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83、向き不向き

 聞こえたのはデイジーの声だった。次いでドアが開き、ナイジェルが部屋に飛び込んで来る。


「お父様、これ見て! 新しい服!」


 彼はカイの側へ走ってきて、その場でくるりと回転してみせた。さっき会ったときとは違う紺色のジャケットを着ている。相変わらず仕立てのよい服だ。いつもオーダーメイドで作ってもらっているのだろう。


「ナイジェルってば、もう……。ごめんなさい、カイ」


 デイジーも部屋に入ってきて、申し訳なさそうに視線を落とした。以前と同じ王立学校のワイン色の制服姿だ。ナイジェルはお構い無しにはしゃいでいる。


「気にするな。俺でも手を焼いてるんだから」


 カイは苦笑して立ち上がると、はしゃぐナイジェルを捕まえて軽々と小脇に抱えた。


「まったく……、ノーマが来てるんだな?」


 カイが尋ねると、ナイジェルは手足をぶらぶらさせながら上機嫌で答えた。


「ノーマと、ステイシーが来てる!」


「ステイシー?」


 僕は思わず口を挟んでしまった。ノーマはカイの従姉妹で、キペルで縫製店を営んでいる。ステイシーはキースと同じメニ草畑にいた少女で、今はその縫製店に住み込んでお針子として働いている。いつかまた会えたらと彼女からの手紙にあったが、まさかここで遭遇するとは。


「ベス、ステイシーのこと知ってるの?」


 ナイジェルが不思議そうに僕を見る。


「えっと、うん」


「なんでなんで? お友達?」


 ナイジェルは矢継ぎ早に質問をぶつけてくる。そういえば僕の弟たちも、際限なくなんでなんでと言っていた時期があった。兄姉たちは軽くあしらっていたが、僕は真面目に答えていたから余計にだろう。


「少し静かにしなさい。……ベス、すぐに戻るから待っていてくれ」


 困り顔で言ってから、カイはナイジェルを抱えて部屋を出て行った。普段は仕事で息子の相手が出来ないこともあり、こういう場面で厳しく言えないのかもしれない。我が子に振り回される姿も新鮮だな、と微笑ましく思った。

 部屋には僕とデイジーだけが残された。彼女は視線をゆっくりと僕に向け、ぎこちなく笑った。


「お久しぶりです。前はちゃんとさようならも言わずに、ごめんなさい」


 以前の別れ際のことを言っているのだろう。兄であるセオとの関係が少々(こじ)れている彼女は、彼が部屋に入ってきたことで逃げるように出て行ってしまったからだ。


「気にしてないよ。元気にしてた?」


「うん。ベスは……」


 デイジーはじっと僕の顔を見た。それから側へ来て、ソファに座ったままの僕にずいと顔を寄せる。僕は驚いて背もたれに()け反った。


「な、なに」


「泣いたの? 目が赤いし、目蓋が腫れぼったいよ」


 デイジーはそう言って身を引いた。母の埋葬から時間は経ったと思うが、まだそんな状態らしい。セオやレンダーなど、他の人は気付きつつも黙っていてくれたのだろう。


「ちょっとね。あ、もしかして治せる?」


 僕ははっとして尋ねてみた。デイジーは治療の魔術が使えるのだ。


「出来るけど……、泣いた理由を聞いたら、怒る?」


 彼女は少し顎を引き、上目遣いで言うのだった。どこか既視感があるのは、姉のシェリーが兄たちに頼み事をするときにこんな顔をしていたからだ。そして妹に甘い彼らは、何でもお願いを聞いてあげるのだった。今、僕にもその気持ちが分かる。こんな顔をされたら簡単には断れない。


「そんなに大したことではないよ。今日、お母さんを墓地に埋葬してきたところで」


「えっ。ベスのお母さん、亡くなったの……?」


 デイジーの反応からすると、僕の今の母親が亡くなったと思っているのだろう。それもそうか。境遇を少し話したとはいえ、15年も前に亡くなっていた実の母を今になって埋葬したなんて、彼女は知る由もないのだ。


「生みの親の方、ね。話すと長くなるし、君に聞かせるような話でもないから……、ごめん」


 キルデが犯した罪は、とてもではないが12歳の少女に話せるような内容ではない。口をつぐんで拒否の意を示すと、デイジーは理解してくれたようだった。


「そうだよね。こちらこそ辛いことを聞いてごめんなさい。……それじゃ、目を閉じて」


 そう言って僕の目蓋に触れた。心なしか腫れぼったさがすっきりした気がする。目を開けると、彼女はにこりと微笑んでくれた。


「ありがとう、デイジー。何でも出来て凄いね」


「これ、よく使う魔術なんだ」


 デイジーはそう言いながら、さっきまでカイがいた席に座った。僕と話をしたいということだろうか。膝をきっちりと揃えて両手をそこに重ねている姿は、なるほど育ちの良さが出ているなと思った。

 腫れた目蓋を治す魔術をよく使うということは、彼女はそれだけ泣いているということだ。セオとの関係についてなのか、あるいは学校で何かあるのか、僕は他人とはいえ心配になる。


「……学校は楽しい?」


 考えた末に親戚のおじさんみたいな質問をしてしまったが、デイジーは笑って答えてくれた。


「楽しいよ。ちゃんと友達もいるし、今はね、流行りの恋愛小説の話で盛り上がってるの。男の人にこんな台詞、言われてみたいとか。だけど同級生の男の子はみんな子供っぽいから、つまんないなーって」


