っている。リスカスで違法に栽培されている危険な植物だ。使用すると多幸感を得られる代わりに、効果が切れたときの暴力性が尋常ではないという。


「壁のメッセージは『良い子の口は塞げない。黄色は幸せと地獄の色』。ベス、メニ草の花は何色か知っているか?」


 カイは僕に尋ねる。僕はメッセージを口の中で小さく繰り返し、はっとした。


「……黄色です! そうか。幸せと地獄って、メニ草の効果のことを言っているんですね。えーと、つまり」


 僕は必死で頭を回転させた。


「壁のメッセージはクライドから売人へ向けたものですよね。メニ草に関するお前たちの悪事を知っている、という。良い子って、ミミックのことですか?」


「そうだ。要するに、売人の悪事を目撃したのはミミックで、売人もそのことに気付いている。状況的に、売人はその場でミミックを脅してから解放したのかもしれない。そしてクライドは、そんなミミックを助けようとしているようだな」


 そう聞くと、少しほっとした。クライドがしようとしているのは悪いことではなかったのだ。カイは僕の表情を確認してから、続ける。


「メッセージの内容を抽象的に書くことで、実際に得た以上の情報をクライドが持っているように思わせることが出来る。売人は焦るし、自警団もメニ草のことだと気付く。考えたものだよ。

 売人は恐らくクライドの正体には気付いていないから、余計に焦るわけだ。そこで何かしらの動きを見せることを期待したんだろう。クライドはそこを()()()()自警団に確保させたい……と俺は読んでいるわけだが」


 カイは腕を組み、壁の時計に目を遣った。僕はクライドの考えも分からないが、カイの考えも分からない。そもそも話に付いていくのがやっとなのだ。根こそぎとはどういうことだろう。売人を? 組織を?

 学年一の秀才と、この若さで副隊長になる人。彼らと同じ頭脳が僕にあるはずもないから、大人しく次の言葉を待った。


「推測の裏付けは、ラシャの報告待ちだ」


 カイが言ったその時、部屋のドアが蹴破られる勢いで開いた。入ってきたのはラシャだ。額にかすり傷があって、まだ乾ききらない血が付いている。


「副隊長! スラム街の子供たちの件で……あ、ベス、来てたんだね。それで、スラム街で話を聞いてきたんですけど、ここ数日で見掛けなくなった子供が7人ほどいるそうです。下は5歳、上は8歳くらいまで」


 スラム街。キペルの一角にあって、治安が悪いから、一般の人は近付かないような場所だ。ラシャはそこに行っていたのだろうか。額の傷は街の人間に?


「ちゃんと変装して行ったのか?」


 カイはラシャにハンカチを投げて寄越した。


「もちろん。でも僕、演技が下手なのでばれたんでしょうね。『魔導師はとっとと出ていけ』って、石投げられちゃいました」


 ラシャは何でもないように言って、受け取ったハンカチを額に当てる。スラム街に住むのは魔力のない人間がほとんどで、魔力を持つ人間、とりわけ魔導師に対する敵意は強いと聞く。生身で乗り込んで話を聞くなんて、ラシャは怖いもの知らずなのだろうか。


「後でちゃんと医務室に行け。化膿するぞ。……その7人の子供、具体的にいつからいなくなった?」


 カイが尋ねる。


「火曜日だから、5日前ですね。どっかで野垂れ死んだんじゃないかってスラム街の人間は言いますけど、今は冬じゃないし、いきなり7人っていうのもおかしいです。メニ草の売人による誘拐の線が濃い……とくれば、ミミック・ロメリ失踪との関連もあるかと思って、彼の両親に確認してきました。火曜日の夜、ミミックは街で運び屋の仕事をしていたそうです。もしかすると彼は、その7人の誘拐現場を見てしまったのではないでしょうか?」


 ラシャがすらすらと話した。カイは頷き、僕に顔を向けた。


「ベス、5日前のクライドの行動を覚えているか? 夜に外出していなかったか、変わった様子はなかったか」


「5日前……」


 僕は記憶を辿った。火曜日といえば、医療科は一日中試験だったはずだ。疲れたから気分転換に街をぶらついてくると言って、クライドは外出していた。そして、彼にしては珍しく門限ぎりぎりに帰ってきた。


「外出、してました。それと、少し不機嫌……だったと思います。ほんの少しですけど」


 クライドは基本的にポーカーフェイスだが、同室で過ごしていればある程度彼の感情の起伏は分かるようになる。試験で全力を出せなかったのかな、と呑気にそんなことを考えていたが、本当は違ったのだ。


