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38、兄への手紙

 僕が実際に、グレーン乳児院への放火の瞬間を見た。キースが言っているのはそういうことだ。彼は冷静にこう続けた。


「俺は突拍子もないことを言っているかもしれないけどさ。ベスが言う通り、普通は雑誌の記事を読んで失神なんてしない。その内容と自分が()()()()していない限りは」


「じゃあやっぱり、関係してる……のかな。自分でも分からないんだ。確かにこの事件、15年前の4月で、僕は既に生まれてはいるけど。この乳児院にいたと仮定して、生後3ヶ月の記憶なんて残っているもの? 目だって、まだそんなに見えて――」


 言いかけて気付いた。あのとき僕の頭に浮かんだ光景は、全体的に焦点が合わずぼんやりとしていた。赤子の弱い視力で見た光景と考えれば納得も出来る。そのことを詳しく話すと、キースは頷いて言った。


「間違いないと思う。それに君、失神した後に他人事のように思えたって言ってただろ? 恐らく事件の後、精神の治療を受けたんだ。赤子とはいえ目の前で酷い光景を見てしまったから、それが将来に影響しないようにって。君が見たものを淡々と話せているのがその証拠だと思う」


 彼は精神の治療の経験者だから、その言葉にも説得力があった。


「それじゃ、僕がたまたまこの雑誌に目を止めたのも何かの運命だと思う? そんな偶然、ある?」


「俺が今回の事件でステイシーと再会したみたいなものじゃないか。偶然というよりは、逃れられない因果みたいな。何にせよ……」


 彼はじっと僕の目を見た。


「本当のことを知りたいなら、家族に聞いてみるしかないんじゃないかな。聞けない気持ちも分かるから、無理にとは言わないけど」


「キースはどう思う?」


 逃げ道を探すように尋ねたが、彼はきっぱりとこう返した。


「これは君の問題だ、ベス。自分で決めないと先へは進めない」


 しかしすぐ、表情を和らげて言った。


「けど勇気が欲しいなら、俺は背中を押す。さっきも言ったけど、俺はベスの友達だ。たとえ嘘吐うそつきでもな。傷付いていたら慰めるし、怒っていたら一緒に怒るくらいのことは出来る」


 嬉しさで、じわりと僕の視界が曇った。


「……僕がまた失神したら?」


「介抱する」


 キースがぷっと笑い、僕も笑った。なんて心が軽いのだろう。僕は近いうちに、家族に本当のことを聞いてみようと思っていた。



 次の日、今度は僕に手紙が届いていた。キペルに住む二番目の兄、レイからだ。27歳の銀行員で、これまでも何度か家に招待してくれている。彼の家には4歳と2歳の女の子がいて、僕が遊びに行くといつも覚えたての歌を聞かせてくれるのだった。

 手紙の内容はいつも通り、一緒に夕食をどうかという誘いだった。3日後、土曜日の夜だ。特に予定はないし、僕はこの機会に、自分が養子なのかどうか彼に聞くつもりでいた。

 最も話しやすいのは二番目の姉のシェリーだが、僕が0歳であの家に引き取られたとすると、その当時彼女は4歳。詳しいことは覚えていない可能性もある。レイなら当時12歳だし、はっきり覚えているはずだ。

 いつもありがとう、喜んでと返事を書き、封筒に入れようとする。だが少し考え、一文を書き足した。僕が生まれたときのことについて、兄さんに確認したいことがあります。当日話します、と。

 レイは焦るだろうか。もしかしたら、父や長兄のモーリスと連絡を取り合うかもしれない。それは構わないが、話を合わせて誤魔化すことだけはしないで欲しかった。僕はもう、どんな真実でも受け入れるつもりでいるのだ。



 そして土曜日の夕方。僕は私服に着替えてレイの家に向かった。学院から歩いて20分くらいの距離だ。道の入り組んだ住宅街の一角にある赤い屋根、あれが彼の家だった。

 呼び鈴を鳴らすと、レイの妻シシリーが笑顔で出迎えてくれた。子供たちも奥から駆けてきて、いつものように歌を披露してくれようとする。が、今日はレイが出てきてそれを止めた。やや緊張しているように見えるのは、僕の気のせいだろうか。


