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57、確認したいこと

 キルデと食事をした翌日の放課後、寮の部屋に戻ると彼から僕に手紙が届いていた。昨日の今日で一体何だろうと思いながら封を切ると、便箋には体裁の整った字でこう綴られていた。


『ベス、昨日は楽しい時間をありがとう。実は君と二人きりで話したいことがあって、取り急ぎこの手紙を書いたんだ。どうか怪しいと思わないで欲しい。昨夜、私にも事情があると君に言ったが、そのことに関係するんだ。君が養子であると聞いてどうしても確認したいことがあった。可能であれば3日後の夜7時、街中の『ケリグ菓子店』の前で待ち合わせ出来るだろうか。誠に勝手な頼みではあるが、このことは内密にお願いしたい。私の地位にも関わってくるので。返事を待っています』


 手紙を読み終え、興奮で鼓動が激しくなった。僕が養子であることに関係する……。もしかして、キルデは僕の両親を知っている、あるいは彼が父親? 年齢は45歳と言っていたし、おかしな話ではない。彼の地位にも関わるというのはよく分からないが、僕との繋がりを他人に知られると都合が悪いようだ。

 しかし、こんな上手い偶然があるのか――心のどこかで警戒していた。仮にグレーン乳児院の放火犯がキルデだったとしたら、この要求に応えた時点で一巻の終わりだ。僕は間違いなく殺されるだろう。彼が指定する日は、事件取扱期限が切れるまさにその日。事件を知る僕をほうむって、翌日から晴れやかな気分で日常に戻るなんてことは――。


「まさか……」


 声に出して呟いていた。さすがにキルデが犯人というのは妄想に近い気がする。第一、僕が乳児院の生き残りだとどうやって知ったというのだ。昨夜、彼は僕が養子だと知って驚いていたし、あの表情や言葉が嘘とは思えなかった。それよりは彼が実の父親とか、あるいは両親を知る人物という可能性の方が高い。

 何にせよ会って話せば分かることだ。僕は興奮も冷めやらぬ内に了承の返事を書いていた。少ししてキースが部屋に入ってきたが、キルデに依頼されたように手紙のことは黙っていた。



 それからの日々を気が急くような思いで遣り過ごし、ついにキルデと会う当日になった。時刻は18時半。僕は私服に着替え、街の書店で時間を潰していた。部屋にいると僕の不審な様子を必ずキースに気付かれる。だから人生最大と言っていいくらいに何でもないふうを装った演技をし、ノートが無くなりそうだから買ってくると言って部屋を出てきた。キースは僕にちらりと視線を向けて「ついでにカフェとかで息抜きしてきたら。ここ何日か、ベスにしては勉強漬けだったから」と言っただけだった。

 いつも気遣ってくれるキースに嘘を吐いたことで僕の胸は痛んだ。それでもその痛みより、両親のことを知れるかもしれないという期待の方が大きかったのだ。

 そろそろだと思い、僕は書店を出て約束のケリグ菓子店に向かった。細い通りにぽつんとある人気の菓子店だが、今は既に閉店時間を過ぎている。キルデがわざわざその店を選んだのは、人目に付きたくないからだろう。

 思った通り、街灯も少ないその一画はがらんとしていた。他に店もないから、近道として通り抜ける以外にそこへ入る人はいないのだ。僕は念のため周囲を警戒しながら菓子店の前に立つ。『本日は閉店致しました。またのお越しを』と書かれた立て看板を無意味に眺めながら、キルデの到着を待った。


「ベス」


 囁くような声で名前を呼ばれた。顔を上げると、薄闇に紛れてキルデがこちらへ駆けてくるところだった。一瞬、別人かと思った。今の彼はスーツではなく軽装で、髪型も撫で付けていない無造作なものだからだろうか。最初に会ったときに抱いたエリート銀行員という印象とはかなり違って、その辺にいる中年男性のように見える。


