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7、ゴミ箱の中

 垂れ込みの犯人がクライドだと判明した翌日、土曜日。午前中は授業があり、僕は気もそぞろになりながらそこに出席していた。14人いる監察科の同期たちは皆、それぞれに僕を気遣ってくれる。それほど暗い顔をしていたのかもしれない。


「お前たち。クライドが心配なのは分かるが、集中すべきときは集中しろ」


 授業を終えたグルー教官は僕らを見回し、普段と変わらぬ調子でそう言った。


「魔導師になれば非常時に仲間の安否が分からないなんてことは多々ある。俺も何度か経験した。だがそこで冷静さを欠くと、現場では自分の身を危険に晒すことになるぞ。無事に卒業したいなら覚えておけ。以上」


 教官はすたすたと教室を出ていった。彼はここの教官になる前、自警団の第一隊にいたと聞いたことがある。数々の修羅場をくぐってきたはずだから、その言葉に説得力があるのも当然かと思えた。

 のろのろと荷物を鞄に詰めて食堂へ向かう。なんだか胃が痛くて、昼食は半分も食べられなかった。僕はたぶん、現場に出たら自分の身を危険に晒すタイプだ。全く冷静になれない。クライドのことに関して何も出来ていないから、なおさらだ。


「ベス、大丈夫?」


 すっと僕の隣に座ってきたのは、ジジだった。


「うん。食欲がなくって……」


「クライドのこと? あいつなら大丈夫だよ。神経図太いもん。それに昨日だって手掛かりを見付けたんだし」


 彼女は慰めるように言いながら僕の背中をさすった。胃の痛みがすっと引いたようだった。


「……もしかして、治してくれた?」


「えへ。昨日、甘いものおごってくれたお礼。軽い胃炎くらいなら私でも治せるよ」


 ジジが微笑んだその時、一人の女子生徒が食堂に走り込んできた。医療科のヒルダだ。誰かを探している様子で、僕らの方を見るとすぐに駆け寄ってきた。


「ジジっ! 鹿! 小屋!」


 相当慌てているのか、ヒルダは単語を並べるだけで、何を伝えたいのかがよく分からない。彼女の長い黒髪には何枚か木の葉が付いている。さっきまで外にいたのは間違いないようだ。


「落ち着いて、ヒルダ。小屋なら昨日調べたよ?」


 ジジが言うと、彼女は一度深呼吸してから話し出した。


「そうじゃないの。今さっき、あの小屋に鹿がいたの。私たちが授業で治療した鹿。間違いないよ」


「えっ、本当に? 見て分かるの?」


「右耳が破れてたもん。とにかく来て、ベスも!」


 ヒルダに連れられて、僕らは裏庭の小屋へ走った。そこには既にリローとチェス教官がいた。そしてその側で、わりと大きな雌鹿が逃げる様子もなく僕らの方を見つめていた。


「来ましたか。ジジ、確認して下さい。この鹿が一昨日の授業で治療した鹿かどうか」


 チェス教官に言われ、ジジは鹿に近付いた。彼女がそっと触れてみた鹿の右耳は、確かに少し破れている。


「間違いなくこの子です。破れ耳ちゃん!」


 ジジが驚くと、鹿は彼女の肩に鼻を擦り寄せた。ずいぶん懐いているようだ。大暴れしたとはいうが、治療してもらったことに恩を感じているのかもしれない。


「あなた、今までどこに行っていたの? 誰かがあの夜に、小屋から逃がしたってことかな」


「チェス教官、破れ耳ちゃんが生きてるってことは、クライドは鹿を殺してなんかいないってことですよね?」


 リローが割り込むようにして尋ねる。僕もそれが一番重要なことだと思った。


「そうなりますね。状況からそうだと思い込んでいただけで、クライドの部屋に撒かれた血と臓物はそもそも違う動物のものだったのかもしれません。鹿を逃がしたのも彼だとすれば、我々はまんまとはかられたわけです」


