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75、兄弟

 一次試験から数日経ち、結果が監察科の教室に張り出された。名前から点数から順位まで、全て公表するのがこの学院のやり方だ。不合格者は赤字で名前を書かれるという残酷さだが、今回はいなかったらしい。全員黒字だ。

 名前は成績順に並んでいる。しかし僕の名前は長すぎて人よりはみ出しているから、探すのに苦労しない。今回もすぐに見付けることが出来た。


「え……」


 その位置に驚いた。いつもは真ん中辺りにある僕の名前が、上から三番目にあったのだ。


「すごいな、ベス。ここへ来て怒涛の追い上げだ」


 隣で結果を見ていたマックが僕の肩を叩いた。彼は大体いつも一番上に名前があり、今回もそうだった。


「うん、自分でも驚いてる。キースのおかげかな……」


「それもあるかもしれないけど、ベスの努力の結果だろ。二次試験は俺を抜くつもりでよろしく。その方が俺も試験を楽しめる」 


 そう言って彼は笑うのだった。試験を楽しめるなんて、さすが賢い人間は言うことが違う。まだまだその次元に至っていない僕は苦笑するしかなかった。



 その日の放課後、ハーパー・エヴィングから僕に手紙が届いた。少し緊張しながら部屋の机で封を切ると、そこには丁寧な字でこう綴られていた。


 ベネディクト・テディ・ヘイデン・ガレット様

 僕のような立場の人間があなたに手紙を出すことを許してくれて、ありがとうございます。父であるキルデ・エヴィングが犯した罪を考えれば拒絶されて当然だと思っていましたから、嬉しく思います。


 少し他人行儀な文章だが、僕らは会ったこともないのだから、最初から親しげにというわけにもいかないのだろう。手紙は続いた。


 自警団の方から聞いているかと思いますが、僕とあなたは同じ父親を持つ異母兄弟です。あなたたち双子の存在と境遇を知ったときはとても驚きましたし、あまりの辛い出来事に言葉もありませんでした。

 まず伝えておきたいのですが、僕は父を庇うつもりは毛頭ありません。そもそも彼を父親として慕ったことはありませんし、他人よりも他人のような存在なのです。しかし息子としてあなたの境遇に責任を感じています。本当に申し訳ありませんでした。


 僕は驚いてしまった。ハーパーは聖人なのだろうか。なぜ憎むべき父親に代わって僕に謝るのか。僕と同じキルデの被害者で、彼にしてみれば今が最も辛い時期かもしれないのに。文章はさらに続く。


 会って話したいというのは、あなたに許しを得るためではありません。半分血の繋がった兄弟として、一度でいいから顔を合わせてみたいのです。何を言われても構わないから、兄として、あなたの苦痛を受け止めたいと思っています。どうぞ僕の我儘わがままをお許し下さい。あなたの存在を知ったばかりで顔も分かりませんが、今はもう、僕に残された大切な弟としか思えないのです。

 次の日曜、午後6時に、キペルの中央1区にある金雀枝えにしだという宿に部屋を取ってあります。そこなら秘密は守られますし、落ち着いてゆっくり話が出来るかと。もしあなたの希望の場所があるのでしたら、僕はどこへでも出向くのでおっしゃって下さい。お返事を待っています。

 ハーパー・エヴィング


 真摯に綴られた彼の思いに、僕は思わず目頭が熱くなった。そこに彼の人間性が詰まっているような気がする。きっと人の気持ちに敏感で思いやりのある、キルデとは真逆の人間なのだろう。

 演技じゃないといいが……と一瞬考えてしまった。僕はまた騙されて、いいように扱われるのではと。他人よりも他人とはいえ、ハーパーは近くでキルデの姿を見て育っているのだ。彼の人を騙す才能を受け継いでいないとも言い切れない。


「……どうした、眉間に皺寄せて」


 いつの間にか部屋に帰ってきていたキースが、僕の手元をちらりと見て言った。


「これ、ハーパー・エヴィングさんからの手紙」


 キースにはエヴィング家の諸々を説明してあるから、それで通じるはずだ。思った通り、彼はすぐにこう返した。


「ベスの異母兄弟だっけ。それで、何を悩んでる?」


「彼を信用していいのか分からなくなっちゃってさ。デジャヴだよ、デジャヴ」


 僕が正直にそう言うと、キースは怪訝な顔をする。


「なんのデジャヴだ」


「前に僕がキルデの手紙に騙されて、のこのこ出向いて酷い目に遭っただろ。それだよ」


「確かにな。でも今回は俺に相談してくれた。……それ、読んでもいいか?」


 そう言われて僕は手紙を渡した。彼は素早く目を通し、難しい顔をする。それから二、三度頷き、僕に手紙を戻した。


「信用しても大丈夫だと思う。この金雀枝って宿、自警団の警護と監視付きの高級宿だろ。何かあればすぐに捕まるし、わざわざここを選ぶってことは、少なくとも害意は無いってことだ」


