60、種明かし
フィルの魔力の霊態を感じる、つまり、あの犬の置物には彼の魔術が掛かっている。何故かと考えるのは後だ。とにかく、自警団にはこの場所と僕が監禁されていることが伝わっている。あの置物を通して声も聞けるなら、蜥蜴の学院襲撃についても情報は伝わったはずだ。
ほっとすると少し頭痛が和らいだ。そしてふと思った。自警団は何故すぐにここへ踏み込んで来ないのだろう。監禁は立派な罪で、それを理由にキルデを確保しても問題はないはずなのに……。
キルデが闇医者を連れて戻ってきた。彼は僕の頭に触れるとやはり動揺し、時間を掛けて治療をする。気絶するほど強く殴られたせいで、嫌な想像だが脳が損傷しているのかもしれない。治療のおかげで多少良くはなったものの、まだ痛みは残っていた。
「大丈夫かい、オーウェン」
「……心配するなら正式な医務官に診察させろ」
キルデの言葉に僕が憎まれ口を叩くと、闇医者は仮面の下で顔をしかめていた。
「元気そうだね。ありがとう、下がってくれ」
キルデはやはり意に介さず、闇医者を下がらせた。二人きりになると、彼は再び椅子に腰掛けて時計を一瞥し、僕に微笑んだ。
「時間までゆっくり話でもしよう。私とお前が親子に戻るまで15年も掛かってしまったのだから」
「お前と親子になんかならない。自分が何をしたか考えろよ。グレーン乳児院の職員を殺して、子供たちを……何の抵抗も出来ない赤ん坊を、生きたまま燃やしたんだぞ!」
怒りが頂点を越えて、怒鳴りながら勝手に涙が出てきた。
「僕はその場面を覚えている。あのときの怖さも、お前が火を放つ光景も。どんな理由があればあんなに残酷なことが出来るんだよ。自分の子供だっていたのに!」
「もちろん知っていたよ。お前たちがグレーン乳児院にいたことは」
キルデはやはり平然と言ってのける。
「ロエナはあそこで双子の男児を産んだ。私の前から姿を消した彼女の行方を調べに調べて、その事実に辿り着いたんだ。お前たちが生まれて1ヶ月ほど経った頃だったかな。私はロエナに会うため、すぐに乳児院へ足を運んだ。が、彼女は既にお前たちを残していなくなっていた」
その真実に胸を抉られるようだった。母は僕らを捨てたのだろうか。彼女にとって「あなたのものになるくらいなら死んだ方がまし」とまで言った憎い人間の子供は、やはり憎い存在だったのか。
そして性別すら分からなかったきょうだいは、男の子だったらしい。それをキルデの口から聞かなければならないのがどうにも腹立たしく虚しかった。僕が何も言えずにいると、彼はこう続けた。
「私はもちろん、天涯孤独の我が子たちを引き取ろうとしたんだよ。だが、乳児院の職員は私を拒絶した」
彼の顔が憎々しげに歪んだ。初めて見る表情だ。
「その双子は私とロエナの子供だと言っても、引き取ることは認めなかった。既に妻子がある身で、不貞関係にあった女性との子供をどう育てるつもりなのかと。正論ごもっとも。一般的に言えば、ね。私とロエナの関係は全く別物だよ。乳児院の馬鹿共には、説明しても理解出来なかったはずだ」
この男は基本的に他人を軽視しているのだ。言葉の端々からそれを感じる。こんな狂人の話など受け流せばいいのに、乳児院の職員たちを馬鹿にしたことだけは許せなかった。キルデを警戒して僕らを引き渡さなかったのは、彼女らが乳児院にいる子供たちを大切に育てていた証拠だ。
「お前に乳児院の人たちを馬鹿にする権利なんてない」
僕が睨み付けても、キルデはどこ吹く風だった。
「とりあえずその日は諦めて、ロエナを探すことにした。資金はいくらでもあるからね。案外、簡単に居場所が分かった。スタミシアの片田舎の病院で、名前を変えてひっそりと働いていたよ。私が会いに行ったときの驚いた顔を今でも思い出す……」
彼は恍惚とした表情で目を閉じ、深く息を吐く。縛られてさえいなければ、僕は今すぐその面に殴りかかってやりたかった。驚いた顔だって? そんなものではなかったはずだ。キルデの姿を見た母の絶望はどれほどだったろう。わざわざ探し出して会いに来るその執念に、死の恐怖すら感じたのではないだろうか。
「それで、会ってどうしたんだよ。否定されて、思い通りにならなくて殺したんだろ!」
僕が怒鳴ると、キルデは満足そうに微笑んだ。
