47、絶体絶命
自分達の真上に座席が見える。そして僕ら乗客は、天井だったはずの場所に折り重なるように投げ出されていた。薄闇の中で呻き声が響く。あちこちで光って見えるのは割れた窓ガラスの破片か。乗客の顔や体に付いている黒ずんだ色は血だろうか。
乗っていた車両が横転した――混乱する頭で、それだけは分かった。
「う……」
自分の体の下で呻き声が聞こえ、我に返る。僕は誰かを下敷きにしているようだ。慌てて退けると、そこにキースがいた。
「キース! 怪我は?」
「大丈夫だ。何が……」
彼は体を起こし、目の前に広がる惨状に言葉を失った。が、流石は医務官志望と言うべきか、すぐさま乗客の救護に取り掛かろうとする。僕は手近にあった壁付けのランプをもぎ取り、魔術で灯を点して宙に浮かせた。早口にありがとうと言い、キースは側に倒れていた怪我人を抱き起こした。
「大丈夫ですか、傷を見せて。……よく分からないが非常事態だ。ベス、救難信号出せるか」
彼はちらりと僕を見て言った。魔術での救難信号の出し方は学院で教わっている。彼が言うように、この場は自警団に来てもらわないとどうにもならない。
「分かった!」
僕は床に倒れる乗客の間を縫って、割れた窓から何とか外へ出た。狙ったように夕陽は沈み、辺りは徐々に闇に包まれていく。見れば車両は線路から大きく外れ、上下が反転していた。この状態でよく生きていたものだ。
周囲は森の中だが、まだ駅を出発してそれほど経っていないし、街からも離れていない。救難信号を自警団が発見すれば、すぐ救護に来てくれるはずだ。
「集中して……」
自分に言い聞かせるように呟き、片手をぐっと握る。そのまま大きく上に振り上げると、青白く発光する球体が空に向かって飛び、上空で花火のような音と共に弾けた。その光の粒はまだ消えずに空に漂っている。消える前に巡回中の隊員が発見してくれることを祈った。
僕は深呼吸してなんとか冷静さを取り戻した。腐っても魔導師を目指す学生、おろおろしていたのでは話にならない。幸い、緊急時の手順は習っていた。まずは状況の把握と安全確保だ。
横転しているのは僕らの車両と、その後ろにある貨物車両だけだった。5両編成の最後尾だ。前方の車両は200メートルほど先に停まっているのが見える。爆発によって後ろ2つが切り離されたが、汽車は急には止まれなかったらしい。
喧騒が徐々に大きくなる。逆さまになった乗降口や窓から、動ける乗客が続々と脱出してきていた。中ではまだキースが救護に当たっているはずだ。他にも爆発物が仕掛けられていないか、早急に調べなければならない。
そのとき、前方の車両の方から丸い光がいくつか近付いてきた。ランタンの明かりだろうか。人が走ってくるようだ。
「大丈夫ですか! 怪我人は!?」
一人が叫ぶ。聞き覚えのある少年の声だった。側まで来て顔がはっきりし、僕は驚いた。
「リロー!」
「えっ、ベス! あれに乗ってたのか! 無事だったか?」
リローは僕の全身をランタンで照らし、無傷なのを見て安堵の息を吐く。よく見ると彼の後ろには監察科の同期が3人いた。考えてみれば、キペルへ向かうこの汽車にスタミシア出身の生徒が乗っていてもおかしくはない。心強い助っ人だ。
「無事だよ。キースも一緒に乗ってて、車両の中で怪我人の救護に当たってる」
「よし、俺はとにかくそっちを手伝う。こっちは任せたぞ、監察科!」
リローは言うが早いか車両の方へ走った。僕は同期に向き直る。男子が2人、女子が1人。ユーリスとマック、キアラだ。
「爆発音がしたよな?」
マックが間髪入れずに尋ねた。
「うん。爆発物が仕掛けてあった場所、線路か車両か分からないし、まだあるかもしれない。ユーリスとキアラは乗客の救出を手伝って。出来る限りこの車両から離れた場所に避難させるんだ。僕とマックで他にも爆発物がないか探そう」
