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34、本能的

 デマン家での夕食は緊張もしたが、おおむね楽しいものだった。主人のジェイコブ・デマンは愉快な人で、僕が退屈しないように様々な話を聞かせてくれた。特に熱を入れて語っていたのが魔導師のことで、10年前にカイが従者としてデマン家に潜入していたこと、他にも数名の魔導師が執事や従者の姿で潜入していたことなどを教えてくれた。カイがこの家で信頼されている理由が少し分かった気がした。

 僕は20時頃にデマン家を出た。気分が乗った主人に危うく一泊させられるところだったが、明日は授業があるし外泊も禁止だ。それならばせめて馬車を、と迫られたのをなんとか辞して、徒歩で帰路に着いた。

 日が落ちてもキペルの街は賑やかだ。バル街には煌々と明かりが灯り、人々が酒を片手に話に花を咲かせる。ふと、昔はリスカスに外出禁止時刻があったという話を思い出した。

 ガベリアの悪夢で巫女が一人消え、魔力の秩序が乱れた。そして今までは不可能だった『魔術で人を殺める』ということが可能になってしまったのだ。その頃から深夜に魔術による殺人事件が頻発し、安全のため夜11時以降の一般市民の外出は禁止されたという。

 反魔力同盟、というものがあったそうだ。悪夢以前は魔力を持つ者を敵対視して攻撃し、悪夢以降は魔力を持たない者を魔力で支配しようとする組織に変化したらしい。それが深夜の殺人事件に関与していたが、自警団の尽力で10年前に一掃された。ガベリアが甦ったことで魔力の秩序も戻り、リスカスには平和が戻ってきた――。

 とは言えないのだろう。相変わらずメニ草は蔓延はびこっているし、凶悪な事件はそこかしこで起こっている。自警団が必要なくなるなんてことは、この先何十年もないはずだった。

 僕が魔導師になりたいのは、ただただ人の役に立ちたいからだ。大切に育てられた分、自分の持てる力で誰かを大切にしたい。存在意義なんて言葉は最近知ったが、僕はそれが欲しかったのだ。いつも胸の奥にある疎外感から逃れるために。

 明後日にはキースが帰ってくる。また忙しい学校生活が戻ってきて、僕らは無事に卒業し、魔導師になる。それでいいはずだ。それなのに胸のもやもやが晴れない。僕はどこの誰なのだろう――結局、問題はそこなのだった。

 両親や兄姉に聞けばすぐに分かることだ。僕が養子であることを彼らが知らないはずがない。たった一言、手紙でもいい。僕は本当にみんなと血が繋がっているの? と聞けばいいのだ。

 それが出来ないのは、答えが分かってしまっているから。そして僕も、本当は認めたくないからだ。このまま有耶無耶にして過ごすことだって出来る。僕一人の胸に留めてさえおけばいい。


「苦しい……」


 人気のない路地で思わず言葉が漏れた。ほんの気の迷いだ。大丈夫。そう思ったのに、どうしようもなく視界は曇っていた。



 寮の自室に戻ると、不意に机の横に置かれた鞄が目に入った。昨日、気になって買った雑誌がそこに入れっぱなしになっている。僕は雑誌を取り出して、ベッドに腰掛けた。


 ――酸鼻さんびを極めた『グレーン乳児院放火事件』、その後を追う。


 この雑誌を買うきっかけになった記事。僕はそのページを開き、ぼんやりと目を通した。

 事件は15年前の4月に起きていた。その日の深夜、スタミシアにあったグレーン乳児院で火災が発生し、世話人などの職員10名、乳幼児が16名死亡した。遺体の検案の結果、職員は全員鈍器のようなもので頭を殴られ殺害されていた。犯人はまず職員全員を殺害してから乳児院に火を放ったとみられている。火は古い建物にあっという間に広がり、一人で歩くこともままならない無垢な乳幼児たちは、助ける者もなく全員が死亡したとされていた。

 ぼんやりと読んでいた僕だが、その内容にはらわたが煮えくり返るような怒りを覚えた。まさに酸鼻を極める、鬼畜の所業だ。焦点の合わない視界に広がっていく赤い炎、黒い煙、泣き声……そんな光景が、まるで実際に見たことかのように頭に浮かんだ。赤子たちはどんなに恐ろしかったことだろう。動悸すら感じながら記事を読み進めた。

 当時、犯人の目星は全く付かなかった。グレーン乳児院は善良で模範的な施設で、例えば養子を望む夫婦とトラブルになったりしたことはなかったという。小さな庭でよく子供たちを遊ばせていて、その子供たちの笑顔は眩しいくらいだった……とは近所の人の証言だ。

