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55、寂しさ

 全力で放火犯の確保に当たりたいところだが、はっきり言うと自警団は15年も前の事件に時間を割く余裕がない。つまり、このまま事件取扱期限が過ぎる可能性が高い――フィルは僕にそう説明した。

 納得は出来なかったが、僕は理解もしていた。過去の未解決事件よりは、例えば僕らが先日巻き込まれた『蜥蜴とかげ』に関する事件の方がよっぽど重要だ。自分だって死にかけたのだから、蜥蜴のように治安を乱す組織がどれほど危険なのかは身をもって知っている。自警団がそれらの事件に掛かりきりになるのは必然に思えた。

 最後に僕がスタミシア支部のデイン医長の診察を受けることについて説明され、話は終了した。今回、きょうだいの存在を知れただけでも大きな収穫と言えるが、僕は胸に何かもやもやとしたものを抱えながら聴取室を出ようとした。


「ベス」


 ドアノブに手を掛ける寸前、フィルに呼び止められた。振り返ると、彼は微かに表情を歪めてこう言った。


「……辛い思いをさせて、ごめんな」


 なぜ彼がここで謝るのか、少し腑に落ちなかった。ただ上から指示を受けて僕に真実を説明しただけではないのだろうか。一瞬、第二隊として自警団への批判を逸らそうとしているのかとも思ったが、彼のその表情や言葉は本心から出たもののようだった。

 廊下に出ると、そこで待っていたチェス教官がじっと僕の顔を見た。泣き腫らした目はさっきルカに治して貰ったから、顔はいつも通りのはずだが。


「……帰りましょうか。君は昼食もまだでしたね」


 チェス教官はそれだけ言って、部屋でどんな話をしたのかについては触れなかった。


「いえ、食欲はないです……」


 そんなことを言うと心配させると分かっているのに、ばか正直に答えてしまった。疲れているのかもしれない。


「では、なおさら早く帰らなければ。キースと話せば少しは食欲も出てくるはずです」


 確かに彼女の言う通り、僕は誰かにこのどうしようもない気持ちを打ち明けてしまいたかった。真実を知ることが出来て嬉しい以上に、何か虚しいという気持ちを。


「……ここで聞いたこと、キースに話してもいいんですか?」


「自警団に口止めはされていませんし、全て君自身のことですから。君に任せます」


「でもまず、教官に話さないと……」


「もちろん私も詳細は知りたいですが、君の心を落ち着かせるのが先ですよ、ベス。グルー教官がまた心配してナシルンを送ってきましたから、とにかく学院に戻りましょう」


 グルー教官の件を彼女が若干迷惑そうに言ったので、僕は思わず笑ってしまった。


「笑う元気が残っていて何よりです。行きますよ」


 ほっとしたように表情を和らげ、チェス教官は歩き出した。



 午後の2限目の授業には間に合ったので、僕は級友たちに心配されながらもそれに出席した。ようやく放課後になり、僕はキースがいる医療科の棟へ走る。しかし彼も僕を探していたのか、途中の廊下でばったりと顔を合わせたのだった。


「ベス。戻ってきたとは聞いていたけど、授業受けてたのか?」


 キースは微かに顔をしかめた。休むべきだったと思っているに違いない。


「うん。体調も問題ないし。これでも首席目指してるんだから、休んでばかりいられないだろ?」


「授業に集中出来ないなら受けてないのと一緒だ」


 キースは僕の目を見てぴしゃりと言った。実は彼の言う通りで、考え事に没頭してノートもまともに取れていなかった。


「……分かる?」


「ああ。自警団でどんな話を聞いたのか分からないが……泣いたな?」


 彼は僕をからかうように口の片端をちょっと上げる。僕は自分の目元に触れつつ、苦笑した。


「ルカ医長に治して貰ったのに、なんでばれるかな」


「雰囲気で。……話ならいつでも聴くけど。そのために俺を探してたんだろ」


 彼の優しさにじわりと胸が熱くなる。と同時に、からかい返してやりたくなった。


「今の言い方は少し自信過剰だと思う」


「どんな臭い台詞でも、見た目が良ければ許される」


 真顔でそう返されて面食らっていると、彼はぷっと吹き出した。


「……って、ジジが言ってた。そんなことあるか?」


 僕も思わず笑って、こう返した。


「無くはないよ。僕が言ったら引かれるような台詞も、キースが言えば黄色い声が上がるだろうしさ」


「なるほどね」


 否定しないところが憎らしいが、彼が多少の欠点は許されてしまうくらいに美形なのは事実だ。……メニ草畑という地獄にいた凄惨な過去すら覆い隠してしまうほどに。


「……行こうか。俺も実は、ベスの話を早く聴きたかったりする」


 キースはじっと僕の目を見てそう言い、寮の方向を顎でしゃくった。僕は頷き、二人で無言のまま部屋へ向かった。

 部屋に着いてドアが閉まるなり、僕は早口に言った。


「双子のきょうだいだったんだ。放火事件のときに僕を助けてくれたのは。性別は分からないけど、でも僕と血の繋がった家族に違いないって。目の色が同じだったって、ルカ医長が教えてくれた」


