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56、気さくな人

 考えても仕方がないこととはいえ、事件取扱期限を意識しないようにするのは僕にとって難しい話だった。毎日のようにカレンダーを見ながら、残り何日……と数えずにはいられない。もしかすると犯人も、自分が自由になる日を意識して過ごしているかもしれない。悔しさに歯噛みしたくなるような気分だった。

 それでも学院を卒業することを第一に考えて過ごし、期限が残り1週間を切った日のことだった。次兄のレイからいつものように夕食の誘いがあった。しかし、自宅への招待ではない。手紙にはこう記されている。


『ソーン銀行頭取の息子で、キルデ・エヴィングさんという人がいてね。俺を食事に誘ってくれたんだが、以前にベネディクトが魔術学院にいるって話を彼にしていたから、それなら是非一緒にと。リスカスのために頑張っている若者をねぎらいたいとのことだ。いいレストランでご馳走してくれるらしい。彼は本店の渉外しょうがいを担当するエリートだが、偉ぶった所が無くて、支店の職員にもよく気を配ってくれるいい人だよ。お前も気負わずに来てくれると嬉しい』


 キペルの大銀行であるソーン銀行、その支店がレイの職場だ。頭取の息子とくれば相当上の立場だが、支店の一職員を食事に誘うくらいだから、レイが言うように本当に偉ぶらない人なのだろう。

 日時は3日後の夕方だった。期限まで残り4日になる日か……と、僕はやはり考えてしまった。食事になんか集中出来ないかもしれない。それでも、断るとレイの立場を悪くしそうで気が引けた。喜んでと返事を書き、ため息を吐く。


「今日、4回目のため息だ」


 隣の机で課題をやっていたキースが、いつの間にか僕に顔を向けていた。


「人のため息わざわざ数えるなよ」


「3回超えたら声掛けようと思ってたから。で、どうしたんだ?」


「……うん。いつもの、兄からの食事の誘いなんだけど。なんか彼の職場の偉い人が、ご馳走してくれるんだって」


 そう言って、僕はそのキルデ・エヴィングについて説明した。


「へぇ。行ってきたら? いいレストランで食事なんて、学生じゃ到底無理なんだし。美味しいものでも食べれば少しは気分転換になるだろ」


 キースは賛成のようだった。確かに彼の言う通り、学生の分際で高級レストランなど利用出来るはずもない。そういえば、僕はスタミシアの高級レストランでラシャに食事をおごって貰ったことがある。まだ借りを返していないし、しばらく彼の顔も見ていないなと思った。


「……なるかなぁ。偉い人の前だぜ。粗相できないと思ったら緊張して、余計に疲れる気がする」


「いい人って書いてあるんだから大丈夫だ。考えすぎると()()胃炎になるぞ」


 その言い方に、僕は少しむっとして顔をしかめた。


「最初は誰のせいでなったと思ってるんだよ」


「俺だな」


 キースは真顔で即答する。僕らは顔を見合わせ、ぷっと吹き出した。鬱々とした気分が少し晴れた気がして、僕は彼の存在に感謝したのだった。



 約束の日の夕方、僕はレイの家に向かった。そこから一緒にレストランまで行く予定だ。彼は笑顔で出迎えてくれたが、その視線が数秒、いつもより長く僕の表情を探った。


「……どうかした?」


 そう尋ねると、レイは心配そうに言った。


「乗り気ではなさそうだなって。緊張してるのか?」


「そんなことないよ。緊張はしてるけどね。僕が変なこと言ったりしたらレイの出世に響くかもしれないし」


「本当に真面目だな、ベネディクトは。エヴィングさんはそんな人じゃないよ。もっと気楽でいい。世の中には自分の地位や権威をひけらかさない人だっているんだ。お前も社会に出れば分かる」


 レイは明るくそう言った。そのキルデ・エヴィングとやらは余程信頼されているのだろう。それに地位や権威をひけらかさないと聞いて、僕はチェス教官を思い出していた。彼女は元近衛団長という物凄い経歴を自分からは一切明かさない。確かにそういう人はいるのだ。

 渋々納得し、僕はレイと一緒に歩き出した。夕方の街は家路を急ぐ人、これから飲み屋(バル)に繰り出す人などで賑わっている。キペルは今日も平和らしい。時折、街を巡回する自警団の隊員の姿も見掛けた。


