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22、羨望

「今回は特別だからね、ベス。聴取の最中は声を出さないこと」


 ラシャはそう言って口の前に人差し指を立ててみせると、衝立ついたての向こうへと消えた。

 ここは自警団本部の聴取室。クライドの希望もあり、僕も聴取の場に同席することを許可されたのだ。

 ただ、クライドに信頼されていることが嬉しい反面、怖くもあった。彼はここでどんな話をするのだろうか。特に、わざわざ僕の父の工場で売人を殺そうとしていた理由は一体……。

 胸のざわつきを深呼吸で抑える。僕はそこにぽつんと置かれた椅子に腰掛け、白い衝立をじっと見つめた。部屋の中は静かだ。クライドと、聴取を担当するカイはまだ入室していない。

 カリカリと紙にペンを走らせる音が聞こえてくる。ラシャは今回も記録係らしい。そこに混じり、部屋の外から足音が近付いてきた。


「すまない、待たせた。……あっちの椅子に」


 ドアが開いてすぐ、カイの声がした。はい、と小さな声で答えたのはクライドだ。いよいよ聴取が始まるらしい。向こうからこちら側は見えないはずだが、僕はなんとなく背筋を伸ばして椅子に座り直した。


「では、今回の事件について聴取を始めさせてもらう。確認だが――」


 カイが言葉を切った。彼の視線が、こちらに向いたような気がした。


「あの衝立の向こうには君の友人、ベス・ガレットが控えている。会話の内容は全て聞かれることになるが、問題ないか?」


「構いません。巻き込んでしまった以上、ベスは俺の秘密について知る権利があります」


 クライドは毅然とした表情で言っているに違いない。見えなくても、僕には分かった。


「そうか。……始めよう。まずは氏名と年齢、所属を」


 カイは淡々と切り出した。


「キース・アルバ、15歳、高等魔術学院二年生、医療科です」


 クライドもまた、淡々と答えた。僕が初めて聴取を受けたときとは大違いだ。そこに何か、彼の強い覚悟のようなものを感じた。


「辛い過去を掘り返すことになるが、君を正しく理解するために答えてほしい。……8年前、スタミシア南17区にあるメニ草畑で、君は自警団によって保護された。その時のことは記憶にあるか?」


 カイの問いにクライドは一瞬沈黙し、答えた。


「はい。あなたもあの場にいましたね、カイ副隊長」


 感情を表に出さないようにしているのか、ともすると無愛想に聞こえる口調だった。


「よく覚えています。魔導師も泣くんだ、と不思議に思ったものですから」


「情けないところを見られたものだな」


 苦笑混じりにカイが言い、少しだけ場の空気が和んだ気がした。でもきっと、クライドは唇を結んだまま真顔でいるに違いない。

 カイはこう続けた。


「当時、俺たちはあの畑で保護した子供……君とステイシーを含む5名を、まずトワリス病院に預けた。そのことは?」


「覚えています。あの病院の医務官は優しい方ばかりでした。とても居心地のいい場所、……俺にとって初めて安らげる場所だったような気がします。医務官という職業に、少し憧れもしました」


「それがきっかけで医務官を目指したのか?」


 カイの問いに、さっきより長い沈黙の後、クライドはこう答えた。


「憧れだけが理由だったら良かったのですが……。違います。医務官になることが、クライド・リューターの夢だったからです」


 僕は少なからずショックを受けた。クライドの医務官を目指す気持ちだけは、嘘偽りの無いものだと信じていたのに。それすら、他人の人生を借りて生きていくための嘘でしかなかったのだろうか。

 カイは小さく息を吐き、言った。


「そのことについて、リューター夫妻にも話を聞いたよ。君の父親……と言わせてもらうが、ビル・リューター氏はキペルで診療所を営む医務官だ。過去にはスタミシアで診療所をやっていたようだが。息子のクライドも、父親と同じく医務官になるのが夢だったみたいだな」


 キース・アルバはリューター夫妻の実の息子に成り済ましていた。架空の人物ではなかったわけだ。だとしたら、本物のクライドはどこにいるのだろう。そしてキースはいつ、どうやって、何故そんなことをしたのか――僕は膝の上で拳を握って、次の言葉を待った。


「ええ。幼い頃から病弱でほとんどベッドから動けない状態でしたが、誰よりも心の優しい子だったそうです」


 会話の内容から僕は気付いた。カイもクライドも過去形で話すのは、恐らく、本物のクライドが既に亡くなっているからなのだと。


「本当なら、こんな俺が彼の名前をかたるなんて許されることじゃない。でも……」


 クライドの声が微かに震えた。


「別な人間として生きてみたかった。無垢な労働者なんかじゃない、両親に恵まれた、幸せな子供として。きっと俺だけじゃない。メニ草畑から助け出された子供はみんなそう思うはずです。それは……悪いことなんでしょうか?」


 ああ、彼は今きっと泣いている。それが分かるくらいに、その声は痛切だった。


「あそこは地獄だった。毎日毎日、栽培人たちに怯えながら働いて、自分と同じくらいの子供が目の前で死んでいくのを見る。逃げ出そうとすれば見せしめに痛め付けられ、メニ草を使われて廃人になる。俺たちは心を殺して畑の奴らに従っていたんです。あんな地獄にいても、死ぬのは怖いから」


 せきを切ったようにクライドの口から言葉が溢れていく。僕の視界は勝手に涙で曇っていた。あんな地獄にいても、死ぬのは怖い――そんな状況に置かれた辛さを想像するだけで、胸が裂けそうだった。

 クライドは深呼吸し、続けた。


「……トワリス病院には二ヶ月ほどいました。あそこにはずっと居たかったんですが、何せ、保護されてくる子供たちの数が多すぎた。当時はある程度回復したら施設に移らなければいけませんでした。俺はその後、スタミシアの孤児院に」


 すると、カイは一呼吸置いてからこう言った。


「俺もそこまでは把握している。ただ資料によると、君は孤児院に移ってすぐ、事故で亡くなったことになっていた」

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