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21、本物

 目覚めたときにはベッドに寝かせられていた。時刻は朝だろうか。周囲に引かれた白いカーテンに、窓枠の影が映っている。見たことがあるような無いような光景で、とりあえず自分の部屋ではないし、学院の医務室でもないことは分かった。


「……起きたか、ベス」


 カーテンの隙間から不意に覗いた顔は、自警団のルカ医長だった。つまり、ここは自警団本部の医務室ということらしい。


「君は年相応に繊細なんだな。いや、悪口じゃないぞ」


 ルカは笑いながら僕の側に来ると、手首に触れて脈を取った。


「およそ学生とは思えない経験をしたわけだから、当然のことさ。……うん、問題なし。昨夜の記憶はあるかい?」


「はい。クライドを止めて、ほっとしたら気が遠退いてしまって……」


 夢ではないはずだ。クライドのあの涙も、肩の切り傷の痛みもはっきり覚えている。

 僕はそこではっとして、ルカに尋ねた。


「クライドはどこにいますか? 自警団で尋問とか――」


「まさか。彼の状態を考えると、第一に必要なのは休息だからな」


 ルカはそう言うと、ベッドを囲うカーテンを開けた。それから僕の左側を手で示す。ゆっくり起き上がって確認すると、見覚えのある美しい顔が隣のベッドで穏やかな寝息を立てていた。


「クライド……!」


「本部に着いてすぐ倒れたらしい。思うに、何日もまともに眠っていなかったんだろう。俺が診察したが、それ以外は()()()()問題なしだ。回復し次第今回の事件について聴取することになる……けど、まあ担当はカイって話だから、何も心配しなくていい」


 少し気になる言い方だ。僕の不安を感じ取ったのか、ルカは難しい顔でこう付け加えた。


「正直に言うと、精神的には治療が必要かもしれない。抱えていたものが大きかったし、何よりクライドは自分に厳しくしすぎた。本来の彼……キース・アルバを取り戻すには、少し時間がかかる」


「あの……」


 その時、控え目な声と共に洗面器を抱えた少女が姿を見せた。ステイシーだ。昨夜と同じお針子の格好をしている。ちゃんと顔を見たのは今が初めてだが、表情が暗いせいか、それとも僕が彼女の境遇を知っているせいか、どうしても薄幸そうな印象を受ける。


「キースの顔を拭いてあげたいんですが」


 彼女は僕をちらりと見て、すぐ気まずそうに目を伏せた。


「助かるよ。もし彼が目を覚ましたら教えてくれ」


 ルカはステイシーに笑いかけ、去っていった。僕と眠ったままのクライド、そしてステイシーだけが残されて、何ともいえない気詰まりな空気が漂う。


「えっと、君の名前……、ステイシーだよね」


 僕が話しかけると、彼女は洗面器をベッド際のテーブルに置き、俯いてタオルを絞りながら答えた。


「はい」


 身構えているのが声だけで分かる。彼女からしたら尋問されているように感じるのだろうか。恐らく事件の参考人として、自警団本部を出ることは許されていないに違いない。なんだか気の毒に思った。


「あの、そんなに緊張しないで。僕はクライドの……キースの友達で、ベス・ガレットっていうんだ。15歳で、君は……同い年?」


「私は、14歳。一つ下です」


 ステイシーはタオルでクライドの顔を拭きながら、消え入るように答えた。僕はつい彼女に、僕の知らないクライドについてあれこれと聞いてしまいたくなる。しかし、彼女がそれを拒んでいるのは雰囲気で分かった。

 少しでも気を許してもらえればと思い、僕はこう言った。


「そっか。君はキペルのお針子さんなんだよね。とっても働き者の」


「え……?」


 ステイシーが初めて顔を上げ、戸惑ったように僕を見た。


「その格好と、手を見れば分かるよ」


 僕が言うと、ステイシーは自分の手をまじまじと見つめた。指や手のひらのあちこちに固くなった部分が出来て、お世辞にも綺麗とはいえない手だ。毎日の針仕事で出来たものだろう。


「これは……。私みたいなのは、他の人よりも必死で働かないと生きていけないから」


 ステイシーはぎゅっとタオルを握りしめ、微かに声を震わせた。


「どこへ行っても、メニ草畑で働かされていた『無垢な労働者』だったっていう事実が付いて回るんです。その内メニ草に手を出すんだろう、信頼されたいならそれなりの働きを見せろ、って。みんなの私を見る目が冷たくて、それでも、逃げる場所なんてないから……」


 その目から一つ二つと涙を溢しながら、彼女はせきを切ったように話し続けた。


「やっと地獄を抜け出したと思ったのに、メニ草畑にいた子はみんな私と同じような目に遭っている。差別に耐えられなくて、本当にメニ草に手を出してしまう子もいる。元はと言えば、売人が誘拐なんてしたから……そう思うと憎くて堪らなくなったんです。このままじゃ嫌だ、復讐してやろうって」


「それで、彼らの運び屋に……?」


「犯罪に手を貸したかった訳じゃない!」


 ステイシーは少し語気を強め、潤んだ目で僕を見た。


「組織に入り込んで、滅茶苦茶にしてやりたかった。情報を掴んで自警団に流してやれば、すぐに捕まると思って。……でも、そんなに甘くなかった。私は脅されて、いいように利用されたんです。奴らの言いなりに、誘拐された子供たちを何人も畑に連れていった。そこがどんな場所か自分が一番よく分かっているのに。今回だって結局言いなりに――」


「もういいよ、ステイシー」


 かすれた声が彼女の言葉を遮る。見れば、クライドがゆっくりと目蓋を開けるところだった。いつの間にか目を覚ましていたらしい。彼は腕を伸ばし、そっとステイシーの手を握って言った。


「終わったことなんだ。俺たちに出来るのは、自警団に全て話すことだけだよ」


「でも……」


「大丈夫、泣かないで」


 クライドは体を起こすと、ステイシーの肩をそっと抱き寄せた。言葉はとても優しいのに、その表情は空虚だ。彼らにしか分からない苦痛が今も彼らをさいなんでいる――そんなふうに見えた。


「やり直す機会はまだある。少なくとも、君にはね」


「キースはどうなるの?」


 クライドの腕の中で、ステイシーは肩を震わせた。


「俺は……」


 涙で少し曇ったように見えるクライドの目が、ふと僕の後ろに向く。今まで何の気配も感じなかったが、振り向くとそこにカイが立っていた。彼はクライドを見つめたまま次の言葉を待っているようだ。


「やったことは償わないといけない。そうですよね、カイ副隊長」


 クライドの頬を静かに涙が伝った。


「自分の口から全て話します。俺を助けようとしてくれた人たちを、これ以上騙すような真似はしたくないんです。何よりも……本物のクライド・リューターに、人生を返さなくてはいけませんから」

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