表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/100

35、おかえり

 意識を失っていたのは短時間だったようだ。はっと気付いたときには点呼の数分前で、僕は慌てて廊下に整列し、何事もなく点呼を終えて部屋に戻った。特に体調が悪いわけでもなく、失神したという実感も今はない。頭に浮かんだあの光景は覚えていても、どこか他人事にしか思えなかった。何だったのだろうと不思議に思いつつ、僕は眠りに就いた。

 翌日の月曜日は特に問題もなく過ぎ、ついに火曜日がやってきた。キースが帰ってくる日だ。僕は早朝から目を覚まして、そわそわと部屋の掃除を始めたりした。そんなに散らかしてはいないはずだが、几帳面なキースがいない間に部屋が荒れたと思われるのは心外だ。

 朝食の席でリロー達と計画の最終確認をして、僕は校門に向かった。一限目に間に合うように、キースはトワリス病院から帰ってくる予定だった。

 天気は快晴で、朝の風も穏やかな日差しも心地好い。彼の再出発にはもってこいだ。僕は時々つま先立ちになりながら、道の向こうに目を凝らした。

 数分経って、こちらへ向かってくる馬車が見えた。馬車は僕の前に停まり、キャビンの扉がゆっくりと開いていく。少し驚いた顔のキースが荷物の鞄を手に降りてきた。僕は嬉しさで顔がにやけそうになるのを、必死で堪えた。


「ベス、わざわざ出迎えに……?」


「おかえり、キース。僕が一番に言いたかったからさ」


 そう笑い掛けると、彼は恥ずかしそうに視線を下げた。口元は笑っている。以前の彼と比べるとなんと素直になったのだろう。これなら、サプライズを見たときの反応も期待出来そうだ。『絶対笑うぜ』とリローは言い、『無表情かもよ?』とジジは言っていた。僕は、泣くんじゃないかと思っている。


「荷物、持つよ。行こう」


 僕は彼の鞄を受け取って、正面玄関へと歩き出す。


「いや、そっちからは……」


 案の定、彼は裏口から入るつもりだったようだ。その場に留まって動こうとしない。


「なんで? 君は正式に復学したんだぜ。こそこそする必要なんてない。みんな待ってるんだから」


「みんな、って?」


「行けば分かる。ほら、行こう!」


「ベスってそんなに強引な人だったか?」


 キースは怪訝な顔をする。僕は別に、計画を失敗させたくないわけじゃない。彼に堂々としてもらいたかったのだ。


「君が変わったなら僕も変わらないと。この先も友人でいようと思ってるんだからさ。で、どうするの?」


「……分かった、行くよ」


 呆れたように笑って、彼は歩き出した。校門から延びる通路を右に折れれば正面玄関だ。僕は緊張しながら彼の横を歩く。もう少し、あと数歩……。


「え……」


 キースが校舎の上を見て足を止めた。屋上から、大きな横断幕が垂れて風に揺れている。『おかえり、キース・アルバ!』と。

 彼はじっと横断幕を見ている。驚いているのか、今のところ反応は無しだ。次の計画を僕が待っていると、屋上にわっと人影が現れた。

 医療科、監察科の級友全員だった。彼らはそれぞれに、こちらへ手を振っている。


「はい、せーの!」


 不意にリローの号令が掛かる。


「キース、おかえりー!」


 全員が声を揃えた。事情を知らない一年生が何事かと窓から外を覗くくらいに、その声は大きく響き渡っていた。


「これ……」


 そう呟いたキースの横顔を見る。当たったのは僕の予想だった。いや、リローもだろうか。彼は笑いながら、涙を流していた。

 級友達は返事を待っているのか、「おーい」とか「もっかい言おうかー?」とか言っている。この距離では、キースの顔はよく見えないのだろう。


「おかえりって言われたら、返事は一つだよね」


 僕はそう言ってみた。キースは僕を見て困ったような顔をし、一度目元を拭った。


「ちょっと待って……」


 そして深呼吸し、再び顔を上げて級友達を見た。


「ただいま!」


 彼はこんなに大きい声が出るのかと、今度は僕が驚いた。級友達はわっと盛り上がり、拍手や口笛の音まで聞こえてくる。やがて玄関口から医療科の生徒が走り出てきた。彼らはキースを取り囲み、喜びを爆発させてわいわいと騒ぎ立てる。


「おい、泣いてんのかよ。今まで散々ポーカーフェイス気取ってたくせに!」


 リローのきつい冗談に、キースは笑顔を返した。


「嬉しかったから」


「ええっ! あなたの口から嬉しいって言葉が出てくるなんて……泣けてくるっ!」


 ジジが目を赤くし、ヒルダも涙声で言った。


「あのね、キースが休んでたときの授業のノート、まとめてあるんだよ」


「金取ってやれ! 俺たち散々迷惑掛けられたんだから!」


 リローが言い、キースがまた素直に謝ると、彼らは更にわいわいと騒いだ。屋上も玄関先も騒がしくなり、グルー教官が来て「お前ら騒がしいぞ! 教室戻れ!」と怒鳴るまで、僕らは幸せを噛み締めていたのだった。



 夕食後の静かな部屋で、僕らは机に向かって勉強している。隣を見れば長い睫毛の美しい横顔がある。いつもと同じ、何度も繰り返してきた日常だが、僕は横にいる彼を見る度ににやけてしまうのだった。


「……気持ち悪いよ、ベス」


 不意に、キースが僕にしかめ面を向けた。視線がうるさかったのだろう。


「ごめん。でも嬉しくて。一人の部屋って結構寂しかったんだぜ」


「そう。この二週間近く、どんなふうに過ごしてた?」


 キースはペンを置き、体ごと僕に向けてそう尋ねた。


「どんなって言われても。色々あったよ……」


 僕は彼が入院してからの出来事を話せるだけ話した。父が自警団本部に呼ばれたこと、チェス教官との面談、カイの息子や彼の家に呼ばれたことなど。まだまだ話したいことはあったが、あっという間に点呼の時間になってしまった。


「じゃあ、続きは消灯後に聞かせてくれよ」


 キースはそう言って微笑んだのだった。

 廊下に整列すると、グルー教官が点呼を取りながら歩いてくる。そして僕たちの前に止まると、小さくため息を吐いて言った。


「ようやく揃ったな。お前たちには迷惑を掛けられ通しだ。204号室、ベス・ガレット、……キース・アルバ。返事は?」


 教官がにやりとする。キースは少し涙ぐみ、僕らは二人で威勢よく返事をしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