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88、将来

 10月に入り寒さが増してくる中、僕らは第二試験を終えた。結果は上々、どころか驚くべきもので、僕はついに監察科の中で首位に立っていた。第一隊への入隊がいよいよ現実味を帯び、それからというもの、僕は緊張で勝手に背筋が伸びる日々を過ごした。


「少し肩の力を抜いたらどうですか、ベス」


 放課後、教務室にいるチェス教官に課題を届けると、彼女は僕の目を見ながら真顔でそう言った。


「え?」


「品行方正は望ましいことですが、それが第一隊の入隊条件ではありません」


「そうだそうだ」


 通りがかったグルー教官がからかうように口を挟んだ。


「俺が品行方正に見えるか? こんなんでも元第一隊だぞ」


 正直、見えるとは言えなかった。グルー教官を一言で表すなら粗暴な人だ。彼の誠実で情に厚い面を知らなければ、大抵の人は近寄り難いと思うだろう。

 僕が思わず笑いを漏らすと、彼はふんと鼻を鳴らして去り、その背中を見送りながらチェス教官がくすりと笑った。


「……そういうわけですから、もっと気楽に。学生でいられるのもあと数ヶ月、魔導師になれば嫌でも緊張を強いられる毎日です。胃の弱い君に耐えられるかどうか」


 冗談で言っているようには聞こえなかった。確かに、自警団に入ってから最初の2ヶ月は相当に過酷だと聞く。厳しい訓練に次ぐ訓練、そこを乗り越えてようやく自警団の魔導師を名乗れるのだと一期上の先輩が話していた。監察科の生徒は全員、覚悟しているはずだ。

 僕は自信を持ってこう言った。


「大丈夫です。胃はどうしようもないですけど……、この数ヶ月間で心は強くなりました。ちょっとのことでは折れません」


「間違いないですね。私もこの目で見てきましたから。では、行っていいですよ」


 チェス教官は微笑み、手元に視線を落とした。最初こそ恐怖心を抱いていた教官だったが、今となってはその横顔が優しいとすら感じる。思えば、彼女の生徒でいられる期間もあと4ヶ月を切っていた。


「……ありがとうございます」


 寂しさに少々胸を締め付けられながら、僕は一礼して教務室を後にした。



 11月になると、キペルでは雪の降る日が多くなってきた。朝方、窓からの景色がうっすら白く染まっているのを見ると、清々しい気分の中にどことなく切ないものが混じる。季節の進み具合を実感するからだろうか。


「スタミシアは、流石にまだ雪は降ってないだろ?」


 僕の横に来て窓の外を眺めながら、キースが言った。


「たぶんね。僕の住んでいる区は1月にほんの少し降るくらい。こっちの寒さにもずいぶん慣れた気でいるけど……」


 言いながらくしゃみをした。寮室には暖房があるとはいえ、窓際は冷えるのだ。


「大事な日に風邪引くなよ、ベス。恨まれるぞ」


 キースが笑う。今日は土曜日、午前の授業を終えたら僕は実家に帰る予定だった。日曜日に姉のシェリーの結婚パーティーがあるのだ。おめでたい日に水を差すことは出来ないから、僕は慌てて窓際から離れた。



 昼食もそこそこに、僕は寮を出て実家に向かった。今回もまた贅沢に運び屋を使う。ハーパーが代金の支払いを肩代わりしてくれるのだ。

 彼も義兄弟としてパーティーに招待されていたのだが、自分が変に注目を集めて場を台無しには出来ないと欠席の返事を出していた。その代わり、運び屋の代金とパーティーで供される高級ワインを用意してくれるとのことだった。

 兄のハーパーにあれもこれも世話になりすぎている気がして、僕は申し訳ない気分になる。パーティーで着る三つ揃いのスーツも、以前に彼とキッシャーが(あつら)えてくれたものだ。

 僕の卒業式には来てくれると言っていたから、そこで立派な姿を見せられれば少しは恩返しになるだろうか。ふと、僕は思い出した。他にも卒業式を見に来てくれる人たちがいるな、と。

 トワリス病院の児童院にいる、双子のノアとネリーだ。ノアは最近、2、3歩なら自力で歩けるようになってきたという。言葉もすらすらと出てきて、今まで喋れなかった分、お喋りになっているそうだ。ネリーが僕に書いてくれた手紙にそう記してあった。