僕の指示に、3人は「了解」と返して動き出した。
「探すって、やっぱり魔術だよな? 習ったばっかりの」
マックが自信なさげに言った。可燃性のガスや液体、火薬などを探し当てる魔術は、彼の言う通りほんの数ヶ月前に習ったばかりだった。二人とも習熟しているとは言い難い。
「やるしかないよ。この暗さだし、目視では無理だ。ちょうど火もある」
僕はマックが手にしたランタンに目を遣った。
「オーケー。全力を尽くす」
マックは表情を引き締めた。僕らはランタンの火を一摘まみ取って、その指をぱちんと鳴らした。火が光る霧のように変化し、ふわりと僕らの周囲に漂い出す。
「俺は車両、ベスは線路を頼む。俺の魔術じゃ広範囲は無理だ」
「分かった。せーの……」
僕らは同時に手を振り下ろした。霧は強風に吹かれたように目指す方向へ流れていく。可燃性のものがあれば、そこに霧が付着するはずだった。目を凝らしたが、見える範囲で線路に新たな爆発物は無さそうだった。
「ベス、あれ!」
マックが指差したのは、最後尾の貨物車両だった。全体が光る霧に包まれている。
「嘘だろ……、あれ全部爆発物か? 貨物の中身、運転士は綿花と小麦だって言ってたのに」
マックはあの短時間で運転士にまで話を聞いたらしい。普段から頭の切れる生徒ではあるが、感心している場合ではなかった。
「とにかく離れないと! 僕らも乗客の避難を手伝おう」
僕らは大慌てで乗客がいる車両に戻った。ユーリスとキアラのおかげで大部分は脱出したようだが、まだ中に2人の乗客がいる。重傷なのか、キースとリローがそれぞれ手を血塗れにしながら懸命に治療していた。外ではマックが声を張り上げ、乗客を離れた場所に誘導していた。
「キース、リロー! 隣の貨物車両、爆発物があるかもしれない。早く逃げよう!」
「……よし。応急処置完了!」
「こっちもだ」
リローとキースが顔を上げ、一人ずつ重傷の乗客を担ぐ。僕が手を貸し、全員が何とか車両から脱出した。
「こっちだ!」
マックは乗客を前方の車両の側へ誘導しているらしい。僕らもそちらへ向かおうとした、その時だった。
「……うぅ」
低い呻き声が聞こえた。まさか、中に取り残した乗客が?
「行っててくれ! まだ人がいるかもしれない!」
キースとリローに言って、僕は横転した車両の側へ戻った。
「俺たちも患者置いたらすぐ行くから!」
リローが背後で叫んでいた。僕はてっきり、その呻き声は車内から聞こえているのかと思った。しかし耳を澄ませると、違う。外だ。
「どこですか! 今助けますから!」
車両を回り込んで声の主を探す。真ん中辺りで、若い男性が下敷きになっていた。恐らく窓から投げ出され、そこに車両が倒れてきたのだ。
「大丈夫ですか! すぐに助けます、しっかり」
男性は呻くばかりだ。下半身のほとんどが下敷きになっていて、到底引っ張り出すことは出来ない。急がなければ隣の貨物が爆発するかもしれない。
「くそ……」
軽量化の魔術を使っても、流石に車両の重さはゼロには出来ない。必死で持ち上げてみるが、僕の力では数センチ浮かすのが精一杯だった。男性はさっきより明らかに弱っている。時間がない。何とかして助けなければ――。
「動くな」
くぐもった声と同時に、後頭部に冷たい感触があった。かちり、と音がする。銃だ。僕の頭には銃口が突き付けられているのだ。
「用事が済むまで視線は前に向けておけ。脳を飛び散らせたくなかったらな」
声は言った。絶体絶命とはこういう状況なのか。一体この男は誰なんだ。グレーン乳児院に放火した犯人? 最初から狙いは僕……?
呼吸が乱れるにつれて思考も乱れていく。はっきりしているのは、逆らえば死ぬということだけだった。