「食事の前に大事な話をしなくてはならないからね。歌はまた後で」


 彼の真面目な声の調子に、子供たちは素直に従った。シシリーが子供たちを連れて部屋に下がると、レイは静かに口を開いた。


「なあ、ベネディクト、手紙に書いてあったのって……。こんなところで話すことじゃないか。どうぞ」


 彼は僕を連れて客間に入った。僕をベネディクトと呼ぶのは彼だけだ。両親と姉、弟たちは僕をベスと呼ぶが、兄たちはそれぞれ自分が付けた名前を呼びたがる。

 部屋には趣味の良い家具や調度品が揃っていて、ほこり一つなく整然としていた。『家の中と顔面は比例する』がレイの口癖で、実際、彼は兄弟の中で一番の男前だ。

 僕らはソファの席で向かい合った。どんな真実でも受け止める覚悟は出来ているし、レイの緊張した態度でもう答えは出ているようなものだった。


「楽しい食事に誘ってくれたのに、空気を壊すようなことをしてごめん。でも僕は、どうしても知りたかったんだ」


 僕から先に口を開いた。僕を誘ったばかりに、否応なしに緊張を強いられる彼が可哀想になったのだ。

 レイは何度か小さく頷き、長く息を吐いてから僕の目を見た。


「何が知りたいのか、聞かせてくれるか」


「うん。僕はお父さんとお母さんの子供ではないんでしょう。他のみんなとは、血が繋がってないんだよね?」


「……そうだよ。ベネディクト、お前の言う通りだ」


 レイの声は少し震えていた。


「いつかそれに辿り着いてしまうとは思っていたんだ。父さんも母さんも、俺たちも。お前は賢い子だから」


 彼はそう言うと、俯いてしばらく黙っていた。僕を出来るだけ傷付けないように、慎重に言葉を選んでいるのだ。兄も姉も皆そうやって僕に接してきた。その優しさ故に、僕は気付いてしまった。

 レイはようやく顔を上げ、少し赤い目でこう言った。


「最初に、何があってもこれだけは信じてくれ。俺たちはお前を心から愛している。血の繋がりはなくても大切な家族で、可愛い弟だ。今までだってこれからだって変わらない」


「大丈夫。みんなの愛情を疑ったことなんてない。僕だって家族は大切だし、大好きだよ」


 心からそう言うと、レイは少しほっとしたようだった。


「そうか。伝わっていたなら良かったよ」


 そして彼は深呼吸し、また真剣な目で僕を見た。


「いつ気付いたのか、聞いてもいいか?」


「違和感を覚えたのは、物心付いた頃から。直感みたいなもので、何か変だなって思ってたんだ」


「そんなに前から……」


 レイはショックを受けたようだった。彼は思わず溜め息を漏らす。


「隠そうとしたのが間違いだったな。最初から話しておくべきだった。そうすれば何年もお前を苦しめずに済んだのに」


「いいんだ。隠そうとしたのもみんなの優しさでしょう。それにずっと、僕は幸せだったよ。自分が不幸だなんて思ったことは一度もなかった。本当に」


 熱を込めて言うと、レイはまた目を赤くしたのだった。


「こんなときでもお前は家族思いなのか。もっと泣いたり怒ったりするかと、俺たちは思っていたんだが」


 その言葉で、僕はやっぱりと思った。


「僕の手紙のこと、お父さんたちにも話したんだ?」


「ああ。返事を貰ってすぐにな。父さんと母さん、それとモーリスに。お前にどうやって説明するかみんなで話し合ったんだ。で、ありのままを話そうということになった」


「そうなんだ。慌てさせてごめんね。別に急ぎじゃなかったんだけどさ。食事のついでに聞けたらくらいに思ってた」


 僕が軽い調子で言うと、レイは拍子抜けしたみたいな顔になった。


「もっと深刻に捉えているかと思った……」


「ついこの間までは。でも、僕にはいい友達がいてね。彼に話したら、心が軽くなったんだ」


「そうか。俺たちはずいぶん心配したものだが、魔術学院に入って正解だったな」


 レイは微笑んだ。ようやく緊張が解けたようだ。


「色々経験してるよ。たぶん、他の学校じゃ出来ないこと。それでね、レイ。話を戻すんだけど、僕はいつ、どこからガレットの家に来たの?」


 今度は僕がにわかに緊張してきた。


「もしかして、グレーン乳児院てところ?」


「グレーン乳児院……」


 レイは呟き、すぐに首を横に振った。


「いや、違う。お前がいたのはブラウン乳児院だ」

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