78、冒涜的
キルデは死んだことにするというハーパーの言葉に驚きつつ、僕は納得もしていた。キルデがもう二度と戻って来ないのであれば、そうしておいた方が周囲に不審がられずに済む。
「でも死んだことにするって、どうやって? 遺体は無いわけだし、葬儀も出来ないよね……」
キルデは顔が広いと聞いているから、葬儀をしないというのは不自然ではないだろうか。僕の疑問に、ハーパーは表情を変えずこう答えた。
「葬儀はするけど、棺の蓋は閉じたままさ。人に見せられる状態ではないという設定だよ。キルデ・エヴィングは常用していた頭痛薬と一緒に酒を飲んでしまい、前後不覚の状態で窓から転落、顔が潰れて無惨な姿になった。……これは僕の小さな復讐でもある」
彼は力が抜けたように椅子の背にもたれた。視線は遠くを見ている。
「母さんの死に際と同じ、窓からの転落にしてやろうって。獄所台にいるキルデには何の打撃にもならないけど、僕の気持ちは少しだけ晴れる。これを誰かに理解してもらおうとも思わない」
だが、その底知れぬ暗い感情が僕には理解出来た。キルデが犯した罪を、虚偽とはいえ彼自身に味わわせたいということなのだ。
「分かるよ。僕だったら、遺体は火事で焼けて見られる状態じゃないってことにする。僕の双子の兄、ジョエルの死に際と同じ」
ハーパーは漂っていた視線を僕の顔に留め、姿勢を正した。
「そうか。亡くなった子はジョエルというんだね。初めて知ったよ、大切な弟の名前……」
彼の目が微かに潤んだ。ジョエルの名が出たことで、僕も彼もさっきまでの暗い感情がさっと消えたようだった。
「うん。僕はミシェル。それが、お母さんが付けてくれた本当の名前」
「ミシェル。君に似合ういい名前だ。もちろんベスも似合うけど」
ハーパーは微笑み、また真顔に戻った。
「ところで、ジョエルはどこに眠っているんだろう。良かったら兄として花を手向けに行かせてくれないかな」
「グレーン乳児院の跡地だよ。他の子供たちと職員と一緒に。石碑と大きな楡の木があって、近所に住むワルダーさんて人がいつも花を供えてくれているんだ」
僕はふと、ワルダーにも放火事件の犯人が捕まったことを伝えたいと思った。キルデの名前は出せなくても、その事実だけで彼は安心するかもしれない。
「そんな親切な方が。是非会ってお礼を言わないと」
真面目な調子で言う彼に、僕は少し笑ってしまった。
「兄さん、保護者みたいなことを言うね」
「いけないか? 未成年の弟たちがいるんだから、僕がしっかりしないと」
ハーパーはすっかり兄の気分らしい。つい最近まで一人っ子だった分、弟の存在が嬉しいのかもしれない。
「ありがとう。頼もしいよ」
「それなら頼もしいついでに、一つ聞いてくれないか。ベスのお母さんの墓についてなんだけど」
「うん……」
母の遺骨はキッシャーが引き取りたいと話していて、僕が自警団を通してそれを断ったのだった。ハーパーもそれを知っているのだろう。
「君がリスカスの制度を使って、自分でお墓を建てるつもりだと聞いている。でもね、ベス。その制度は必要最低限の補助だろう。墓地の場所も、墓石の種類も選べない。それで納得出来るのかい?」
彼が言っていることは、僕も自警団の隊員から説明を受けていた。僕だって出来るなら上等な墓地に、綺麗な墓石で墓を建ててあげたい。しかし現状、誰にも頼らずにそうするのは無理だと自分を納得させていた。
葛藤が僕の顔に出たのだろうか。ハーパーは優しくこう続けた。
「お祖父様に頼るのは、そんなに嫌なの?」
「頼るのが嫌なんじゃなくて……、キルデの親だから、お母さんのことに関わって欲しくなくて」
言いながら、何だか子供じみた理由だなと恥ずかしくなってきた。キッシャーが悪人でないことはハーパーの話から既に分かっている。でも、と付け加えて僕は言った。
「お祖父様に会ってからもう一度考えてみようかな。それでもいい?」
「もちろん」
ハーパーは嬉しそうに笑った。
「どんな結論を出しても僕はベスの味方をするよ。ただ、家に来る……のは辛いよね。あんなことがあった場所だし」
彼の表情が翳る。ハーパーの家はつまり母が埋められていた場所で、僕が監禁された場所でもある。精神の治療を受けたとはいえ、二度と近寄りたくない。
「ごめん。行くのは無理だと思う」
「いいんだ、そう思うのが当然だもの。別の場所で会えるように調整するよ。高級レストランとか――」
「『マローム』はやめて。最初にキルデと会った場所だから」
僕は咄嗟にそう言っていた。キルデに関わる事柄にここまで拒否反応が出るなんて、自分でも想像していなかった。治療を受ければ大丈夫というものでもないらしい。
「分かった。そこ以外にするよ」
ハーパーは僕の勢いに少し驚きつつ、そう言ってくれた。
「僕もキルデのせいで近寄りたくない場所があるから、ベスの気持ちは分かる。キペルの『孔雀館』というところ」
「大きなパーティーとかで使われる?」
「そう。7歳くらいだったかな。そこで開かれたパーティーに家族で招待されたんだけど、キルデの知人に『素敵なパパだね』と言われたときに、僕は顔が引き攣っちゃってね。素敵とは真逆の存在だったから。家に帰ってから僕は暖炉の前に立たされて、キルデは熱された火掻き棒をちらつかせながら言った。『俺に恥をかかせたらどうなるか分かるな』って」
「そんな……」
その先を想像して血の気が引いたが、ハーパーはこう言った。
「ただの脅しだから、実際に何かされたわけじゃないよ。でも彼への恐怖心はより一層増した。それからはパーティーの度に、父親を慕う息子を必死で演じた」
まだ幼かった彼の恐怖を思うと、キルデへの憎しみが胸の奥でぐらりと頭をもたげるようだった。それが顔にも出てしまったのか、彼は心配そうに僕の目を覗いた。
「また怖い顔をしていたよ。……ベス、これを期に僕らはあの人のことを忘れた方がいいと思うんだ」
「忘れる……?」
「うん。完全には無理かもしれないけど、僕らがキルデのせいで負の感情に飲まれるのは良くない。まるで今でも彼に支配されているみたいだし、時間の無駄だろう」
ハーパーはきっぱりと言い切るのだった。さすがは成人とでもいうのか、達観した考えだ。
「あの人の葬儀をしようと思ったのは、僕自身の気持ちを切り替えるためでもある。……ベスも来る? 葬儀は人の目があるから無理でも、埋葬なら僕とお祖父様と使用人しかいないから。3日後の15時、西4区の墓地だ」
「そこって、無縁墓地?」
西4区の墓地の別名だ。その名の通り縁故者のいない人々が埋葬されていて、花を供える者もほとんどおらず、荒れた印象を受ける場所だった。
「これは皮肉だけど、人に執着するキルデに最も相応しい場所だと思って。あの人は生きていようが死んでいようが永遠に一人だ。僕らはもう関係ない」
ハーパーは心なしかすっきりした表情でそう言った。彼は自分を弱い人間と言っていたが、案外強い人間なのかもしれない。
僕は頷き、こう言った。
「そうだね。埋葬、見物しに行くよ」
「ありがとう。見物客が増えるのは大歓迎だ」
他人が聞いたらなんて冒涜的だと顔をしかめるような会話だが、ハーパーと僕は目を見合わせて、どちらからともなく笑ったのだった。




