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45、口出し

 二日目の午後はくたびれ果てるまで弟たちと遊んだ。夕方にはレイもチェスターもアリッサも帰ってしまい、家の中は少し寂しい空気になる。

 西日が射し込む居間でぐったりとソファに伸びていると、不意に僕を覗き込む顔があった。


「やっほぅ。お疲れだね?」


 姉のシェリーだった。わざわざガベリアから来てくれたらしい。きょうだいの中で一番仲がいいというのもあって、僕の心はぱっと浮き立った。


「シェリー! 仕事は?」


 跳ね起きて、いつもよりめかし込んでいるように見える彼女にそう尋ねた。焦げ茶色の髪は丁寧に編み込んであるし、母に似た柔和な顔には化粧もしっかりしてある気がする。


「今日はお休みをもらってるの。大事な予定が二つ、あったからね」


「二つ?」


「そう。一つはベスに会うことで、もう一つは……ふふ」


 彼女は何かに照れているかのように、口元を押さえて笑った。


「え、何? 教えてよ」


「この間の誕生日プレゼントのお礼に、ベスには一番に教えてあげる」


 そう言って、彼女は僕に耳打ちした。近々結婚を考えているから、相手の親に会ってきたのだと。


「驚いた。お父さんとお母さんは知ってるの?」


 僕は声を潜めて尋ねた。


「実は知らないんだ。今日初めて言うんだけど、ちょっと不安で」


 シェリーは表情をかげらせ、僕の隣に腰を下ろした。


「なんで? 結婚の話なんて、二人とも喜ぶに決まってるのに」


「うん、でもね。もう1年くらいお付き合いしてるけど、ずっと秘密にしててさ。相手が、その……魔導師だから。監察部の」


 彼女はため息混じりに言った。ああ、なるほどと思った。僕が魔導師になることを両親に反対されたように、リスカスの大抵の親は娘が魔導師と結婚することに反対する。理由は任務中に死ぬ可能性が高いから、それに尽きる。娘が辛い思いをするのを防ぎたいという親心だ。


「そうなんだ……。でも、シェリーも覚悟はしてるんでしょ? 命の危険がある仕事だって。僕が魔導師になるって言ったとき、反対したもんね」


「うん。だからお父さんとお母さんの気持ち、すごい分かる。きっと反対する。……あーあ、世の中の魔導師、一体どうやって結婚してるんだろ。教えて欲しいなぁ」


 シェリーは背もたれに体を預けて、天井を仰いだ。それから僕に顔を向け、尋ねた。


「ベス、知らない?」


「僕の知ってる人はみんな魔導師同士で結婚してるかな。あ、でも……」


 僕はカイのことを思い出した。彼の妻は魔導師ではない。が、尋常ではない出来事があった上での結婚だ。参考には出来ない。


「なに?」


「なんでもない。とりあえず僕はおめでとうって言っておくね。ところで、どこの人? 何歳?」


 下世話と思いつつ、興味津々で聞いてしまった。僕の義理の兄になる人だ。少しくらい情報は欲しい。


「キペル出身で、今は自警団のガベリア支部にいる人。私より6つ上なんだ。名前はバーナード・ミラーっていうの」


 ということは25歳、もしかしてラシャの数少ない同期だろうか。彼の代で自警団監察部の魔導師になったのは、たった4人だと言っていた。


「へぇ、年上。どこで出会ったの?」


「去年、職場でちょっとした事件が起きてね。強盗未遂みたいな。そこで対応してくれたのが彼だったんだ。見た目はがっしりしてて大柄で、強そうな人。私、すっかり気が動転してしどろもどろで状況を説明してたんだけど、彼は『大丈夫ですよ。落ち着いて』って微笑んでくれて。見た目とその笑顔の差っていうのかな、もう、一瞬で惚れちゃった」


 シェリーは頬を赤らめ、恥ずかしそうに笑った。それって業務的な笑顔だったのではと思ったが、野暮なことを言うのはやめておいた。今が幸せならどうだっていいことだ。


「うん、それでそれで?」


「その後、偶然街で見掛けたときに私から声を掛けちゃった。制服姿だったからたぶん仕事中で、迷惑かなって思ったけど。私のこと覚えててくれて、『お久しぶりですね』って。嬉しくって、勢いで今度一緒にお食事どうですかなんて言ったの。びっくりしてたけど断られはしなかった。それから何度か会って、気付いたら、ね? お互いが大切な存在になってたんだ。えへへ」