 せきを切ったように言葉が溢れ、同時に涙も溢れた。せっかく治して貰った目もまた腫れるに違いない。


「だから、僕には2人分の霊態タイプがある。自分のと、その子のものと。魔力が全部移るくらい、その子は必死で僕を生かそうとしてくれたんだ。僕は、……ごめん」


 一方的に喋りすぎたかと不意に冷静になった。キースは首を横に振り、言った。


「いいから、話して。前にも言っただろ、ベスが俺を助けてくれた恩は忘れていないって。話ならいくらでも聴くよ」


「ありがとう。……僕は、あの事件を起こした犯人が憎くて堪らない。やったこと全てが許せないけど、僕の家族を奪ったことが特に。それなのに、事件取扱期限があと11日しかないんだ。もう少し逃げ切れば犯人は何一つ裁かれず自由の身になるなんて、そんな酷いことがあるか? 何人も殺して、火まで放って、何の罪もない人たちを誰が誰だか分からない状態にさせた奴が」


 僕は涙も流れるままにキースに訴えた。それが、真実を知って僕が抱いた虚しさの原因だ。『許せない』という一言ではとても足りないほどの怒りを覚えているのに、自警団が確保出来ない犯人を自分の力で捕まえるなんて出来るはずもない。このまま時間が過ぎるのを待つしかないのが、身悶えするほどに虚しかった。

 キースは僕の言葉の全てを受け止めるように頷き、優しい声音でこう言った。


「その涙の理由が分かるとは言わないけど、ベスにとってその子が掛け替えのない……言ってしまえば、半身みたいな存在だってことは分かるよ。君は二人で一人。でも君はそれが嬉しくないんだ。その子に生きていて欲しかったと、誰よりも思っているだろうから」


 彼は僕よりも僕の心を分かっているのではないかと思った。まさにその通りだ。僕はその子の魔力を受け継いで生きていきたかったわけじゃない。一緒に生きていたかった。


「……うん。例え両親がいなくてもその子がいれば、僕は苦しくなんてなかった。今さらだけどそう思うんだ。同じ景色を見たり同じ物を食べたりして、笑い合って……、当たり前に出来ていたはずのことをどうしても想像してしまう。犯人に奪われなければ、そんな未来があったはずなのに」


 こんなに話しているのに、最も伝えたいことは上手く言葉に出来ない。もしかしたら自分でもよく分かっていないのだろうか。喉に何か引っ掛かっているようで、苦しかった。

 キースは小さく頷きながら僕の話を聴いてくれた。そして、こう言った。


「複雑に考えなくていい。君は寂しいんだよ、ベス」


「寂しい……」


 口にしてみると、不意に喉の引っ掛かりが取れた気がした。


「そう。いるはずのその子がいなくて寂しい。……他の誰もその子の代わりにはなれないけどさ、俺はベスの本音を聴いて、慰めることくらいは出来る。友達として」


「……これ以上泣かせようとするなよ」


 情けないくらいに声が震えていた。どちらかというと、嬉しさで。それを察したのか、キースは微笑み、ポケットからハンカチを取り出して僕の顔にぐいと押し付けたのだった。


「じゃあ泣き止め、ほら」


「乱暴者」


「多少の乱暴も顔が良ければ許されるんだってさ」


「いや、さすがに許されないから」


 笑いながら言い合っていたその時だった。キースが突如、自分の頬を勢いよく叩いた。


「えっ、どうしたの」


 僕が目を丸くしていると、彼は掌をじっと見て言った。


「蚊がいたかも。あの嫌な音、聞こえた気がしたんだけど」


「まあ、夏だしね……」


「誰かさんが窓を開け放ってくれたおかげで、蚊も入り放題だしな」


 僕が窓を破壊したことをいじっているのだ。この野郎と思ったが、もういちいち突っ込むのも野暮だと思った。キースは僕を笑わせようとしてくれている。それだけで有り難かった。


「……あ、痒い」


 首の後ろがじわじわと痒くなってきた。どうやら本当に蚊がいたらしい。


「キース、虫刺されって治せる?」


「そんな魔術はない」


「嘘吐くな」


 もしきょうだいが生きていたら、こんなふうに軽口を叩き合って笑っていただろうか。切なさを感じながらも、こんな友人がいるなら、少なくとも僕は不幸ではないと思えたのだった。

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