「エヴィングさん。誰かと思いました」


「はは、よく言われるよ。とりあえず来てくれてありがとう。手紙では了承の返事だったが、来ない可能性の方が高いと思っていたんだ」


 彼は安堵の表情で微笑んだ。


「どうしてですか?」


「こんな人気のない場所で夜に待ち合わせるなんて、どう考えても怪しいだろう?」


 そう言ってお茶目に肩をすくめてみせるのだった。その態度と、気になっていた部分を向こうから言ってきたことで、少し警戒心が薄れた。


「確かに怪しいと思いましたけど……」


「やっぱり。言い訳するなら、夜になってしまったのは私もなかなか仕事を抜けられなかったせいだよ。最近、顧客が増えて多忙を極めている」


 確か、彼はソーン銀行本店の渉外しょうがい担当と言っていた。これだけ信頼感のある人なら、任せられる仕事も多いのだろう。


「人目に付かない場所にしたかったのは、私が君を()()()()()と誤解されたくないからだ」


「え?」


 思わず聞き返した。僕の能力を買っているとかそういった意味ではない。もっと直接的な、犯罪を示す言葉だ。


「どうしてそんな誤解……」


「ついこの間、同業者が自警団に捕まったばかりでね」


 キルデはため息を吐いた。


「ソーン銀行ではないが、ちょうど私と同じ年代で、同じく渉外担当だった男だ。うら若い少年が好みという困った性癖の持ち主だったらしい。その事件があってからやたらと私に対する顧客の目が厳しいんだ。だから、街中で君と歩いている所を顧客の誰かに見られた日には……。いい迷惑さ、こっちは」


 彼は苦笑混じりに言った。同業者の失態で自分まで同じように見られるのは、確かに迷惑な話だと思う。僕ですら一瞬、彼もそうなのではと警戒してしまったくらいだ。


「大変なんですね」


「いやいや。君がここへ来てくれたんだから、それに勝るものはないよ。行こうか。馬車を待たせてある」


 彼はそう言って、通りの向こうを指で示した。


「どこへ行くんですか?」


「私の自宅に。落ち着いてゆっくり話したいんだ」


「どんな話ですか?」


 気が焦る。僕は早く聞きたかった。キルデの口から、僕の両親についての話を。

 彼はじっと僕の目を見て、言った。


「こんな場所で話すのは気が引けるが、まずは君に信頼してもらわねばならないか。こう言えば伝わるかな……、私は君と同じ目をした女性を知っている、と」



 馬車の中でもキルデは本題には触れなかった。どうしても腰を落ち着けて話したいらしい。状況に対するこだわり、というよりは固執しているようなその態度に、彼の性格の一端を見たような気がした。

 当たり障りのない話をしつつ、馬車は立派な屋敷の門扉の前に停まった。使用人が開けてくれるのかと思ったが、キルデは馬車から降りると自分でそこを開けて中に入っていく。


「どうぞ。使用人を待つのももどかしい。意外と私はせっかちでね」


 キルデは微笑んで、僕を門の中に招き入れた。月明かりによく手入れされた広い庭が映える。石畳の通路がその中央を玄関まで突っ切っていた。

 ふと、違和感を覚える。屋敷の窓に明かりがないのだ。彼は独り身ではないはずだが、この時間に家に誰もいないということがあるのか?

 僕は思わず立ち止まる。先を行くキルデが振り返り、怪訝な顔をした。


「どうしたんだい?」


「……家に、誰もいらっしゃらないんですか?」


「家族は旅行中なんだ。だからこそ今日、君を家に呼んだんだよ。不審に思っている顔だね」


 キルデの説明や態度に怪しいところはない。それでも、警戒心は増すばかりだった。


「家には入れません。ここで話してくれませんか。僕の、何を確認したいのか」


「そうか。やはり私の行動は怪しいだろうね……」


 彼は落ち込んだ表情になる。


「信じてくれと言っても難しいのはよく分かるよ。大切な話は二人きりの部屋で落ち着いて……という私のやり方には反するが、仕方ない。ここで話そう」


 それからキルデは、真顔に戻ってこう言った。


「教えてくれないかな、ベス。全て燃やしたはずなのに、どうして君だけ生きているんだろう」

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