表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/100

6、斜め

 ビラの発行者は『枯れ草編集部』となっていた。クライドが住所を書き移したらしい、あのゴシップ誌の編集部だ。


『昨夜、中央1区にある高等魔術学院の寮から二年生の生徒が1名、突如として失踪した。彼の部屋には鹿の臓物と血が撒かれ、さながら地獄の様相を呈していたという。一瞬の内に消えた生徒はどこへ行ってしまったのか? おどろおどろしい部屋の状況から推察するに、その生徒は黒魔術を使おうとした結果、消えてしまったのではないか!? 詳細は調査中とのこと、続報に期待せよ!』


 低俗なゴシップ誌らしい、いい加減な内容だ。しかし部屋の状態については妙に詳しい。


「馬鹿馬鹿しくはあるけど……口外禁止ってみんな言われてたはずなのに、どっから漏れたんだ? チェス教官が全校生徒を集めて念を押したんだから、よっぽどのアホじゃなきゃ外で喋ったりしないはずだぜ」


 リローが首を傾げる。確かにチェス教官に言われたなら、従わない生徒はいないだろう。だとすれば……。僕ははっとして彼に顔を寄せ、小声で言った。


「クライドが垂れ込んだのかも」


「なに?」


 彼が目を見開いた。僕は部屋に置いてあったゴシップ誌のことと、クライドがその住所を書き移していたことを早口に伝えた。


「そうだとして、なんであいつが垂れ込むんだ?」


「分からない。でもこれで、クライドが自分で失踪したってことが確実になってきたね」


「だな。飯は食い終わったか? チェス教官のところへ行こう!」


 そして僕とリローは、廊下で会ったジジも連れてチェス教官の元へ急いだ。彼女は訓練室にある倉庫で、剣術の訓練に使うサーベルの手入れをしていた。


「チェス教官、このビラを――」


 リローが不用心に彼女に近付こうとするので、僕は慌てて彼の腕を引いた。よろけて一歩下がったその瞬間、サーベルの切っ先が彼の鼻先をかすめた。


「……医療科に行くと鈍ってしまうのですか。剣を手にした相手の間合いに入ってはならない。基本的なことです」


 チェス教官は鋭い一瞥いちべつをリローにくれ、サーベルを鞘に納める。リローは青ざめた顔でぶんぶんと頷き、ジジは背筋をぴしりと伸ばしていた。生徒の気の緩みは絶対に見逃さないし、手加減もしない。それがチェス教官の恐ろしいところだ。

 彼女はそれから、僕を見て言った。


「いい判断でした、ベス。それで、何か進展があったんですか?」


「はい。これ、街で配られていたビラなんですけど」


 僕は固まっているリローからそれを受け取って、教官に渡した。彼女は眉一つ動かさずに素早く目を通した。


「僕らは、それ、クライド自身が垂れ込んだんじゃないかと思うんです。やけに詳しいし、編集部の住所も彼は書き写していたし。理由は全く分からないんですけど、どうでしょうか?」


「なるほど。その考えには同意します。この編集部に行けば、誰の垂れ込みかははっきりするでしょうね」


「じゃあ、今から私たちが行きます!」


 ジジが唐突に宣言したから、僕とリローは驚いた。


「問題ないですよね? 話を聴いてくるだけですから」


「いいですよ」


 反対されると思ったのだが、教官はあっさりと許可をくれた。


「仲間のために何かしたいと思う気持ちは、私にも分かります。それに、学生相手の方が編集部の人間も口が軽くなるかもしれません」


「ありがとうございます!」


 僕らは思わず声を揃えた。教官が少し笑ったように見えた。


「しかし、寮の門限は必ず守ること。それから危険な状況になったら迷わず助けを呼びなさい。自警団には私から連絡しておきましょう。収穫を期待していますよ」



 夜の街は少し風が冷たいが、僕らは額の汗を拭いながら路地を歩き、枯れ草編集部を目指していた。中央1区からこの北6区まで、屋根の上を走って20分はかかった。監察科の僕はまだ体力があるが、ジジとリローはもうへろへろのようだ。


「走って来なきゃいけないなら、言い出すんじゃなかったー……」


 ジジが後悔したように言った。


「仕方ないだろ。貧乏学生の分際で馬車も運び屋も使えるわけがない」


 リローの言う通り、僕らは学生という身分だ。魔術学院では学費や寮費、食費に至るまで全て無料だが、給料が出るわけではない。生活の部分で親のお小遣いに頼る部分も少しはあった。


