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24、事件の真相

「売人は人が弱ったところに付け込んでくる。もう20年近く前になるが、奴らは理由わけあって精神的に不安定だった俺の母親に目を付けてメニ草を使わせた。父親は既に亡くなっていて、止める者がいなかったというのもある。残念ながらよくある手口で、あちこちで無垢な労働者を生む大抵の理由がこれだ」


 カイが話す言葉に驚きながらも、僕は納得していた。以前の『メニ草の売人なんて全員死ねばいい』という彼の発言、あれは自身の経験から出たものなのだ。それに、()()()()()のその理由とは、彼の父親がクーデターで急逝きゅうせいしたことに違いない。


「……あなたも、無垢な労働者だったということですか?」


 クライドが遠慮がちに尋ねた。


「そこに関しては違う。売人に狙われていたのは事実だが、誘拐される前に親戚に保護された。母親も病院で長い間治療を受けて、今は普通に暮らしている。だから君の気持ちが分かるなんて言うつもりはないよ。ただ、多少なりともメニ草で苦しんだ者として、君たちのような無垢な労働者に無関心ではいられない。どうにかして救いたいと思っているんだ」


 カイは真摯しんしにそう話した。クライドの心を開くための嘘ではないはずだ。彼は実際に無垢な労働者たちの救出に携わり、救いたいという思いを行動で示している。トワリス病院にいたネリーや他の子供たちが、みんなカイのことを好いているのはその結果だろう。


「カイ副隊長の思いは、俺もステイシーも分かっています。あの畑から救い出してくれたとき、あなたは泣きながら何も言わずに俺たちを抱き締めてくれた。それだけで伝わるのもがありました」


 そう話すクライドの声が、今までより少しだけ和らいでいるような気がした。


「それなら良かった。恥を晒した甲斐があるな」


 カイが冗談めかしてそう言うと、ははっ、とクライドが笑った。同じ部屋で過ごしてきた僕ですら聞いたことのない、素の笑い方に聞こえた。今この衝立ついたての向こうにいるのは作られた人格のクライド・リューターではなく、キース・アルバその人なのかもしれない。僕は嬉しいような寂しいような、複雑な気持ちになる。

 続くクライドの声は、涙混じりだった。


「最初からあなたを頼るべきでした。復讐なんて、馬鹿なことは考えずに」


「馬鹿なことだとは思わないよ。自分の人生を壊した人間には、苦しみ抜いた上でみじめに死んで貰いたいもんね」


 今まで記録係に徹していたラシャが、そこで初めて口を開いた。いつもの明るい口調でそんなことを言うから、僕は少し混乱した。洞窟で売人たちを足蹴あしげにしていた場面もあったし、今になって、彼も何かしらの闇を抱えているように思えてきた。


「お前は記録に集中しろ」


 カイがそれほど厳しくはない言い方でたしなめた。


「あ、すみません」


「……まあ、ラシャの言うことも間違ってはいない。復讐したいと思うのは自然なことだ。実行に移すのは誉められたことじゃないけどな。キース、約束してくれるか? これからはもう、そんなことはしないと」


 カイの問いにクライドは大きく深呼吸し、清々しい声で答えた。


「はい、絶対に。……カイ副隊長」


「なんだ?」


「先ほど言っていた、自分を罰するという意味で経験者というのは?」


 話の流れで忘れかけていたが、カイは確かにそう言っていた。メニ草の被害者でもある彼が自分を罰したくなる理由とは、何なのだろうか。


「ああ、それか。……俺は母親をメニ草から守れなかった。客観的に言えばまだ子供だったし、誰も俺を責めたりしなかったが、それでも自分で自分が許せなかったんだ。俺が弱いせいで売人に付け入る隙を与えたんじゃないかって」


 カイは淡々と続けた。


「幸せになんかなってはいけない、どんなに苦しくても受け入れなければいけない。ずっとそう思っていたから、心から幸せだと感じたことなんてなかった。周りはみんな、俺の幸せを願っていてくれたんだがな。自分の殻に閉じ籠っているうちは気付かないものなんだ。今の君みたいに」


「……」


 その沈黙で、クライドが不満そうな顔をしているような気がした。彼はプライドが高いのだ。ややあって、クライドはこう尋ねた。


「どうして自分を許せたんですか?」


「そうだな……。魔導師になって、ようやく大切な人を守れたから。もちろんそれだけじゃないが、要因としては大きい」


「今は幸せを感じられますか?」


「ああ。心から笑うことだって出来る」


「……俺にも出来ますか。ちゃんと罪を償ったら、その後で」


 震えた声でクライドが言った。彼はまた泣いているに違いない。僕は目頭が熱くなって、当たり前じゃないか、と口を挟みそうになった。


「償うほどの罪が君にあるとは思えないが。君に必要なのは心の治療だ。ほら、さっさと聴取を終わらせよう。君をトワリス病院に送り込まなければならない。もう隠すことはないだろ?」



 朝から始まったクライドの聴取は、昼前には終わった。この事件の顛末を彼は理路整然と話した。事件を起こすにあたっては衝動的な部分もあったが、やはり頭の良い彼のことだから、全て計画的に動いていたようだ。

