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52、正体

「キース、リロー、もうすぐ昼休みは終わりますよ」


 チェス教官は僕らの側へ来ると、二人に向かって穏やかにそう言った。席を外せという言外の圧力を感じる。二人は素直に従い、医務室を出ていった。

 僕は彼女の後ろにいた自警団の隊員に目を移す。見目麗しいその青年は、以前お世話になった第二隊のフィルだった。


「久しぶりだな、ベス」


 彼はそう言って魅惑的な微笑みを見せた。流石は第二隊員、人を一瞬で惹き付けるような表情をする。


「はい、その節はお世話に……。あの、どうしてフィルさんが?」


 僕は当然の疑問をチェス教官に投げ掛けた。


「キースからグレーン乳児院についての話を聴いて、自警団に確認を取りました。第二隊は自警団が持つ全ての情報を管理する隊ですから、当然、君のことも把握していたわけです」


 彼女のその言い方にやや不満が含まれているのを、フィルは感じ取ったらしい。彼の眉間が微かに動いた気がした。

 何か心に引っ掛かるものを感じて、僕はフィルに尋ねた。


「つまり、父と僕が本部に呼ばれて説明を受けたあのとき、あなたは僕が放火事件の生き残りだと既に知っていたんですね?」


 責めるような言い方をしてしまうのは、彼ら、つまりあの場にいたエスカとフィルに嘘を吐かれたように感じたからだ。僕と父のやり取りを聞いて「仲がいいんですね」なんて、本当の親子でないことを知りながら白々しいことを言ったりして。

 僕はフィルの目をじっと見た。情報戦で百戦錬磨の彼らに嘘を吐かれても僕に分かるはずがないが、それでも彼の本心を知りたかった。フィルは冷静な表情を崩さず、言った。


「正確に言うなら、俺がそのことを知ったのはキースの失踪事件が起きてからだ。放火事件当時はまだ魔導師ではなかったし、第二隊だからといって自警団が扱った全ての事件を把握しているわけじゃない。……あの場にわざわざ君を呼んだのは、本当に事件で生き残った子供なのかを確認するためだった。エスカ隊長の指示で」


「エスカ隊長の……」


 初めて彼に会ったのは、僕がキースの失踪事件で本部に呼ばれたときだ。父が説明を受けた際は二度目だった。


「隊長は君と初めて会ったときに、追跡の魔術を応用して君のことを探った。これは隊長が初対面の相手全員にやることだから、悪く思わないでくれ。隊長はそこで、君が()()()の魔力の霊態タイプを持つことを知った」


「二人分?」


 なぜそんなことになるのだろう。その人の声や匂いと同じように魔力にも個性があって、それが霊態だ。例え双子でも同じ霊態というものは存在せず、基本的に一人一つの霊態を持つ。

 フィルは医務室の中を見回し、また僕を見た。


「君が嫌でなければ、本部で落ち着いて説明したいんだけど」


 こんな短期間に、僕は何度自警団本部に行けばいいのだ。自分が悪事を働いたわけでもないのに。困惑してチェス教官を見ると、彼女は僕に頷いてみせた。


「大事なことです。私も側に控えていますから、大丈夫ですよ」


「……迷惑ばかり掛けて、すみません」


 何となく教官と目を合わせられず、うつむいた。


「無用な心配です。それに、私も気になりますからね。ベス・ガレットという、友達思いでやたらと根性がある生徒の正体は」


「チェス教官……」


 思わず顔を上げると、彼女の優しい笑顔が見返していた。僕は恥ずかしながら、涙ぐんで鼻をすすってしまったのだった。



 制服に着替え、僕は何度目になるか分からない自警団本部へ足を踏み入れた。第二隊の部署がある区域に入ると、すれ違うのはそれはもう見事に美形の隊員ばかりだった。容姿だけでなく佇まいまで洗練されているのは、日々の訓練の賜物たまものなのだろうか。

 聴取室には僕とフィルだけが入り、チェス教官は廊下で待機している。机を挟んで向かい合わせに座ると、フィルは部屋の時計を見て誰かを待っているようだった。確かに、彼の横には席がもう一つある。誰が来るのだろう。

 少し経って部屋のドアがノックされ、白衣姿の医務官が入ってきた。


「待たせてすまなかった。隊員の処置に時間が掛かって。……久しぶりだな、ベス。胃の調子は大丈夫か?」


 そう言って僕に微笑むのは、医長のルカだった。僕が調子を崩したときのために来てくれたのだろうか。いや、それならわざわざ医長でなくてもいいはずだ。

 疑問が顔に出ていたのか、フィルが説明した。


「医長は関係者なんだ。グレーン乳児院放火事件の」


 その言葉でルカの表情にさっと影が差す。キースが以前言っていた。ルカはあの事件で乳幼児の遺体の検案に関わったと。凄絶な経験だったに違いない。

 無言のルカをよそに、フィルは続けた。


「俺が魔導師になったのは事件の後だから、どうしても聞いた話を伝えるだけになってしまう。君に説明をするに当たって、事件に直接関わった人間が必要だと隊長が判断した。……始めようか。君に二人分の霊態タイプがあるってところまで話したな」


 そう言われ、僕は姿勢を正した。第二隊、ひいては自警団に抱いてしまった不満や不信感はとりあえず忘れておくことにする。今は何よりも真相を知りたい。


「はい」


「今朝、君の魔術によって寮室の窓が破壊されたのは、その二人分の魔力のせいだと思っていい。あの窓は普通、学生の魔術程度で壊れないように作られているから」


 それは初耳だった。彼は続ける。


「一つは君自身が本来持っているもの、もう一つは……」


 フィルはどこからか雑誌を取り出して僕の前に置いた。グレーン乳児院放火事件について書かれた、あの雑誌だ。ルカは表紙の煽り文『酸鼻を極めたグレーン乳児院放火事件、その後を追う』をちらりと見て、また表情をかげらせた。


「キースから、君がこれを読んで失神したということも聞いている。内容は覚えているかい?」


「あ、はい……」


 あれから何度も繰り返し読んだのだ。ほぼ暗記していた。


「そう。それなら話が早い。君が持つもう一つの霊態は、この記事にあるようにあの放火事件で君を助けた()()のものという可能性が高い」


 フィルの言葉で心臓が跳ね上がった。僕が知りたかった真実を、彼は知っているのだろうか。生後3ヶ月の赤子だった僕を自分の命と引き換えに助けてくれた存在。僕のきょうだいなのか、あるいは赤の他人なのか。年齢は? 性別は?

 一生知ることは出来ないと思っていた真実に、もう少しで手が届く。興奮が背中を駆け抜けていくような感覚だった。椅子から半分腰が浮いていたかもしれない。


「その、誰かっていうのは……?」


 僕は乾いてくっついた唇を引き剥がし、尋ねた。フィルは一度ルカと顔を見合わせてから、僕の目を見て答えた。


「確定しているのは、当時の君と同じ生後3ヶ月の赤ん坊だったということだ。性別は不明だが、ベッケンス博士の持論から考えると……君の双子のきょうだい、というのが最も有力な説だな」

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