 亡くなった子供たちの氏名や年齢は不明だという。乳児院にあった記録が全て燃えてしまったせいだ。職員も全員死亡したため、子供たちについて詳しいことを知っている人間は誰もいないという状況になった。

 この雑誌の記者は事件後の現場を見たらしい。その記者によると、焼け焦げた子供たちの寝室で、一つだけほとんど無傷なベッドがあったという。自警団の隊員が何か熱心にそのベッドを調べていたというのだ。乳幼児全員が死亡したのではなく、実はそのベッドに寝ていた子は助かったのではないか。そして自警団は、ベッドの金属フレームに残されていた魔術の痕跡を調べていたのではないか。記者はそう述べていた。

 確かに、金属には魔術の痕跡が残りやすいと授業で習った。記者の推察もあながち間違いではないのかもしれない。だとしたら、その子はどこに行ったのだろう。そして誰がその子を炎から守ったのだろう。『枯れ草』だったらここで結論を放り投げて終わりだが、流石はきちんとした雑誌、その後のことも書かれていた。

 第一の推察、その子に魔術を掛けたのは大人ではない。大人であれば連れて逃げられるわけだから、その子をそのままベッドに寝かせておくのは不自然だ。

 第二の推察、その子に魔術を掛けたのは同じ乳児院の子供ではないか。魔力の発現は早くても3歳とされているが、グレーン乳児院にそのくらいの子がいたかどうかは不明である。その年上の子が、ベッドで眠る赤子を助けようとしたのではないか。

 第三の推察、その子の生存が隠されたのは、犯人が捕まっていないから。放火と殺人の動機が分からない以上、生き残った子供が再び犯人に狙われる可能性もゼロではない。

 現在に至るまで犯人は捕まっていないらしい。何せ、物理的に全てが燃えてしまったのだ。自警団にも捜査の限界というものがある。記者は第三の推察について自警団に取材を申し込んだが、機密事項だからと拒否されたらしい。

 第二の推察についてはベッケンス博士に取材したようだ。別の雑誌でまたも彼の名を目にするとは思わなかった。この部分は話半分に読むべきかもしれない。

 ベッケンス博士は、例え新生児でも魔術を使える人間は存在すると話した。魔力は発現する前からその人の中に存在しているのだから、魔術は本来いつでも使えてしかるべきで、年齢は関係ないと。もしかするとグレーン乳児院にも睫毛がふさふさの子供が――と博士はあの持論を持ち出したので、そこは読み飛ばした。

 再びまともな論調になり、今度は自我のない赤子が魔術を使った場合のことについて書かれていた。赤子の場合は主に本能的に魔術を使う。例えば水に溺れた時に助かるためとか、喉に物が詰まった時に吐き出すためとか。全力で、自身の魔力を使い果たすくらいの勢いで使う。魔力はあるが極めて弱い人間の場合、子供の頃にこの経験があったのかもしれないと。この辺りは納得出来る内容だ。

 記者は更に切り込む。赤子が全力で()()()魔術を使った場合、どうなるのかと。ベッケンス博士はこう答えた。今回の事件では赤子が赤子を助けようと全力で魔術を使った可能性もある。その場合、助けた赤子の魔力が助けられた赤子に全て移ったに違いないと。

 記者はこう考えている。一人生き残ったであろうその子供を助けたのは、その子のきょうだいだったのではないか。それならば本能的に、あるいは無意識に助けようとしても不思議ではない。現在となっては確かめる術が無いが、生き残った子供が幸せに生きていることを願うばかりだ。そして犯人は一刻も早く獄所台に送るべき……と後半は自警団への批判的な意見だった。

 全て読み終え、僕の手は小さく震えていた。その手でページを捲って、記事の最初に戻る。事件は15年前の4月。僕が3ヶ月の赤ん坊だった頃。

 まさか、ここに書かれている消息不明の子供が僕だなんてことはないはずだ。そんな偶然はない。絶対に違う。


「違う、僕はそんなこと知らない……」


 声が震え、冷や汗が額を伝った。さっき頭に浮かんだような光景が再び僕に迫ってくる。やはり焦点の合わないぼんやりした視界、薄暗い部屋、物音、自分を覗き込む人影、赤く揺れる光。やがて人影が動き、その赤い光が弧を描いて床に落ちる。視界が赤く、黒く染まっていく。徐々に子供の泣き声が響いて――


「やめて……」


 全身が震え出し、僕は座っていることが出来ずにベッドから崩れ落ちた。そのまま、ふっと意識が遠退とおのいた。

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