「それで、結婚しようってなったんだ」


「そう。彼も彼のご両親も、本当にいいのかって何度も確認してきたけど。彼は若くして死ぬかもしれない、それでも結婚したいと思ってくれるのかって」


 シェリーの表情は明るかった。やはり、覚悟は出来ているらしい。


「いいって答えたんだね?」


「もちろん。家族として一番側にいたいもん。だけど、彼とご両親の気持ちも分かるよ。彼が魔術学院の二年生だったときに――」


「若くして亡くなった魔導師がいた、でしょ」


 クシュ・エテイリ(崇高なる人)、オーサン・メイ。ガベリアを甦らせるために命を落とし、叙勲された彼のことだ。


「知ってるの?」


「話を聞いただけだけど。それで、二年生の大半が学院をやめたって」


「うん、そうなの。彼とご両親もすごく迷って、何度も話し合って、学院に残ることを決めたんだって。立派な人達だよね。おかげでリスカスの平和が守られてるんだもん。誇りに思う。もちろん魔導師になろうとしているあなたのこともね、ベス」


 シェリーは僕を見てにこりと笑った。


「自慢の弟だよ」


「……血が繋がってなくても?」


 彼女も既に、養子だという事実を僕が知っている件は聞いているはずだ。普段通りの接し方だったから、もしかして聞いていないのかとも思ったが。


「馬鹿だねぇ、ベス。あなたはこの家に来たときから、私たちの家族でしょ?」


 シェリーはそれが当然と言わんばかりの口調だった。


「髪の毛むしられても、大事な本をびりびりに破られても、あなたが弟じゃないなんて思ったこと一度もないよ?」


「僕、そんなことしたの……?」


 記憶にはないが、少しショックだった。


「したよぉ。2歳くらいかな? ヒューゴもトニーも比じゃないくらいやんちゃだったんだから。でもだんだん私たちの言葉を理解するようになって、4歳になったくらいで急に大人しくなったの。それからずーっと、いい子で育ってきた。きっと、なんとなくでも気付いてたんだね」


 シェリーは微かに目を潤ませた。


「ごめんね、ベス。色々我慢させてたんだなって、レイに話を聞いて分かったの」


「大丈夫。僕はみんなが大好きだし、この家に来られて幸せ。胸を張ってそう言えるよ」


 僕が笑うと、シェリーも目元を拭って微笑んだ。


「そう。それならいいの。私も大好きよ、ベス」


 そう言って僕をハグしてくれた。流石にこの歳になると照れくさいが、嬉しくもあり、されるがままになっていた。

 ややあって居間に父と母が入ってくる。シェリーはきゅっと表情を引き締め、二人の前に立った。


「あのね、お父さん、お母さん。私、結婚しようと思うの。魔導師と」


「まぁ!」


 母が驚きの表情で口元を押さえる。


「駄目だ。魔導師に大切な娘をやれるか」


 父は即答し、険しい顔でシェリーを見返した。


「家に連れてきたって挨拶は受けんぞ。お前が誰と付き合おうが構わないが、魔導師は駄目だ。立派な仕事だし、リスカスになくてはならない存在だと思っている。尊敬もしている。だが、彼らは命懸けで仕事をしているんだ。いつ別れの日が訪れるか分からない。明日かもしれない。娘が泣くと分かっていて結婚させる親はいないだろう、シェリー」


 僕の学院入学に反対したときと同じように、父は畳み掛けた。可哀想に、シェリーは涙ぐんで唇を結んでいる。父の気持ちも分かるが故に言い返せないのだ。僕のときは側に兄たちがいて、父を説得してくれた。だが今は誰もいない。


「お父さん」


 一瞬迷ってから僕は立ち上がり、口を挟んだ。両親と兄姉の言い争いに口を出すのはほとんど初めてと言っていいくらいだ。両親もシェリーも、驚きの表情で僕を見た。


「魔導師は死ぬために仕事しているんじゃないよ。ちゃんと死なないように努力してる。訓練だったり、新しい魔術を究めたりして。大切な人がいるなら尚更だと思う」


 学生の分際で偉そうなことを言っているな、と自分で思った。しかし事実だ。学生の僕らでも日々の訓練は欠かさないし、自警団に入れば訓練はもはや生活の一部になる。それに数年前まではなかった銃弾を止める魔術を、第一隊の隊員は使っていた。


「シェリーの恋人だってきっとそうだよ、お父さん。会って話を聞いてあげて。最初から決め付けて反対するのは良くない。僕だって悲しい。これから魔導師になろうとしているんだから」


 父に負けじと畳み掛けると、部屋がしんと静まった。余計なことを言ってしまっただろうか。話が更にこじれるかもしれない。


「ベス……」


 シェリーが呟いた次の瞬間、なぜか三人とも号泣し始め、僕は困惑するしかなかった。

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