「そうなんだ。高級宿……」


 ハーパーは大銀行の頭取の孫だから、やはりお金持ちなのだろうかと考えた。別に嫉妬したわけではない。母親のエラが彼の裕福な暮らしを守るためにキルデと夫婦でい続けたのを知っているから、複雑な気持ちになったのだ。


「気が向かないなら無理しなくてもいいんじゃないか? その手紙を読む限り、急ぐことでもないだろう」


 キースは気遣うように言ってくれたが、僕は首を横に振った。


「僕も早く会いたいとは思ってるんだ。同じキルデの被害者として、傷の舐め合いじゃないけど、理解し合える部分があるんじゃないかと思って。あとは単純に、ハーパーさんがどんな人か気になるから」


 期待はしてないよ、と付け加えた。優しい人であって欲しいと願った実の父が、赤子だった僕を殺そうとした狂人だったのだ。おかげで他人に理想を抱くと痛い目を見ると頭に刷り込まれている。


「何にせよ、俺が口出し出来ることじゃない。……またベスが傷付くところは見たくないけど」


 ぼそりとそう言って、キースは自分の課題に取り掛かる。


「ありがとう。でも大丈夫だよ。僕がこれまで以上に傷付くことなんてもうないと思う。地獄は見たつもりだ」


 実の父によって、自分たち兄弟は生きたまま火に焼かれた。母も殺された。これを地獄と言わずに何と言うのだろう。

 僕はハーパーからの手紙を読み返す。僕の苦痛を受け止めたいと書いてあるが、彼にも彼の地獄があるはずだ。出来れば追い詰めるような真似はしたくない。


「……俺は一人っ子だから、兄弟と苦楽を共にするって感覚は分からないけどさ。ベスなら分かるんだろうな」


 キースは課題の手を止めて僕を見た。


「君にとって一番いい結果になることを祈ってる。もしハーパーがとんでもない奴だったら、一緒に家畜の臓物でも浴びせに行こうぜ。仕入れ先は確保してある」


 そんな冗談を言って意地悪く笑うのだった。



 ハーパーには了承の返事を出し、ついに約束の日曜日が来た。僕は朝からそわそわしつつ、勉強をしたりしながら時間を潰す。そしてはっと思い立ち、グルー教官の元へ向かった。

 彼は舎監室で黒表紙の冊子を読んでいた。僕に気付くと、彼はそれを閉じて机に置く。表に『教務日誌』と書かれているのが見えた。


「どうした、ベス。また何か問題か?」


「いいえ。ただ今晩、外出するので報告しておこうと」


「門限までに戻るなら別に報告はいらないが」


 グルー教官は怪訝な顔をする。


「ハーパー・エヴィングに会ってくるんです。キルデ・エヴィングの息子の」


 それを聞いて、彼はさっと表情を険しくした。


「一人で大丈夫なのか? 一応、彼については自警団から簡単に報告は受けているが……」


「はい。会うのは金雀枝という宿ですし。ただもし何かあったときのために、()()()先に報告しておこうと思ったんです」


 そう言うと、教官は肩の力を抜いて笑った。


「いい心掛けだな。分かったよ。チェス教官には俺から伝えておく」


「チェス教官、日曜日はどちらにいらっしゃるんですか?」


 休日の所在を本人に聞いたこともないし、気にしたこともなかった。教官宿舎だろうか。


「大体は宿舎にいるが、たまに古巣の近衛団だろうな」


「近衛団……、どうしてですか?」


「元団長として若手の指導をしているとは言っていたが、まあ、夫に会いに行っているんじゃないか。良くて月一でしか会えないから。教官も忙しいが、近衛団長も相当忙しい」


「近衛団長って、今のですか?」


「そうだ。知らなかったのか? チェス教官の夫は今のレンドル・チェス団長だぞ」


 これまた恐ろしい事実だった。近衛団長といえば魔導師の頂点ともいえる存在だ。リローに話せば、面白半分にチェス教官の真似をする彼は腰を抜かすかもしれない。


「そうでしたか……」


「あ、口外するなよ。チェス教官もあまり公にはしてないからな。ほら、もう行っていいぞ」


 グルー教官は手で追い払う仕草をし、また教務日誌を開いて目を落とす。よく見れば随分と年季が入っているようで、表紙が所々擦れて白くなっている。グルー教官が使っているものではないのだろうか。

 気になって記載者の氏名を探すと、ページの下の方に『エイロン・ダイス』と書かれていた。どこで知った名だったか、確かに見た覚えはあるが思い出せない。とりあえず、教官に睨まれる前に僕は部屋を後にした。

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