 手紙には他にも、彼らが退院したらやりたいことがいくつも書いてあった。その中の一つが、新しい両親とみんなでサーカスを観に行くというものだった。

 僕は彼らの両親について、エドマーにこっそりと尋ねたことがある。両親は彼らが幼い頃に離婚していて、父親は所在不明、メニ草中毒だった母親は二人が誘拐されてそれほど経たないうちに、メニ草の過剰摂取で亡くなったという。

 本当に良くある構図なんだよ、とエドマーは意気消沈しながら教えてくれた。確かに、キースも似たような境遇だった。メニ草の売人がそれを意図しているのか、結果的にそうなってしまうのか、どちらにせよ救いのない話だ。


 ――ここに入院していて、両親の元へ戻れる子供なんてほんの一握り。ベロニカ院長がよく言っているけど、メニ草が奪うものは他でもなく子供の未来なんだ。『無垢な労働者』だった彼らが幸せになるためには、現状を知る私たちが手を差し伸べる以外にない。


 エドマーは決意のこもった目でそう話していた。それを聞いて僕もまた、決意を新たにしたのだった。魔導師になれば間違いなく彼らを救えるし、このリスカスの社会を少しでも変えられるかもしれない。


「お客さん、準備出来たんで行きますよ」


 小柄な運び屋の青年が、待合室で考え事に没頭していた僕に声を掛けた。


「あ、はい」


「今日は見習いのやつ連れてるんですけど、気にしないで下さい。ほら、出発だぞ!」


 青年がドアの奥に向かって言うと、一人の少年が慌てて駆けてきた。8歳くらいで、その子犬のような雰囲気をまとった可愛らしい顔には見覚えがある。


「……ミミック!」


 以前、キースが助けた運び屋の少年だ。彼があの失踪事件のきっかけでもあるから、忘れるはずがなかった。もちろん悪い意味ではなく、その後を心配していたのだ。


「あの、お久しぶりです」


 ミミックはにこりと笑った。元気そうで何よりだが、彼は家業として運び屋をやっていたのではないだろうか。ここの店は民間会社のようなもので、運び屋は全員雇われ人のはずだ。


「なんだ、知り合いですか。この小僧っ子、最近入ったんです。元々家が運び屋の店やってたらしくて、おチビだけど腕は確かで」


 青年はぽんとミミックの肩を叩く。言葉は雑だが、彼を可愛がっているようだ。


「お父さんが、お前はちゃんとした所で働けって。僕が危険な目に遭わないように。家が貧しいんで、働かないってわけにはいかなくて……。ここ、自警団のカイ副隊長が紹介してくれたんです」


 ミミックは照れながらそう話した。カイは忙しい中でこんなところにまで気を回しているらしい。素直に尊敬した。


「そうなんだ。でも、学校は?」


「もちろん行かせてますよ。働くのは学校が休みの日だけ。それも、明るい時間だけです」


 青年が保護者のように言った。自警団に目ぇ付けられちゃたまらないんで、と愚痴を加えつつ。カイが念を押したのだろうか。僕は思わず笑ってしまった。


「行きますよ。後が詰まるといけないんでね」


 青年は不満そうに言って、先に外へ出た。その隙に僕はこっそりミミックに尋ねた。


「ここでの仕事、楽しい?」


 彼は満面の笑みで答えた。


「うん! みんな僕に色々教えてくれるし、優しいんです。……ねえ、クライドは元気? 会っちゃいけないってカイ副隊長に言われているから」


 久しぶりに聞いた名前にどきりとした。ミミックはクライドの本名がキースであることを知らないのだ。彼にとっての恐怖の記憶を蒸し返さないよう事件以降の接触は絶っている、とキースも言っていたから、仕方がないのかもしれない。


「元気だよ。君が元気だって知ったら、彼も喜ぶと思う。何か伝えておく?」


「それじゃ、いつかきっと恩返しするからって。僕、自警団専属の運び屋を目指してるんです」


 そう話す彼の目は輝いていた。自警団専属、つまりオリエッタのような運び屋ということだろう。事件現場を行き来する、危険で大変な仕事だ。


「そうなんだ。伝えておくし、僕も応援する。いつか一緒に仕事出来たらいいね」


「えへへ。そうなったら嬉しいな。頑張ります」


 ミミックは頬を染めながらにこりと笑った。子供の純粋な笑顔に弱い僕はそれからしばらく幸せな気分で、家に着いてすぐ弟のヒューゴに「なんでニヤニヤしてんの?」と指摘される羽目になったのだった。

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