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62、囮

 自警団の作戦に僕を利用した、とはどういうことだろう。エスカの言葉を頭で繰り返しながら、僕は何となく部屋の時計を見た。時刻は朝の9時だ。グレーン乳児院放火事件の取扱期限はとっく過ぎている。

 同時に、はっとした。蜥蜴とかげによる学院襲撃はどうなったのだろう。


「エスカ隊長、蜥蜴が魔術学院の――」


「安心してくれ。その大事件とやらを起こそうとしていた奴らなら、第一隊が全て確保したよ。元々怪しい動きをしている連中がいて目を付けていた。キルデ・エヴィングが関わっていたのは想定外だったが」


「やっぱり僕とキルデの会話、聞いていたんですか?」


 僕が監禁されていた部屋にはフィルの魔術が掛かった置物があった。それを説明すると、エスカは少し驚いたようだった。


「君は魔力の霊態タイプが直感で分かる人間か。その通りだ。その置物を通して、会話は全て聞いていた」


 そもそもなぜあの場所が分かったのか、どうやって魔術を仕込んだのか、聞きたいことは山程あった。が、僕にとって大事なのは何よりもキルデのことだった。


「間に合ったんでしょうか」


 思わず呟いていた。


「え?」


「キルデ・エヴィングの確保。0時が期限でしたよね」


「ああ。奴を獄所台に送るための()()も、君のおかげで間に合ったよ」


 エスカはそう答え、椅子を持ってきて僕の側に腰掛けた。話は長くなるらしい。


「確保だけではキルデを獄所台へ送れなかった。15年前のあの事件は何一つ犯人を示す証拠が無かったから。期限までに、本人の口から全ての犯行を自白させなければならなかった」


「それって、魔術で尋問すれば簡単なことでないんですか?」


「大体の犯罪人に関しては簡単だ。だが君も知っての通り、キルデ・エヴィングは狂人だった。そういう人間の尋問には時間が掛かる。期限が迫っている中で、確保してからじっくり尋問というわけにはいかなかったんだ。間に合わなければそこで全て終わり。だから君をおとりとして利用した」


 エスカは僕の反応を確かめるように、じっと目を見た。


「これから話す内容に君が激怒しても仕方ないと思っている。自警団は人でなしの集まりだと感じるだろう。だが全ての責任者は俺だ。君を利用することに反対する人間もいたが、俺が作戦を強行した。それだけは最初に言っておく」


「……思い出しました」


「え?」


「本部で僕が自分のことについての説明を受けたとき、フィルさんが謝ったんです。辛い思いをさせてごめんなって。そのときから既に僕を利用していたんですね」


 責める口調にならないように気を付けながら言った。実際、責めるつもりはないのだ。本心を表に出さないはずの第二隊員があんな顔をして謝るくらいだから、相当辛かったのだと思う。

 エスカは毅然とした表情で頷いた。隊長として、責任を持つ覚悟が出来ているのだろう。


「正しくはもっと以前から。俺が初めて君に会って、君があの事件の生き残りと知ったときからだ」


 ずいぶん前のことになる。キース失踪直後くらいの話だ。


「グレーン乳児院放火事件の犯人確保は、実を言うと先代の隊長の悲願だった。だから俺も少し躍起になったのは否めない。この機会を逃せば犯人は永遠に確保出来なくなる。しかし、未だに犯人の目星も付かない状態だった。速やかに犯人を炙り出すには君を囮として利用するしかないと思ったんだ」


「犯人を炙り出す……」


「事件の生き残りがいると知れば、今まで息を潜めていた犯人は必ず動き出す。それに賭けた。あの雑誌にグレーン乳児院の記事を書かせたのは俺だ」


 そこから既に彼の作戦だったらしい。僕は素直に驚いた。


「それで、見事に動き出したんですね。キルデが」


「ああ。あの記事が出てから、グレーン乳児院跡地に近付く怪しい人間がいないか第二隊が見張っていた。そこで目を付けたのがキルデ・エヴィングだ。君と兄のレイ・ガレットがあそこに行ったことも、もちろん把握している。それをキルデが見ていたことも」


「その時点で確保は出来なかったんですか? そうしたら期限までゆっくり尋問も出来たのでは」


 僕の疑問に対して、エスカは首を横に振った。


「自警団はそう好き勝手に動けるものでもない。治安に関する事件ならまだしも、今回は過去の放火事件だからな。奴の地位というものが厄介なんだ。ソーン銀行頭取の息子という地位が。我々の給料の半分は国費、もう半分は民間の警備やら何やらの契約で得た金だ。ソーン銀行も無関係ではない。確たる証拠もなしにキルデを確保すれば、頭取から報復を受けてあちこち契約を切られるのは目に見えている。俺の一存で自警団の隊員たちを路頭に迷わせることは出来なかった」


 自警団も実は不自由なのだと、僕はそこで初めて知った。キルデが自分でも言っていたように、色々な意味で地位は厄介な代物しろものらしい。僕が頷くと、エスカは続けた。


「キルデを確保するには自白のような決定的な証拠が必要だった。事件の生き残りである君になら、奴は口を滑らせるだろうと俺は考えたんだ。俺たちは君とキルデの動きを常に監視していた。仮に君が誘拐されても居場所が分かるように、君の血液も採取させてもらった」


「いつの間に。あ……」


 部屋で蚊に刺されたことがあった。虫を操るのはフィルが編み出した魔術だと、以前にカイが言っていたのを思い出す。キース失踪事件でも目にした。蚊を利用して血液を採取するのは彼の技だ。


「蚊、ですか?」


「そうだ。入手した血液で追跡の魔術を使い、君の監禁場所を正確に特定した。それから壁抜けの出来るナシルンを部屋の置物に擬態させて、会話も一つ残らず記録した。君があんな目に遭うまで助けに入れなかったのは、キルデの自白を待っていたからなんだ」


 エスカは僕の右手をちらりと見る。キルデに小指の爪を剥がされかけたのは僕もはっきり覚えている。いつの間に治療されたのか、今は痛みも無かった。

 エスカの狙い通り、キルデはぺらぺらと真実を喋ってくれた。母を殺したことも、乳児院の職員や僕の兄弟を殺したことも。キルデが主張する正当性に僕が同意するとでも思っていたのだろうか。認めたくはないが、僕が『彼のもの』だから?


「……さっきルカ医長にも聞いて、答えられないと言われたんですが。キルデ・エヴィングは、僕の父親で間違いないんですか?」


 真正面から肯定されると何となく心が持たない気がして、僕は目を伏せて尋ねた。一瞬の沈黙があり、エスカが答えた。


「そうだな。君が眠っている間に、エヴィング家の人間に聞き取りも済ませている。父親はキルデ・エヴィング、母親はロエナ・エヴィング。状況から考えて間違いないだろう」

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