 チェス教官が言った。僕は冷静に考えてみた。彼が鹿を殺していないのだとすれば、あの血と臓物はどこで手に入れたのか、と。そして閃いた。


「……肉屋、じゃないでしょうか」


「肉屋?」


 チェス教官が僕を見た。


「はい。街外れに加工場がありますよね。食肉用の動物はそこで解体されて、肉は商品、皮は革屋に売られて、内臓はおそらくゴミ箱。クライドはそこから部屋に撒くための血と臓物を手に入れた……ってことはないですか?」


「それ、ありかも! 確認しに行こうぜ。教官、いいですよね?」


 リローが目を輝かせて尋ねる。チェス教官はやっぱり、すぐに許可してくれた。


「では、肉屋の件は君たちに任せましょう。危険な真似だけはしないように」



 僕ら4人は路地を歩いて肉屋の加工場に向かっていた。ふと、リローが口を開く。


「なあ、一昨日の夜、ベスが洗濯室に持ってきたのってクライドの白衣だけだったよな?」


「え? うん」


 確かに白衣だけだった。他の生徒は、制服や中のシャツまで血(まみ)れになっていたのに。


「よく考えたらおかしい。鹿にあんな予測出来ない動きをされたら、汚れるのは白衣だけじゃ済まないはずだろ?」


「確かに。ねえ、鹿に鎮静の魔術を掛けたのって、クライドじゃなかった?」


 ヒルダが言った。僕にも薄々、リローの言いたいことが分かってきた。


「うん。あのクライドが失敗するなんて珍しいなーって思ったもん。……つまり、魔術を浅くしてわざと暴れさせたってことだ」


 ジジが言って、驚きの表情で僕を見る。


「鹿が暴れるのを予測していたから、無意識に避けた。だから汚れるのは白衣だけで済んだんだよ」


 僕は頷き、ジジの意見に付け加えた。


「それとクライドは、最初からみんなの服も汚すつもりだったんだと思う。僕を洗濯室に行かせて部屋で失踪の準備をしたかったなら、自分の白衣を汚せばそれで十分だった。でもそれじゃ不安だったんだよ。君たち、しょっちゅうクライドに質問しに部屋に来るでしょ?」


 彼の頭脳を頼りにしているのは僕だけではないのだ。毎日、誰かしら、医療科の生徒は僕たちの部屋を訪れていた。


「ああ。あの日も洗濯がなきゃ聞きに行ってたぜ。それでか。次の日は病院実習だし、あそこまで血塗れにされちゃあ、そんな暇もないわな。クライドの奴め」


 リローが顔をしかめるが、そこには心配も含まれているのだろう。


「失踪なんてして、何するつもりなんだか……。お、あそこか?」


 彼が指差した先に、石造りの大きな建物があった。微かな血生臭さが風に乗って僕らの鼻に届く。あそこが加工場で間違いないだろう。

 僕らは周囲を気にしつつ、建物の裏手に回り込んだ。工場や店のゴミ箱というのは大体裏手に置いてある。思った通り、そこにはブリキで出来た大きなゴミ箱が10個ほどずらりと並んでいた。蓋はしてあるが、近付く程に臭いもきつくなってくる。

 リローがそっと蓋を開けて、すぐ閉めた。


「うへぇ、大当たり。血と臓物がひったひただ。ここからなら盗み放題だな。けど普通、こんなもの盗もうなんて発想すら湧かないぜ。何のために部屋に撒いたのかも謎だし……」


「クライドは賢すぎるんだよ。賢すぎて、馬鹿」


 ジジが悲しげな顔になった。


「私たちが、特にベスがどれだけ心配するのか分かってないんだから。……クライドが帰ってきたら、お詫びに高いケーキおごってもらお!」


 空気が沈まないように、彼女はそんなことを言って笑った。


「俺は純銀のハサミかなー」


「私、レースのハンカチにしよ」


 リローとヒルダもそれに乗っかる。この流れには僕も乗っかるべきなのだろう。


「じゃあ僕、……もっと愛想よくしてもらおうかな」


 すると、全員が押し殺した笑いを漏らした。


「それ最高。クライドにとってはすっごい罰だね。さ、帰ろ! 私たち、また一歩クライドに近付いたよ」


 ジジが明るく言って、僕たちは帰路に着いた。僕も彼らも信じているのだ。クライドはきっと無事に戻ってくると。

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