5、ゴシップ
僕はラシャと一緒に本部の食堂へ向かった。まだ昼食には早い時間だからか、他の隊員はほとんどいない。僕はカウンターでおずおずと食事のトレーを受け取り、彼と端の方の席に着いた。
「さあ、どうぞ。美味しいものを食べれば元気になれる」
ラシャは笑顔で僕に食事を勧めた。今日のメニューは具沢山のトマトスープとパンらしい。僕が遠慮がちに食べ始めるその間に、彼はパンを次々に千切ってスープに放り込んでいた。そしてスプーンでかき混ぜると、あっという間に胃の中へと掻き込んだのだ。器が空になるまで1分と掛からなかったかもしれない。想像を超える早食いだった。
「……ふぅ、美味しかった。あ、ダメだよ、素人がこの食べ方を真似したら。自警団にいるとゆっくり食べている暇がないことも多いから、つい早食いになっちゃってさ。マナーを気にするのなんて第二隊の人たちだけだ」
「うちの隊の悪口か、ラシャ・アモンズ」
背後の声に、僕はぎくりと振り向いた。背の高い、ぱっと目を引くような美しい男性隊員が立っている。40代、いや、もう少し若いだろうか。彼が第二隊であるのはその容姿からも明らかで、しかも、襟章は隊長のものだった。
「お、お疲れ様です」
僕は思わず立ち上がって敬礼した。その隊員はふっと優しい笑みを漏らし、からかうようにこう言った。
「学生君、学院で何をしでかしたんだ?」
「彼は参考人ですよ、エスカ隊長」
ラシャが説明した。
「友人が行方不明なんです。カイ副隊長が事件を担当しています」
「ああ、例の失踪事件か。で、肝心のカイはどこに?」
「無垢な労働者についての連絡が入って、行っちゃいました。たぶん帰ってきませんね」
ラシャは他隊の隊長に対してずいぶん砕けた接し方をするようだ。このエスカ隊長とやらが怒るのではないかと僕は冷や冷やしたが、彼は少しも不快そうな顔をしなかった。
「それで学生君は置いてけぼりになった。君、名前は?」
エスカが僕に視線を向けた。
「はい、ベネディクト・テディ・ヘイデン・ガレットです。ベスと――」
「君の苦労が分かるよ。どんな書類も名前を書く欄が小さすぎる」
僕がいつもの台詞を言い終える前に、エスカはそう言った。まさにその通りで、本名を書く書類は大抵、欄からはみ出したり二行になったりする。
「でも安心しろ。自警団に入って略称を登録すれば、そっちを使える。それまでの我慢さ。じゃあな、ベス。カイが関わっているなら、友人はきっと見付かるよ」
エスカは僕の肩を軽く叩いて去っていった。捉えどころのない、けれど魅力的な人だった。そして、カイが彼に信用されているということも分かった。
「座ったら? そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。ある程度の礼節があれば自警団ではやっていける。近衛団はちょっと厳しいかもしれないけどね。王族に仕えているわけだから」
ラシャに言われて、僕は椅子に腰を下ろす。食事はまだ手付かずだが、緊張のせいか食べる気がしなかった。
いや、緊張ではないかもしれない。やっぱりクライドのことが心配なのだ。ちゃんと食事は摂れているのか、誰かに命を狙われているなんてことはないのか。失踪しなければならない程のことがあったなら、なぜ僕に一言も話してくれなかったのだろう。
そんなことをぐるぐる考えていたら、勝手に涙が滲んだ。
「ベス、どうしたの?」
またラシャを慌てさせてしまった。申し訳なくて、すぐに目元を拭った。
「大丈夫です。すみません」
「……話してごらんよ。記録には残さないからさ」
ラシャは優しい顔で僕を見ていた。初対面のときこそ疑ってはいたが、それは話を引き出すための技などではなく、彼の人柄なのだと思える。自然と口が開いた。
「僕はクライドに信頼されてなかったのかと思って。失踪するほどに困ったことがあったなら、少しでも僕に……何の役にも立てないかもしれないけど、話して欲しかったんです。僕は彼を、大切な仲間で友人だと思っているから」
