27、違和感と疎外感
キースとの面会から二日経った、水曜日。その日の放課後、僕はまた自警団本部に来ていた。
「呼び立ててすまないな。君のお父上に今回の事件の詳細を説明するから、一応君にも同席してもらいたくてね」
そう言って西陽が射し込む廊下を案内するのは、第二隊のエスカ隊長だった。事件の詳細とは、父の工場の従業員ギジー・ランドがメニ草の組織に資金を流していた件だ。自警団から、捜査が全て終わるまで僕の口から父に話すのは待って欲しいと言われていた。
「口止めされて、この一週間近くしんどかったんじゃないか? 大事な家族のことなのに」
エスカは僕を気遣うように尋ねた。浮世離れした美しさのせいか一見すると冷たい印象を受ける人だが、話してみるとその優しさが分かる。たぶん、隊長としての信頼も厚いに違いない。
「いえ。僕自身、何から話せばいいのか分かりませんし……」
お父さん、危うく罪を擦り付けられるところだったんだよ――話すとしたらこんな感じだが、複雑すぎてその後をどう説明すべきか分からない。自警団に順序立てて説明してもらった方が、父も混乱せずに済むはずだ。
「そうか。まあ、そういうことなら俺達に任せて貰って大丈夫だ。わざわざ本部に呼ばれて、親父さんはさぞ驚いているだろうが……」
エスカは廊下の奥にあるドアの前で立ち止まり、そこをノックした。第二隊の部屋だろうか。すぐにドアが開き、男性隊員が顔を覗かせる。見覚えのある人物だった。
「あ、あの時の……」
思わず言葉が漏れた。売人たちを追ってカイたちと森に入った夜、そこにいた隊員。カイの同期のフィルだった。夜闇の中でも十分美しい人だったが、日中は更に輝きが増しているようにも見える。
フィルはにこりと笑い、僕を部屋の中へ招き入れた。机の向こうの席には既に父がいて、僕の姿を見るとどこか安心したように表情を崩した。
「久しぶりだな、ベス。父さん、家に自警団の人が来たときは心臓が縮み上がったぞ。はっは」
父は恰幅のいい体を揺すって笑いながら、そう言った。いつも通りのお気楽さだ。おかげで僕の緊張も解ける。父はエスカとフィルを交互に見ながら、感心したようにこう言った。
「しっかし、キペルはすごいな。もしかしてこんな美形の人がそこらじゅうに――」
「いないから。やめてよ、恥ずかしい」
そういえばこんな人だったと思いながら、僕は耳まで赤くなった。言っていることがまるで田舎者だ。別に構わないし僕だって田舎者なのだが、洗練された二人の前だと恥ずかしく感じてしまう。
「仲がいいんですね。では、始めましょうか」
エスカが笑ってくれたのが幸いだった。それから彼らは席に着いて、今回の事件について説明を始めた。父は「なんと、まあ」「ほうほう」など大袈裟な相槌を打ちながら話を聞いていた。話がキースのことに移ると、驚いたことに同情の涙まで流していた。
「ベスの友達にそんな過去が。ええ、罪に問おうなんて思いませんよ。勝手に工場に侵入したなんて、そんな些細なこと。むしろ私を救ってくれたんですから、お礼を言いたいくらいです」
「分かりました。ギジー・ランドに対する被害届は――」
エスカの問いに、父は食い気味に答える。
「そっちはもちろん、出しますよ。あんな奴は獄所台から出てきて貰っちゃ困る」
憤慨しながら父は続ける。
「私の工場の金が、罪のない子供たちを苦しめる一因になっていたなんて。許せないことです。生まれに関係なく、子供は皆幸せであるべきだ。これは私の信念でしてね。ベスを――」
父はそこまで言って、はっと口をつぐんだ。そしてすぐに咳払いし、こう言った。
「すみません、熱くなってしまって。とにかく、キース・アルバ君には気にしなくていいと伝えてもらえますか」
「分かりました。そのようにしましょう。後は被害届にサインを……」
エスカに言われて父が書類を書いている間、僕は父の発言について考えていた。僕を、何なのだろう。ちらりと父の横顔を見るが、彼は意識して僕の視線を避けているように見えた。
フィルに玄関まで送ってもらい、僕と父は本部を後にした。外は既に日も落ち、街には明かりが灯っている。
「なあベス、何か食べて行こうか。門限までは余裕があるだろ? 父さんもせっかくだからキペルの街を歩きたい」
父ははしゃいだようにそう言った。いつも通りの様子なのだが、僕にはさっきの失言を誤魔化そうとしているみたいに聞こえてしまう。
「……いいね。そういえばさ、来週シェリーの誕生日でしょ? プレゼント、何がいいかな」
シェリーは二番目の姉で、年が近いこともあって僕を可愛がってくれている。次の誕生日で19歳、リスカスで郵便配達を担う逓信局で働いている。職場はガベリアだ。
「ん、そうだったか? 子供が多いといちいち誕生日まで覚えてなくてな……。お前はすごいよ。全員の誕生日を覚えてて、忘れたことがないもんな」
父は僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。褒められて素直に嬉しい反面、悲しくもなってくる。僕は、覚えようとして覚えたのだ。みんなに気に入られたくて。物心付いた頃から抱いていた違和感と、妙な疎外感から逃れるために。
「姉さん、成人だね。みんなでお祝いしようよ。あ、僕が無事に魔導師になったら、初めての給料で美味しいものでも食べに行こうか」
こうやって、気に入られようとしてしまう。そんなことをしなくても家族は僕を大切に思ってくれている。頭では分かっているのに。
「大人みたいなこと言いやがって。知らん内に成長してるんだなぁ。あの可愛いベス坊やが……」
父は感極まったように言って目頭を押さえた。演技ではないはずだ。僕はちゃんと愛されている。それを疑ったことなどない。
「もう15歳だよ、お父さん。来年には働いてるんだから。立派に一人立ちってこと」
僕が笑うと、父は赤い目のまま僕の肩を叩いたのだった。
「一人立ちもいいが、辛くなったらいつでも戻ってこい。お前はいくつになっても、間違いなくうちの子だからな」
父と食事を終えて寮に戻ったのは、21時頃だった。キースのいない部屋はしんとしていて、やはり寂しさが募る。誰か医療科の生徒が来ないかな、なんて思ったが、彼らは相変わらず山のように出される課題で忙しいのだろう。
溜め息を吐いて机の前に座った僕は、そこにある雑誌に目を止めた。クライド失踪事件の証拠として回収され、この間自警団から返却された雑誌『枯れ草』だ。
そういえば下らない記事があったなと思い出し、僕はページを捲った。ベッケンス博士の魔力の有無に関する持論『赤ん坊の頃から睫毛がふさふさだと、魔力がある』。何度聞いても馬鹿馬鹿しい。が、僕が気になったのはそこの部分ではなかった。
――人々の魔力の有無については従来より研究が為されているが、遺伝ではない、ということ以外、未だその謎は解明されていない。
魔力の有無は遺伝で決まるものではない。だから、大家族の中で僕だけが魔力を持っていてもおかしくはない。
だがやはり、確率で言えば非常に珍しいのだ。老齢の教官にも言われたことがある。両親と八人きょうだいの中で一人だけ、しかも魔術学院に入れるくらいの魔力を持っているなんて突然変異レベルだと。
それで納得出来たら良かったのに、僕には別の可能性しか思い浮かばなかった。直感とか、本能なのだろうか。僕が家族の中にいると抱いてしまう違和感と疎外感の理由。
今日の父の失言で確定的だと思った。僕は、あの家の子供ではないのだ。




