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8、メッセージ

 翌朝、日曜日。僕は食堂で朝食を摂りつつ、今日はどうやってクライドの手掛かりを探そうかと考えていた。休日だから一日中探し回ることが出来る。まずはチェス教官に、進展がないか聞いてみてもいいだろうか。

 朝食を終えて部屋に戻ろうとしていると、一年生の子に呼び止められた。


「ベス先輩。チェス教官が、制服着用の上で校舎の玄関口に来るようにと」


「えっ。うん、分かった、ありがとう」


 教官に呼び出しを受けたのは初めてではないが、妙に緊張した。間違いなくクライドのことだろう。彼が見付かったのか、あるいは更に悪いことなのか……。

 大慌てで着替えを済ませ、玄関口まで走った。そこに人影が二つ。チェス教官と、カイだった。僕は二人の前に立ち、ぴしりと姿勢を正した。


「お待たせして申し訳ありません」


「いや。この間は放置して悪かったな、ベス。もう朝食は済んだか?」


 僕が緊張しているのを感じ取ったのか、カイは気さくに話し掛けてくれた。


「はい」


「それなら良かった。クライドのことで少し進展があったんだ。一緒に本部に来てほしい」


「はい、もちろん」


 カイの表情を見るに、どうやら悪い状況ではないらしい。少しだけほっとした。


「暗くなる前には返して下さいね、カイ。私の大事な生徒です」


 チェス教官が言った。彼女がカイ副隊長、ではなくカイと呼ぶことに少し驚いた。


「すごく担任らしいことを言いますね」


 カイが微笑む。二人の間に漂うその穏やかな雰囲気で、彼らが親しい間柄であることが伝わってきた。チェス教官は以前、カイのことを「私が信頼する魔導師」と言っていたが、どんな関係なのか気になるところだ。


「正真正銘、担任なんですよ。舐めているんですか」


 教官は微かに眉をひそめた。


「まさか。では、お借りします。行こう」


 僕らがいつも縮み上がっている台詞を軽くかわし、カイは僕の背中を軽く押した。只者ではないと思った。

 本部までは路地を歩いて15分、屋根の上を走れば5分程度だ。


「上からでもいいか? 今日は日曜日だから街に人が多くて、道が狭い」


 カイは人差し指を上に向けてそう言った。


「はい」


「よし。本部の場所は分かるだろ? 競争だ」


 彼はにやりと笑い、軽く地面を蹴って近くの家の屋根に飛び乗った。なかなかお茶目な人なんだろうか。僕も負けじと、彼を追い掛けた。

 屋根の上を走ったり、高い場所に軽々と上ったり下りたり、およそ普通の人間には出来ないようなことが可能になるのも魔術のおかげだった。実は単純なことで、自分を極限まで軽量化するだけだ。あとはその人の体力と筋力、バランス感覚次第だった。

 そう考えると、カイの身のこなしは見事だった。無駄がないし、速い。なんだか猫みたいだ。必死に追い付こうとすると、僕は本部に着く頃には死にそうになっていた。


「やっぱり根性あるな、ベス。俺も結構本気で走ったんだけど」


 本部の玄関前に到着すると、カイは涼しい顔をして言うのだった。


「あり……がとう、ございます……」


 僕はぜいぜいと息を切らしながら答えた。額を汗が伝い、制服の中に着ているシャツも湿っている。この状態のままでいるのは、ちょっと嫌だった。


「体力は訓練を重ねれば自然と付いてくる。さ、行こう」


 カイは僕の肩を軽く叩いて本部に入っていく。気付けばシャツが乾いていた。彼が魔術を使ったのだろうが、本当に一瞬だった。


「風邪引くなよ、汗っかき」


 振り返ったカイが、にっと笑った。ラシャが彼のとりこになった理由が少し分かった気がした。

 僕は彼の案内で以前と同じ部屋に通された。今日はラシャはいないらしい。


「座って。二人きりだと緊張するか?」


「いえ……、はい、少し」


 そう答えながら椅子に座った。別にカイが恐いわけではないのだが、ラシャがいるのといないのとでは、部屋の空気の重さが違うような気がした。


「正直だな」


 カイは笑って、机を挟んだ僕の向かいに腰掛けた。


「チェス教官が心配するのも分かる。まあそれは置いておいて、本題だ」


 彼はポケットから折り畳んだ紙を取り出し、机の上に広げた。ビラのようだ。題字が大きく印刷されている。


『怪異、再び! 消えた少年と血にまみれた部屋』


「えっ」


 思わず声を上げ、内容に目を通した。昨夜、キペルの西7区にある家から8歳の少年が忽然こつぜんと姿を消した。彼の部屋には、僕とクライドの部屋と同じように動物の血と臓物がばらかれていたという。そして部屋の壁には、血文字で『良い子の口は塞げない。黄色は幸せと地獄の色』というメッセージが残されていた。