「へぇ、そんな話をするんだ。面白いね」


 ませているというか何というか、僕が12歳だった頃は恋愛のレの字すら知らなかった気がする。女子からは子供っぽいと思われていたに違いない。

 デイジーはくすくすと笑って、続けた。


「でも私、小説よりももっとドキドキするような話を知ってるんだ。フローシュが教えてくれた話」


 フローシュはカイの妻で、このデマン家の長女だ。つわりで寝込んでいるというような話をカイから聞いたが、今はどうなのだろう。


「そういえばフローシュさん、お具合は?」


「もう大丈夫みたい。前よりも元気に動き回るからカイはとても心配しているんだけど、フローシュは『過保護すぎるのではなくって?』なんて、軽く流してた」


 デイジーが笑ったから、僕はほっとした。


「それなら良かった。……で、どんな話なの?」


「あのね……」


 彼女は一度ドアの方を見て声を潜め、その話を教えてくれた。以前にデマン家の主人からカイが10年前にフローシュを救ったという話を聞いていたが、それの詳しい情報だった。

 まるでそのまま小説にでも出来そうな、緊張感と見せ場のある話だった。多少の脚色は入っているだろうが、そんな台詞をカイが言ったのかなどと、恥ずかしながら夢中になって聞いてしまった。


「ね、面白いでしょ? でもカイが怒るから、学校のみんなには秘密なの」


 デイジーは僕の反応を見て満足気に言った。確かに、この話を他所でされたらカイは怒る気がする。


「僕も今聞いたことは秘密にしないと。……なかなか戻ってこないね、カイ副隊長」


 僕は部屋の時計に目を遣った。すぐにとは言っていたが、既に20分は経っているだろうか。デイジーは小首を傾げながら言った。


「たぶん戻ってきてたよ。気配がしたもん。でも私達が話しているから、気を遣って入ってこなかったんじゃないかな」


「え、そうだったの」


「うん。カイは優しいからね。私がベスと話したがってたの、知ってたんだと思う」


 その発言に僕は驚いた。


「僕と?」


「そう。だって私の気持ちを分かってくれるの、あなただけだもん。実は先週もセオと喧嘩しちゃったんだけど、カイはセオの味方だし」


 彼女はしょんぼりと床に視線を落とした。分かってくれるのはあなただけ、なんて言われたら、ほとんど無関係な僕でも親身にならざるを得ない。


「……喧嘩の理由は?」


「もちろん父親……デリック・ランブルのこと。セオがね、もし彼が刑期を終えて獄所台から出てきたら、会ってあげてくれないかなんて言うから。罪は償ったし、親として一度は我が子の顔を見たいはずだって」


 聖人のセオらしい考えだ。だが、デイジーがしかめっ面になるのも分かる。自分の母を捨て、メニ草の売買に関わるなどという罪を犯した父親になぜ会わなければならないのか。そんなところだろう。


「私は絶対に嫌だって言ったの。一生許さないし、父親だなんて思いたくもない。そんなに犯罪者の父親が大事なら勝手に仲良くすればいい、私には無理って言ったら……」


 デイジーの表情はまたしょんぼりと沈んだ。


「泣いちゃったんだ、セオ。静かに、涙だけ流して。それ以上は何も言わなかった。それがなんだか、叱られるより辛くって」


 その涙は、何をどうやっても兄妹で分かり合えない苦しさからだろうか。彼らがお互いを大切に思っているのは、部外者の僕でも分かるくらいなのに。


「そうだったんだ……」


 デイジーは深いため息を吐いた後、こう言った。


「私がおかしいのかな。こんなに人を憎む人間、魔導師には向いてないかな」


「向いてないとしたら、人を憎むからじゃないよ。君は優しすぎるから向いてない」


 言ってから、あ、と思った。この台詞を僕もそのうち誰かに言うだろうというカイの予言が、早くも当たってしまったようだ。

 デイジーがぱっと僕に向けた目に、不満そうな色が窺えた。


「私、そんなに優しくないもん」


「人の気持ちを想像して辛くなるのは優しい証拠だよ。そういえば、僕らみたいな子供が誰かと分かり合うのはまだ難しいって、自警団のルカ医長が言ってた」


 ふと思い出して言ってみた。デイジーはその話に興味を持ったのか、僕の方へ少し身を乗り出して尋ねる。


「どういうこと?」


「ルカ医長、自警団に同期の友人がいるんだけど、その人と分かり合えたのなんて30歳も過ぎた頃なんだって。あ、あとね、優しさは人として大切なものだから、恥じることはないって言ってくれた」


 デイジーは一瞬考えて、言った。


「それを言われたってことは、つまりベスも優し過ぎるってことでしょう。魔導師向いてないんじゃない?」


 鋭い指摘に僕が笑うと、彼女もくすりと笑った。僕と話したことで少しは慰めになったのだろうか。

 ノックの音が聞こえ、ドアからカイが顔を覗かせた。


「邪魔していいか? ……あのな、優し過ぎる人間を全部(はじ)いてたら、リスカスから魔導師いなくなるぞ」


 どうやら会話を聞かれていたらしい。彼も笑ってそう言ったのだった。

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