「そうだよ、オーウェン。愛情を込めて、この手で首を絞めた。ロープは使っていない。最後の最後までロエナの体温を感じていたかったんだ」
もはや同じ人間とは思えないほどにこの男は狂っている。我が子に母親の殺害方法を嬉々として話す父親がどこにいるというのか。僕も気が狂いそうだった。狂った方が楽かもしれないとすら思った。
「それからまた乳児院に足を運んだが、何度訪ねてもお前たちを引き取ることは拒否された。しまいには玄関の敷居すら跨がせてもらえなくなってね。とはいえ強引な手立ては取れなかった。私にはソーン銀行頭取の息子という肩書きがあったから。この世界で上手く生きていくために、世間体は大切なんだ」
自分の目から勝手に流れていくのが何の涙なのか、僕にはもう分からなかった。感情が麻痺するとこんな状態になるのだろうか。
キルデは僕の目を見ながら続けた。
「だから、乳児院の職員たちを殺した。私のものを何としても渡そうとしないのだから、仕方ないだろう?」
それから彼は、頼んでもいないのにその方法を話し出す。
「正面から行っても拒否されるから、私は夜中に帽子を深く被って、ぼろ布を抱いて乳児院に駆け込んだ。赤ん坊を拾ったから助けて下さいと。一人の職員が出てきて、見事に扉を開けて中へ入れてくれたよ。私はぼろ布に包んでいた木製の置物で、その職員の頭を殴った。それから手当たり次第に他の職員も殴った。ほとんどが仮眠中だったから楽だったよ。五分と掛からなかった」
深呼吸し、まだ続けるようだ。僕は顔を上げている気力もなくなり、目を閉じて俯いた。
「子供の寝室にいた職員も殺して、お前たちを連れて行こうとしたんだがね。そこで気付いてしまったんだ。いくら私のものでも、赤子は好きではないと」
僕は思わず目を開け、キルデを見た。
「は……?」
「所構わず泣くし、言葉も通じない。それが二人も。連れていくのは現実的ではなかったんだよ、オーウェン。私としたことが見通しが甘かったんだね。しかし、生かしておけばいずれは養子として他人の手に渡る。それは許せなかった」
「だから……、だから燃やしたっていうのか?」
信じられない思いでそう言った。
「職員は最初から燃やすつもりだったし、多少の変更があっただけだ。そうすればお前たちは永遠に私のものになる」
キルデは立ち上がって僕の前に来ると、ぐいと顎を掴んで上を向かせた。
「お前が生きていて、こんなに大きくなっていたなんて。私はね、あの記事が出てから何度か乳児院跡地の側まで行っているんだよ。生き残った子供が、つまりお前が、いずれ現れるんじゃないかと思ってね。もちろん人を雇って探しもしていた。そしてついに見付けたんだ。レイと一緒にあそこへ来たお前を」
僕ははっとした。グレーン乳児院の跡地をレイと訪問したその帰り道、誰かの視線を感じた。気のせいかと思っていたが、あれはキルデに見られていたのだ。
「何という偶然。お前がレイの弟だと聞いて、頃合いを見て食事に誘ったわけだ。顔を見ただけでロエナの面影を感じたが、更にお前が養子だという事実もあの場で確認出来た。あまりにも嬉しくて泣けてきたよ」
あの食事の席でキルデが泣いたのは、それが理由だったのか。全ては彼の計画通り。思い出してぞわりとした。
「これからは親子水入らず、ずっと一緒にいられる。お父さんと言ってごらん、オーウェン。なぜお母さんは言えるのに、お父さんは言えないのかな?」
幼い子供に話すようにキルデは言う。僕は例え死んでもお父さんなどと言うつもりはなかった。これ程の嫌悪感は他のどんな人にも抱いたことはない。殺される寸前の母も同じ気持ちだったのだろうか。
「お前に従うくらいなら、僕だって死んだ方がましだ!」
思わず出た僕の言葉に、キルデは目を見開いた。一瞬、怒りと動揺が混ざったように彼の呼吸が荒くなったが、すぐに落ち着いた。彼はまた平然と僕に言った。
「仕方ない。ロエナにはやらなかったが、お前は私の子供だからね。親として多少のしつけも必要だ」
そして部屋の隅にある引き出しをごそごそと漁り、何かを手に戻ってきた。ペンチのようなものだ。まさか、と瞬時に身の毛がよだつ。
キルデは椅子の肘掛けに縛り付けられている僕の手を擦りながら、微笑んだ。
「ちょうど闇医者もいるから、治療して貰えば何度でも繰り返せる。だが安心していい。片手の爪を全て剥がす頃には、お前も私をお父さんと呼べるはずだよ」