「帰りは馬車にしよう。夜だし、女の子もいることだし。運賃は僕が出すから」


 僕のお小遣いの使いみちは、毎月『枯れ草』を買う以外にはほとんどない。こういうときに奮発しても問題はないはずだ。


「やだ、ベス、男前!」


 ジジが顔を輝かせて僕に抱き付き、リローに咳払いされてすぐに離した。


「あ、あの建物じゃない? ゲイジハイムの2階って」


 彼女が指差した先には3階建ての建物があった。2階の窓には明かりが見える。人がいるのは確実なようだ。


「いいか、俺たちは余計なネタを提供しちゃ駄目だぞ。あくまで垂れ込みの人物を特定するだけだ」


 建物の前で僕らに顔を寄せ、リローが言った。


「オッケー。でも、そんなに簡単に話してくれるかなぁ」


 ジジが不安そうに2階の窓を見上げる。


「やれるだけやってみようよ。クライドが何をするつもりなのか、僕は知りたい」


 彼は一人で、自警団まで巻き込んで何かしようとしている。ここで弱気になっていたら、きっと彼には追い付けないはずだ。僕は先頭に立って階段を上がった。

 編集部の部屋の中には、編集長と思わしき初老の男性がいた。資料が積まれた机の向こうで、椅子の肘掛けにもたれて斜めに座っている。眉間に刻まれた皺は深く、僕らの来訪を喜んでいないのは確かだった。


「情報源の秘匿は我々の使命だ。帰ってくれ」


 僕らのお願いに対して、彼は声に不機嫌さを滲ませる。怯んでしまいそうになったが、僕は食い下がった。


「失踪したのは僕らの大切な仲間なんです。少しでも手掛かりが欲しいんです!」


「我が社の信用に関わる。駄目なものは、駄目だ」


 僕が更に食い下がろうとするのを、リローが止めた。彼はすたすたと編集長の横へ行くと、顔を寄せてその耳に何か囁く。すると、編集長が微かに目を見開いて言った。


「……誰にも言わないか?」


「もちろんです!」


 リローが満面の笑みを見せる。一体どんな提案をしたのだろうと、僕とジジは顔を見合わせた。


「君たち、少し待っていたまえ」


 編集長は立ち上がり、リローを連れて部屋を出ようとする。


「リロー……」


 ジジが不安な声で呼び止めると、リローは親指を上げてにっと笑う。心配するなということだろう。そのまま二人は部屋を出ていき、ドアは閉まった。


「ねえ、まさか、リローがあの編集長に身体売ったりなんてことは……」


 ジジが狼狽うろたえる。僕も一瞬それを考えてしまったが、違う気がした。


「リローは賢いから。何かひらめいたんだよ」


 1分も経たない内に二人は戻ってきた。驚いたのは、編集長の顔が別人のように穏やかになっていたことだ。笑っているようにすら見える。


「いやぁ、すまなかったね。君たち、仲間のために駆け回っているなんて素晴らしいじゃないか。まさに青春だ。その美しさに免じて」


 彼は机の引き出しから一通の封筒を取り出した。リスカスで一般的に使われる白い封筒だ。


「今回の垂れ込みの文書だよ。差出人は不明だが、君らの学校の生徒だろう。同封物を見て信頼に足ると判断した」


 リローが引ったくるように封筒を受け取る。郵送で送られてきたらしく、表面には几帳面な字でここの住所が記されていた。クライドの筆跡だ。

 封筒の中には事件の詳細を記した紙と、黒ボタンが一つ入っていた。よくよく目を凝らすと校章が刻まれている。僕らの制服に付いているものと同じだ。恐らくクライドのもので、外部の人間ではないだろう。学院の制服は、不正利用を防ぐため卒業時に返却しなくてはならないのだから。


「これ、手紙と一緒に返して頂けませんか? 友人のものかもしれないんです」


 僕の申し出に編集長は少し嫌な顔をしたが、リローが思い切り微笑んでみせると、渋々頷いた。


「仕方あるまい。ただ、このことは決して口外しないでほしい。私の信用が――」


「分かっていますよ、編集長。それと、また()()()でしたら、俺が来ますんで」


 意味深長なことを言い、リローは僕らを連れて部屋を後にした。建物から少し離れて、早速ジジがリローを問い詰めた。


「ねえリロー、一体、編集長と何をしていたの?」


「何って。痔だよ、痔。あの編集長、椅子に斜めに座ってただろ? たぶん切れ痔が痛くて真っ直ぐに座れないんだろうと読んで、俺がこっそり治してやるって提案してみたんだ。大当たりだった」


 リローは得意気にそう言った。よく思い付いたものだ。


「ああいう男ってプライド高いからさ、痔では絶対に病院なんて行かない。だから治してやる代わりに、垂れ込みの人物を教えてくれって頼んだわけ」


「へぇー! 確かに切れ痔も、切創みたいなものだもんね。治療方法は一緒か。止血と創部回帰で」


 ジジが医療科らしいことを言う。僕にはさっぱりだった。


「そうそう。さ、収穫もあったし、馬車を捕まえて帰ろうぜ! ベスのおごりで」


「屋台が開いてたら、甘いもの食べたいなー。ベスの奢りで」


 リローとジジは笑いながら軽やかに路地を進んでいく。今回の僕は何も出来なかったが、いい仲間がいて本当に良かった。じわりと胸を熱くしながら、僕も彼らの後を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