「そういえば、シェリーから聞いたか? あの子の恋人が父さんと母さんに挨拶しに来たって」


 歩きながら、レイが切り出した。


「うん、手紙来たよ。結婚決まったんだってね」


 数日前に貰った嬉しい報せだった。姉と魔導師との結婚を渋っていた父だが、実際に会って話して、その相手が信頼出来る人間だと判断したらしい。


「ああ。盛大にお祝いしないと。あとはお前とヒューゴとトニーが片付けば、父さんと母さんもようやく子育てから解放されるんだが」


 レイは笑った。


「何年後の話をしてるの?」


「ん? 結婚なんて案外あっという間だぞ。それにお前も恋人の一人や二人、いるだろう」


「いないよ」


 苦笑して顔を逸らした。今の僕ははっきりいって恋人どころではない。心を占めるのは、名前も性別も分からないきょうだいのことばかりだ。期限まであと4日……胸がずきりと痛んだ。

 レイは僕が恋人がいないことで傷付いたと思ったのか、ごめんと謝り、その後は無言でレストランまで歩き続けた。

 到着したのは『マローム』という高級レストランだった。キペルでは最高級の『ファム』に次ぐ場所だ。外装はそれほど華美ではないが、上品なこだわりを感じる二階建ての建物だった。


「やあ、ちょうど良かった!」


 入口の前で待つ僕らの方へ一人の紳士が駆けてきた。三つ揃いのスーツ姿で、ブロンドの髪はきっちりと撫で付けてある。柔和な笑顔だがどこか鋭さを感じる、一目でエリートと分かるような男性だった。40代くらいだろうか。


「こんばんは、エヴィングさん。こちらが以前話していた弟のベスです。彼が、キルデ・エヴィングさん」


 レイは僕とキルデを双方に紹介する。僕が会釈すると、彼は人懐っこい笑みを見せ、僕に握手の手を差し出した。


「わざわざ来てくれてありがとう、ベス。魔導師を目指す学生と聞いて是非会いたかったんだ」


「あ、はい、光栄です……」


 恐縮しながら握手を交わす。柔和に細められたその薄茶色の目で、キルデはじっくりと僕の顔を観察しているような気がした。


「さあ、行こうか。夕食は一日の中で最も楽しみな時間だ」


 ぱっと僕の手を離し、キルデは軽やかな足取りで中へ入っていく。彼は全ての行動がてきぱきとしている。凝視されたと感じたのは、僕の気のせいだったのだろうか。

 中には個室が用意されていて、僕らはそこで会話をしながら一通りの食事を済ませた。レイが言うように、キルデは本当に気さくな人だった。というより人たらしだろうか。誰もが彼に好意的にならざるを得ない何かを持っているのだ。

 僕もすっかり打ち解け、学院生活について色々と話した。キルデは興味深く頷き、何度も感心したように僕を誉めた。


「まったく素晴らしい。自慢の弟だね、レイ」


「ええ、本当に。自ら過酷な道を選んで、我が弟ながら凄いと思います」


 少し酒が入っているせいもあるが、レイが謙遜せずに誉めてくれるのが照れ臭かった。少しして彼がトイレに立ち、部屋には僕とキルデの二人きりになった。


「レイも君にとって自慢の兄だろう、ベス。彼の働きぶりにはいつも感謝しているんだ」


 キルデは僕に微笑んだ。


「ところで、君の家はきょうだいが多いと聞いたが……君は何番目だったかな?」


「四男ですが、姉が2人いるので6番目になります」


「そうかそうか。変なことを聞くが、その目の色はきょうだいそれぞれ違うんだろうか」


 彼はじっと僕の目を見た。他人からしたら、ここまで兄と色が違うとやはり気になるらしい。適当に誤魔化すことも出来たのに、彼が人たらしなせいだろうか。僕は本当のことを話していた。


「僕だけ、違います。養子なんです」


 キルデの目に驚きが浮かび、すぐに申し訳なさそうな表情になる。


「ああ、これは余計なことを……。許してくれるかい。とても綺麗な色だと、そう言いたかっただけでね」


「気にしないでください。僕が唯一気に入っている点でもありますから。他はぱっとしませんけど」


 そう言って笑った。以前は家族の誰とも違うこの目が嫌いだったが、血の繋がったきょうだいと同じ色だと知ってからは、むしろ誇りに思っていた。


「いい笑顔だ。うん……」


 そう言って、キルデは急に目元を押さえて横を向いた。泣きそうにでもなったのだろうか。しばらくして彼は僕に向き直る。その目は微かに赤い。


「失礼、私にも色々と事情があって……。気にしないでほしい。歳を取ると誰しも涙(もろ)くなるものだからね」


 キルデは悲しげに笑うと、グラスに残っていたワインを一気に飲み干して小さく息を吐いた。そして何事もなかったかのように、部屋に戻ってきたレイに話を振ったのだった。

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