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42、不可解なこと

 夕方になってモーリスとチェスター、アリッサが到着し、僕は久しぶりに賑やかな夕食の時間を過ごした。兄姉たちはみな、僕が養子である件については触れなかった。ただ、会って早々にいつもはしないハグをしてきたから、何か思うところはあるのかもしれない。言葉はなくとも彼らの優しさを感じたから、嫌な気はしなかった。

 食後に弟たちとくたびれるまで遊び、夜になって僕は自室に向かった。無事に学院を卒業出来れば自警団の隊舎に入る予定だから、僕がこの家に住むことは恐らくもうない。それでも両親は、きょうだい全員の部屋をそのまま残してくれていた。

 部屋に入ると、デンバスが運んでくれた荷物が机の横に置いてあった。これからそこに詰め込まれた教科書を取り出して、日付が変わるまで勉強だ。

 自分への戒めとして、チェス教官に散々赤ペンを入れられた成績表を机の前に貼る。卒業までに首席なんて無理だろ、と突っ込みたくなるような成績だが、やるしかない。


「よし……!」


 気合いを入れて勉強に取り掛かり、二時間ほど経っただろうか。少し飲み物でも飲んで休憩しようかと思っていると、ドアがノックされた。


「はい?」


「モーリスだけど。入っていいか?」


 長兄の声だった。いいよと答えると、彼は湯気の上がるカップを片手に入ってくる。部屋に少々刺激的な匂いが漂った。


「休憩しようぜ。ほら、目が覚めるやつ」


 そう言って僕の机にカップを置く。中身は赤みがかった液体だ。


「これ、ハニー・シュープス?」


 スタミシアでは一般的な飲み物だった。シュープという木の実をすりつぶして蜂蜜と混ぜ、お湯で溶いたもの。味は癖が強いので、好みは分かれる。僕は好きな方だった。


「当たり。キペルじゃなかなか飲めないだろ? 都会じゃ流行らない味なのかねぇ」


 モーリスは父と似た鷹揚おうような笑い方をすると、部屋の隅から椅子を持ってきてどさりと腰掛けた。彼は恰幅が良く、見た目も父にそっくりだ。


「確かに。あ、でも僕の担任教官は好きみたいだよ、これ。キペル出身らしいけど」


 用があって教務室に入ったとき、チェス教官の机に置いてあったのだ。一度ではなく、何度か目にしている。本人にそれとなく聞いてみると、昔の同僚に教えて貰ったのだと言っていた。


「担任て、あの元近衛団長の? ばりばりの都会人というか、元は王族に並ぶ血筋の人だろ。教官やってるってだけで驚くが、意外と庶民的なものが好きなんだな……」


 モーリスはそう言った。現在28歳の彼が未成年だった頃、まだチェス教官は現役で団長だったわけだ。教官の姿は想像が付かないのかもしれない。


「偉ぶったところなんてないし、生徒思いの優しい教官だよ。でも足音だけで人を緊張させることが出来るのは、彼女くらいかな」


 その辺りは現役時代のままなのだろう。ふとした時の視線の鋭さと、圧倒的な剣術もだ。


「おお、怖い。でもまあ、楽しそうにやってるみたいで安心した。親父を説得して良かったよ」


 モーリスはそう言って微笑む。僕が魔導師になる、魔術学院に行くと父に言ったとき、それはそれは強固に反対されたものだった。それを説得してくれたのがモーリスと他の兄たちだ。


「僕はてっきり、モーリスも反対するかと思ってたよ」


「まさか。そりゃ、本音を言えば大事な弟を危険な仕事に就かせたくはないがな。でもテディ、俺はお前に生き甲斐を見付けて貰いたかったんだ」


「生き甲斐?」


「そう。魔力を持って生まれたお前にはそれに相応しい生き方がきっとある。いずれ自分の境遇を知っても、誇れるものが一つあれば強く生きていける。魔導師の仕事はその一つだと思ったんだ」


