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48、蜥蜴

 目の前で死にかけている人がいる。しかし自分も殺されかけている。これは僕が学生の分際でしゃしゃり出た罰なのか――。

 恐怖で血の気が引き、頭の中で走馬灯が流れそうになったその瞬間、後頭部に突き付けられていた銃口の感触が不意に消えた。


「もう動いて大丈夫ですよ」


 背後から女性の声がした。同時に目の前の車両が大きな音を立ててひっくり返り、下敷きになっていた男性が数人に運ばれていった。

 だらだらと冷や汗を流しながら振り向くと、宙に浮いたランタンの明かりに紺色の自警団の制服が照らされていた。

 助かった。救難信号に気付いた自警団が駆け付けてくれたのだ。喧騒の中でランタンの明かりがいくつも揺れている。隊員たちが事態の収拾に動き回っているのだろう。


「あ……」


 急に膝の力が抜けたところを、その若い女性隊員が腕を掴んで支えてくれた。茶色の髪を肩の辺りまで伸ばした、一目で明るい人だと分かるくらいに目が輝いている女性だった。


「おっと……、歩けそうですか?」


「あのっ、そこの貨物車両に爆発物が……!」


 僕は女性隊員に寄り掛かった情けない格好になりながらも、必死で伝えた。彼女は微笑み、穏やかに言った。


「大丈夫。確かに中身は火薬だったけど爆発はしないよ。あれは君たちの魔術かな。おかげですぐに対処出来た。魔術学院の生徒だよね? 優秀、優秀。乗客の避難に安全確保、怪我人の救護……学生だけでこんなに迅速に出来るなんて。あ、私はスタミシア支部第五隊のアシュリー・アモンズ。よろしく。行こうか」


 彼女は僕に喋る隙も与えず、線路脇で隊員たちが集まる場所に連れていく。数名の監察部の隊員に混じって、白衣姿の医務官が2人ほどいるのが見えた。

 僕が振り返って現場を見ようとすると、「駄目だよ」とアシュリーがすかさず止めた。


「君はさっきのことを忘れるように努めないといけない。そうじゃないと、これから先も尾を引くからね。ほら、まだ手が震えているでしょう?」


「はい……」


 確かに僕の手は震えていた。後頭部に当てられた銃口の冷たさと、殺されかけたときに感じた死への恐怖がまだはっきりと残っているせいだ。


「まだ子供なんだから、こんな目に遭ったら怖くて当たり前だよ。無理に受け入れようとしては駄目。今日何が起こったのかは、君が落ち着いたら説明するけど……シーズリーさん、お願いします」