 今日は月曜日だから、ことの始まりはおよそ一週間前の火曜日のことになる。あの運び屋の少年ミミックが売人に誘拐される子供たちを目撃し、暴行を受けてクライドに助けられた。そこでステイシーの存在を知った。クライドはミミックを一度家に帰し、安全のために外には出ないよう言い付けた。

 水曜日、クライドは肉の加工場のゴミ箱から臓物を入手した。部屋に撒き散らし、捜査を撹乱するためだ。臓物は腐敗しないよう処理して部屋のクローゼットに隠していたらしい。

 僕に気付かれる可能性を考えなかったのかとカイが尋ねたが、クライドは「ベスは人のプライベートに気を遣いすぎるくらいですから。俺のクローゼットには近寄ったことがありません」と答えた。確かに個人的なスペースはあまり覗いてはいけないような気がして、近寄ったことはなかった。僕の行動は読まれていたわけだ。

 木曜日、クライドが失踪した日。その日は医療科で鹿の治療の授業があった。クライドは鎮静の魔術をわざと浅くし、鹿を暴れさせて自分と仲間の白衣を汚した。僕と医療科の仲間を洗濯室に行かせて、失踪の準備をするためだ。

 そして放課後、事前に示し会わせていたミミックと街で合流した。鞄に彼を詰めて軽量化し、部屋に運び入れ、クローゼットに隠した。つまり、クライドと一緒に課題をやっていたあの時、ミミックはすぐそこにいたのだ。またしても僕は気が付かなかった。

 僕が洗濯室に行っている間、クライドは部屋に臓物を撒きミミックと部屋を出た。それから、裏庭の小屋に繋がれていた鹿を逃がした。臓物が鹿の物だと思わせるためだ。まさか、後に鹿が戻ってくるとは思わなかったという。それからミミックはまた家に帰し、クライドは実家に身を潜めていた。

 金曜日、学院にクライドの父親が到着し、教官から説明を受けた。つまりこの時点で父親は彼の所在を知っていて、教官相手に分からないと嘘をいたのだ。教官たちもそれを信じた。魔導師相手に嘘を突き通せたのは、我が子への愛ゆえに、だろうか。

 そしてその日の夕刻、ゴシップ紙の『枯れ草』から号外が出た。『怪異! 魔導師の卵、血塗れの部屋から失踪』と。垂れ込みをしたのはクライドだ。街で適当な子供にお小遣いを渡して、手紙を枯れ草編集部のポストに届けるよう頼んだのだという。世間を騒がせ、後に起こすミミック失踪事件に注目させるためだ。

 土曜日の夕刻、クライドは再び枯れ草編集部に垂れ込みの文書を送った。深夜、彼はミミックを連れ、スタミシア南17区のメニ草畑にある小屋に身を潜めた。かつて彼が働かされていた畑だ。

 日曜日、つまり昨日の朝、号外『怪異、再び! 消えた少年と血に塗れた部屋』が配布された。クライドがミミックの部屋に血で残した『良い子の口は塞げない。黄色は幸せと地獄の色』という謎の文面は、売人への脅しとステイシーへのメッセージだった。

 彼らがメニ草畑にいた頃、ステイシーはこう言っていたという。「黄色は地獄の色なんだね」と。彼女ならきっと、このメッセージで自分の存在に気付くと思ったそうだ。そして、会いにくるはずだと。

 予想通り、号外が出てすぐにステイシーは畑に現れた。ミミックは眠っていたから、彼は何も知らないと。クライドはステイシーに、どうして売人に手を貸しているのかと聞いた。ステイシーは、組織に入り込んで得た情報を自警団に密告しようと思っていたが、売人に脅されていいように使われていると話した。僕が直接彼女から聞いたことと同じだ。

 クライドはステイシーの話から、ミミックを暴行したのはかつて畑で自分達を苦しめた売人ビルズ・ローダーだと知る。それまでは自警団に組織を潰させるのが目的だったが、その話を聞いてから復讐心が芽生えた。クライドは当初の計画を変更し、何としてもローダーを仕留めたいと思った。ステイシーも同じ思いだったようだが、彼女の手を汚させたくはないと、殺害はクライドが行い、全ての罪を被るつもりでいた。

 カイは事前にステイシーの聴取も終えていて、彼女もクライドと同じことを話したと言った。ステイシーは悪くない、とクライドは一瞬声を大きくしたが、カイになだめられた。「君と同様に、ステイシーを罪に問うつもりはないよ。彼女にもまた治療が必要だ」と。

 カイは最後に、クライドにこう言った。「ベスに何か伝えておくことは?」。クライドは少し考えて、答えた。「クライド・リューターのことは忘れて欲しいと思います。そして許されるなら、また友達に……。今度は、キース・アルバとして」。

 クライドは泣きながらそんなことを言うのだ。 衝立の向こうで僕が思わずむせび泣いた声を、彼はきっと聞いていた。でもそれでいい。発言禁止のあの場では伝えられなかったが、僕の答えは決まっているのだから。

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