 モーリスはそう言って微笑んだ。父が反対したのも彼が賛成したのも、どちらも僕への愛情だ。改めて、僕はいい家族に迎え入れて貰ったのだと思う。胸がじわりと熱くなった。


「ありがとう。本当に感謝してる」


 僕が笑顔を返すと、モーリスは手を伸ばして僕の髪をぐしゃぐしゃと撫でた。


「当然のことさ。出会った瞬間からお前はかわいい弟だ」


「僕、どんなだった? 何か特徴的だったの?」


 ふと気になって尋ねてみた。生後6ヶ月の僕に、火傷の痕などはなかっただろうか。気にしないように努めていても、僕とグレーン乳児院の繋がりをどうしても見付けたかったのだ。

 モーリスは視線を上に向け、少し考えてから言った。


「愛想が良かったな。ほっぺたもぷくぷくで、俺たちがあやすとにこっと笑うんだ。その可愛さに心を撃ち抜かれたね。特徴的なこと……、うーん、魔力があったくらいか?」


「えっ、その頃からもう分かってたの? 僕に魔力があるって」


 驚いた。魔力の有無は、その子が魔術らしいものを使って初めて分かるものだ。一般的には早くて3歳くらいで魔力が発現し、カーテンを揺らしたり絵本のページをめくったりといった簡単な魔術が使えるようになる。本人もどうやってやったのか理解しておらず、親が気付かなければ分からないレベルだ。

 モーリスは頷き、言った。


「乳児院の人が間違いなく言っていたよ。この子には魔力がありますって。俺たち、誰も魔力が無いからさ、ぴんと来なかったわけだ。それが何か、って感じで。家で不可解なことが起きたらこの子の魔術かもしれません、驚かないで下さいって言われて、納得した」


 なぜ乳児院の人は僕に魔力があると知っていたのだろう。ベッケンス博士の仮説通り、僕が自分の命を救うために魔術を使った場面を見たのだろうか。水に落ちて溺れたとき? 食べ物を喉に詰まらせたとき? ブラウン乳児院の管理がそれほど杜撰ずさんだったなら、流石に両親や兄たちも気付くはずだが……。


「……実際に不可解なこと、起きた?」


「起きた、起きた」


 モーリスは大きく頷いた。


「お前が家に来てすぐの頃だったか。アリッサが台所でお菓子を作っていて、何か焦がしたのかちょっとした小火ぼやを出したんだ。俺がお前を抱っこしてその光景を見ていたんだが、お前は引き付けでも起こすんじゃないかってくらい大泣きして。次の瞬間、台所は水浸しで火は消えてた。で、お前はすやすや眠ってた」


「アリッサが水を撒いたとかじゃなくて?」


「いいや。アリッサは固まってただけだ。どう見てもあれは魔術だったぞ。……で、不可解なことがあったらすぐ報告して下さいって乳児院の人に言われてて、父さんがその通りにした。そうしたら自警団の人が家に来て――」


「自警団?」


 僕は言葉を被せた。普通、子供の魔力が発現したくらいで家に自警団は来ない。よっぽど暴走して手が付けられないときくらいだ。


「ああ。紺制服の隊員が二人で来たな。台所を調べて、お前のことも少し抱っこして、『異常なことではないので安心して下さい』と言って帰っていったよ。不可解なことが起きたはそのときだけだな。あとはお前が5歳になってから、急に色んな魔術を使い出して……どうした?」


 僕は考えていた。やはり、グレーン乳児院は僕と無関係ではない。火を見て泣いたり、わざわざ自警団が調べに来たり……。そしてブラウン乳児院の人は、絶対に何か知っている。


「ううん、なんでもないよ。眠くなってきちゃって」


 誤魔化すようにハニー・シュープスを啜った。飲まなくても目は冴えていたし、僕の頭はもう勉強どころではなかった。

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