「もしかして、クライドはその日にミミックと知り合ったんでしょうか?」


「有り得なくはない話だ。というより、ここまで得た情報から考えて確定だろうな。クライドがなぜここまで手の込んだ方法でミミックを助けようとするのかは不思議だが。行動の熱量が凄い。彼自身、メニ草絡みで何かあるのかもしれない」


 カイの眉間の皺がどんどん深くなっていく。メニ草絡みで何かある……のはひょっとしてカイの方なんじゃないかと僕は思った。


「そう思って、クライドのことなら調べましたよ」


 ラシャが口を挟んだ。


「キペルの北5区で診療所を営む医務官のビル・リューターと、その妻サリーの一人息子。出生地はスタミシアですが、7歳の頃にキペルに引っ越してます。標準的な家庭で、これといってメニ草が絡んでいる気配はありませんでしたが……。ベス、何か知らない?」


「すみません、何も……」


 ラシャが話したことは、僕がクライド自身の口から聞いたこととほぼ同じだった。胃がきりきりと痛む。僕は結局、彼のことを何も知らないのだ。所詮ただの同室者。今だって何の役にも立てていない。悲しさと虚しさに襲われ、思わずみぞおちを押さえて身を縮めた。


「ベス、大丈夫? 僕と一緒に医務室へ行こう。副隊長、いいですよね」


 ラシャが僕の側へきて腕を支え、椅子から立ち上がらせた。カイは押し黙ったまま頷いた。表情がなく、目の奥が真っ暗闇のように見える。この人、こんなに怖い顔をするのか。ぞっとしながら、僕はラシャと廊下に出た。


「……ごめんね。副隊長、メニ草が絡んだ事件となるとたまに怖い顔をするんだ」


 廊下を歩きながらラシャが言った。


「カイ副隊長、過去に何かあったんですか?」


「僕の口からはちょっと。もちろん知ってるんだけど、勝手に人に話すのはさすがに怒られちゃうからね。だけど、副隊長、メニ草のせいで苦しむ子供たちを助けたいって気持ちは本物だよ。もしクライドがその子供たちに含まれるなら、きっと助けてくれる」


 クライドがメニ草の犠牲者。その可能性が出てきたことに衝撃を受けたが、それを考える余裕もないくらいに胃が痛くなってきた。ラシャが急ぎ足に医務室へ入り、医務官を呼んだ。


「医長、ルカ医長! 急患です」


「どうした」


 奥の方から赤毛の男性が駆けてきた。紺の制服の上に白衣を羽織った、自警団の医務官だ。彼は僕を見ると、すぐベッドに寝かせて診察を始める。胃の辺りを軽く押されて、思わずうっと呻き声が出た。


「……酷い胃炎だな、学生君。胃潰瘍になる寸前だ。少し力を抜いてじっとしてて」


 彼は僕のみぞおちに手を当てる。しばらくして手を離すと、もう胃の痛みは治まっていた。医長ともなればこんな治療は朝飯前なのだろうか。彼は微笑み、こう言った。


「このまま少し休んでいくといい。日曜日なんだし、急いで学院に帰る理由もないだろ? さて、ラシャ。その額、見せてみろ。……傷口に砂が入ってる。メリンダ、よく洗浄してから治療してやってくれ」


 すぐに別の医務官が来て、ラシャを連れていった。ルカは僕に向き直り、側の椅子を引き寄せて腰掛けた。


「クライドのことは聞いているよ。俺も何度か学院に講義しに行ったことがあるが、彼は飛び抜けて優秀だった。まあ、それはそれは無愛想だったけどな。君の友人なんだろ?」


「はい。でも僕、彼のことが良く分からないんです。友人だと思っていたけれど……」


 自分で言ってみて気分が落ち込んだ。


「15歳なんてそんなものさ。俺だって、学生時代の友人と誤解なく分かり合えたのは30歳も過ぎた頃だからな。知り合って1年やそこらで、全てを理解することなんて出来ない。それでも君は胃を傷めるくらいに彼を心配している。その優しさを恥じることはないよ。人として大切なものだ」


 ルカはそう言って、僕に笑いかけてくれた。沈んだ心が少しだけ回復したような気がした。そこへ治療を終えたラシャが戻ってきて、上から僕の顔を覗く。


「顔色が良くなったみたいだ。ねえ、ベス。一緒にスタミシアへ行かない?」


「スタミシアですか?」


「そう。このまま学院に戻ってモヤモヤしているよりはいいかと思うんだ。君がクライドやカイ副隊長を理解したいと思っているのなら、行ってみるべきかなって。スタミシアの、トワリス病院ってところ」

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