 アシュリーは僕を医務官の1人に引き渡し、彼に何か耳打ちして去っていった。シーズリーと呼ばれた40代くらいの医務官は、僕に優しく言った。


「大変だったね。少しだけ目を閉じて。痛くはしないから」


 言われた通りにすると、額に指が当たる感触があった。そして不思議なことに、さっきまでの恐怖が薄れていた。手の震えもぴたりと止まっている。


「もう目を開けていいよ。気分は?」


「良くなったような……、何をしたんですか?」


「少し心を落ち着ける治療を。応急処置だけどね。君、名前は?」


 シーズリーはやけに僕の顔を凝視する。何かおかしいのだろうか。


「ベス・ガレット、魔術学院の二年生です」


「……ベス、君は以前に精神の治療を受けたことがあるかい?」


「え?」


 どきりとした。グレーン乳児院の記事を読んで失神したことをキースに話したときも、彼に同じことを言われた。放火の現場を見てしまったからではないかと。


「何か、その……痕跡があるんですか?」


「かなり昔のものだけどね。今でも残っているくらいの強力な魔術だ。まあ、私が詮索することではないか。気にしなくていいよ、君に異常はない」


 シーズリーは笑った。そのとき、向こうから走ってくる人影があった。まだ手を血にまみれさせたままのキースとリローだ。


「シーズリーさん!」


 リローが息を切らしながら言った。医療科の生徒は自警団の医務官にも指導を受けたりするから、彼を知っていてもおかしくはない。


「君たちもいたのか。とにかくその手、綺麗にしなさい」


 シーズリーが軽く指を振ると、二人の手はすぐさま綺麗になった。


「横転した車両にいた怪我人を救護していたんです。軽症17名、重症2名、応急処置はしました。後の治療をお願いします」


 キースが淡々と報告するが、その顔には疲労が浮かんでいる。たった二人でそれだけの数を治療したのだから、疲れるはずだ。シーズリーはリローに伴われて前方の車両へ向かい、キースはその場に残った。


「ベス、大丈夫だったか? なんか自警団に捕縛されてる人間がいるみたいだけど……」


 僕が銃口を向けられていたことを知らない彼は、不思議そうに横転した車両の方を見ていた。


「君たち、準備が出来たのでこっちに」


 アシュリーが戻ってきて、キースに目を向けた。


「君も学生でしょう。()()に関わった魔術学院の生徒は事情聴取も兼ねて一旦スタミシア支部へ、と上から指示があったの。大丈夫、尋問なんてしないよ」


 彼女は僕らを安心させるように笑った。しかし、事件とはなんだろう。これから説明してもらえるのだろうか。


「さ、行こう。運び屋で支部までひとっ飛び!」


 明るく言うアシュリーに従って、僕らは何も分からないままスタミシア支部に移動した。



 僕とキース、リロー、そしてユーリスとマックとキアラの計6名は、支部の一室に集められた。応接室のような場所で、三人掛けのソファが2台、低いテーブルを挟んで向かい合わせに置かれている。お茶と菓子まで用意されていて、僕らはまるでお客様扱いだった。


「座り心地、最高。寝そう……」


 リローがソファに深く身を沈めて、ふぅと息を吐いた。彼もキースと同じように怪我人の治療で疲れているのだろう。二人は僕を真ん中に挟んでぐったりしている。


「私、何が起きたのか未だに分からないんだけど……」


 向かいに座るキアラが呟き、お茶を啜った。


「何かが爆発して、ベスたちの乗っていた車両とその後ろの貨物車両が横転した。で、貨物の中身は小麦と綿花……だと運転士は思っていたけど、実際は火薬だったってことでしょ?」


「一歩間違えば火薬に引火して大惨事だったな。吹っ飛ばされた君らにしたら、あれでも十分大惨事だけど」


 ユーリスが僕とキースを見て言い、マックが頷いて同意した。


「無事で良かったよ、ほんとに。……というか、夏期休暇の終わりにとんでもないことに巻き込まれちまった。今何時だ? 誰か学院に連絡してくれてるかな?」


 全員が部屋の時計を見た。時刻は19時を過ぎる頃で、窓の外は暗闇だ。寮の門限は21時、今から急いでも確実に間に合わない時間だった。

 ふと、耳慣れた足音が廊下から聞こえた気がした。僕を含めた監察科の生徒たちは勝手に背筋が伸びる。一斉にドアに目を向けると、思った通りチェス教官が入ってくるところだった。

 彼女は早足で僕らの側へ来ると、一人一人の顔を見て安堵したように息を吐く。次いで、生徒には滅多に見せない優しい笑顔を見せたのだった。


「全員無事でしたか。良かった」


「チェス教官……」


 キアラが泣きそうな声を出した。多かれ少なかれ、この場の全員が似たような気持ちのはずだ。何も分からず戸惑っているところに、彼女が来てくれた安心感といったらない。


「君たちが事故……いえ、事件現場で適切な行動を取ったことは支部の隊員から聞いています。よく頑張りましたね」


 チェス教官は言った。しかし全員が、その言葉の一部に引っ掛かっていた。


「チェス教官、事件ってなんですか?」


 マックがすかさず尋ねる。教官は真顔に戻り、言った。


「今回の爆発は『蜥蜴とかげ』の犯行である可能性が高い、ということです。反魔力同盟の後継組織ですよ」

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