「これ……、クライドが関係しているんですか?」


 僕は混乱しながら言った。彼は自分が失踪するだけでなく、この子供まで巻き込んだのだろうか。それは駄目だ。間違いなく罪に問われる。


「今朝、街で配られていたビラだ。模倣犯というのも考えたが、これは以前と同じ『枯れ草』の編集部が発行したもので、今回の垂れ込みの文書はこれだった」


 カイは白い封筒を取り出して僕の前に置いた。そこにある編集部の住所は、見覚えのあるクライドの字で書かれていた。


「あ……」


「分かるだろう。クライドは無関係ではない」


 カイの言葉はあくまでも冷静だった。反対に、僕の心臓は破裂しそうなほどに激しく鼓動していた。僕はもう、クライドのことが分からない。彼はここまで世間を騒がせて一体何がしたいのだろう。


「大丈夫だ、ベス。事実を整理していけば、必ずクライドは見付かる。協力してくれ」


「はい……」


 深呼吸し、何とか気持ちを落ち着けた。カイは頷き、こう続けた。


「この行方不明になった少年、昨夜の内に両親から本部へ捜索願いが出されていた。名前はミミック・ロメリ。クライドから名前を聞いたり、一緒にいるところを見たりしたことはないか?」


 そう言って彼が差し出した掌の上に、ぼんやりともやが浮かび上がる。やがてそれは色彩を帯びて、人の顔を形作った。淡い茶色の髪をした、少し垂れ目で大人しそうな少年だ。しかし、僕の記憶の中にこんな少年はいなかった。


「いいえ。名前も聞いたことがないし、顔も見たこともありません」


「そうか。俺たちもミミックの両親に話を聴いたが、クライドとの接点は不明だ。ただ、この少年が今現在クライドと一緒にいる可能性は高いと思っている。ミミックの両親はキペルで運び屋をやっていて、彼自身も両親の仕事を手伝っていた。つまり、自分や人をどこかへ運ぶ魔術が使えるということだ」


 それを聞いて、僕ははっとした。


「じゃあまさか、クライドが寮の部屋から消えたのって、その少年の力ですか?」


 玄関からも窓からも出ていった形跡がない。クライドが運び屋を使って部屋から出たなら、それも納得出来るのだ。


「恐らくそうだろう。学院の寮の警備は案外ザルだと、過去に脱走したことがある俺の同期が教えてくれた。さすがに外から直接寮の中へ移動する魔術は弾かれるが、例えば、荷物に紛れさせてミミックを中へ入れることは出来る。彼は小柄だという話だし、大きめの鞄に入れて魔術で軽量化すれば簡単だろう。

 そしてクライドは、君を洗濯室に行かせたタイミングでどこかに隠していたミミックと一緒に外に出る。失踪のトリックはこんな感じだろう」


「そのミミックという少年、クライドと一緒にいるかもしれないってことは、まだ見付かっていないんですね?」


「ああ。ミミックの部屋にも他の部屋にも、髪の毛は一本も落ちていなかった。これでは追跡の魔術が使えない。恐らくクライドの入れ知恵だろう。何らかの理由で時間稼ぎをしている」


 カイの言葉で僕の胃がきりきりと痛んだ。時間稼ぎ――本当に、クライドが何のためにそんなことをするのか分からなかった。子供を誘拐したりして、完全に悪人になってしまっているじゃないか。それでも。


「僕、クライドが何か悪いことをしようとしているなら、止めたいです」


「悪いこと、か。それはどうだろうな」


 カイはやはり冷静に、そう言った。


「え?」


「部屋に血を撒いて世間を騒がせ、失踪することで自警団を巻き込む。その結果、世間の注目も自警団の注意もクライドとミミックに向いている。そうやって()()から自分たちの身を守っているとも言えるだろう?」


 目から鱗のその考え方に、僕は大きく頷いた。犯罪抑止には人の目が有効だと、確かに授業で習った。しかしそうなると、クライドとミミックは何かしらの犯罪人に狙われているということになる。


「……彼らを狙うのは、誰なんですか?」


 カイは険しい顔をして、こう言った。


「壁に残されたメッセージから考えると、メニそうの売人だ」

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