「そっか。でもね、彼は君のことが心配だったのかもしれないよ。優しい人なんでしょ、クライドって。僕だったら君みたいに真っ直ぐで一生懸命な人は、まず最初に巻き込みたくないって思うな」
ラシャはそう言った。
「僕、そんなに真っ直ぐで一生懸命……ですか?」
「うん。チェス教官からもグルー教官からもそう聞いてるし、実際に話してみて僕もそう思う。自信を持ちなよ、ベス。君は十分、人から信頼される人間だ」
にっこりと笑いかけられ、僕は嬉しくて余計に泣いた。
結局、昼食を食べ終えてもカイは戻って来ず、僕は学院に帰されることになった。ラシャが学院まで送ってくれて、その道中、彼自身の話をいくつか聞いた。
彼が新人として配属されたのはスタミシア支部の第七隊で、そこにカイがいたこと。カイは地方の駐在員だったため顔を合わせる機会はあまりなかったが、その2年後、彼が立てた作戦でスタミシアのメニ草畑が何ヵ所か潰され、そこで働かされていた40名を超える子供たちが救出されたことなど。
ラシャはすっかりカイの虜になり、彼を目標に頑張って来たのだという。カイはその後すぐに元いた第一隊へ戻り、ラシャも遅れること3年、ようやく第一隊に異動することが出来たそうだ。
学院に着いてラシャと別れ、玄関に向かう。入れ違いで中年の男性が出ていく所だった。憔悴しきった顔だ。中に入るとチェス教官がいたので、思い切って聞いてみた。
「チェス教官、今の、もしかしてクライドのお父さんですか?」
「無事に戻りましたか、ベス。ええ、そうです。事情を説明していました」
チェス教官は答えた。
「お父上も、クライドの失踪については何も思い当たることがないそうです。家にも戻っていないと」
「そうですか……」
クライドの父は確か医務官で、キペルで診療所を営んでいるはずだった。クライドはいずれそこを継ぐ気でいると話していた。家族も知らないとなると、彼は本当にどこへ行ってしまったのだろう。
「疲れたでしょう。部屋で休みなさい。もちろん、綺麗にしてありますから。午後の学課も休んで構いません。他の生徒と話すことも許可します。もし何か気付いたことがあれば、私かグルー教官に話すこと」
チェス教官はそう言って、去っていった。僕が寮へ向かって廊下を歩いていると、後ろからバタバタと足音が追い掛けてくる。ジジとリローだった。
「ベス! 無事だったか! 酷い目に遭わされなかったか?」
リローが僕の両肩を掴んで揺すった。
「自警団に連行されたって聞いて、心配してたんだよ。尋問されたの? 大丈夫?」
ジジが目を潤ませる。二人とも、何か勘違いをしているようだった。
「大丈夫だよ、落ち着いて。話を聴かれただけだから。自警団の人たち、みんな優しかった」
「良かったぁ」
リローとジジは声を揃えた。よっぽど心配してくれたらしい。素直に嬉しかった。
「そういえば二人とも、授業は?」
「午前中が病院実習だったから、午後はレポートを纏めるだけ。だから皆で、クライドを見付ける手掛かりを探そうってなってさ。ベスも混ざる?」
「もちろん!」
彼らがクライドを探していることも、自分に出来ることがあるのも嬉しかった。僕らはまず校舎の裏庭に向かった。そこに、解体されたであろう鹿を繋いでいた小屋がある。裏庭にはそれ以外に、医療科が育てている薬草の畑、あとは畑の道具をしまう小さな倉庫だけがあった。小屋の向こうはすぐ薄暗い林になっていて、昼間でも不気味な雰囲気が漂っていた。
しかし、小屋では何の手掛かりも見付けられなかった。他の場所を探していた医療科の生徒たちも、収穫なしだ。僕はがっくりと肩を落として寮へ戻った。
夕刻、食堂にいた僕の所へリローが駆けてきた。手に小さなビラを持っている。それを僕の前のテーブルに置き、隣の椅子に腰掛けた。
「ベス、これ見たか? 街で配られてた」
僕はビラに目を通し、大きく印字されたそのタイトルに目を見開いた。
『怪異! 魔導師の卵、血塗れの部屋から失踪、黒魔術か!?』