16、ミミックの証言
ミミックがまだ自警団に話していないことがある――クライドの行動から考えると、その可能性が高いと僕は思っていた。
クライドは売人たちが捕まるよりも先にミミックを両親の元へ帰した。この先、売人たちは確実にミミックに手出し出来ない状態になると彼は考えているからだ。『自警団が確実に捕まえる』ならまだいいが、最悪なのはそれが『クライドが確実に仕留める』だった場合。
クライドは実際に売人たちを見たミミックから、復讐に使える手掛かりを得ようとしたはずだ。そして実際に得ることが出来たから、僕に遺書めいたものまで書いて失踪を続けている。その手掛かりの部分を、ミミックは意図的に自警団に黙っているのではないか。恐らくクライドに言われて。
それをカイに説明すると、彼は数秒考えてから頷いた。
「確かにそれも一理あるな。ただ、クライドはミミックのような子供に偽証を強要する人間ではないと思う。ある程度二人の関係性は出来ていたようだから、クライドの頼みにミミックが応えたという形だろう。要するにクライドを庇っているんだ。……よし、急ごうか」
そして僕らは、自警団本部の医務室へと向かった。ミミックは両親と一緒にそこにいるらしい。彼を脅した売人たちが確保されるまで、安全のために本部で保護しておくそうだ。
僕とカイが医務室に入ると、ドアで繋がる隣室から医長のルカと女性が口論する声が聞こえた。ミミックの母親だろうか。何人かいる医務官たちは心配そうにドアを見つめつつも、止めには入れないようだった。
「あ、カイ副隊長!」
医務官の一人が駆け寄ってきた。
「連絡を頂いて、医長がミミックの両親と話をしているんですけど、もう息子をそっとしておいて欲しいの一点張りで。何とか説得していますが、このままだとミミックから話を聴けるかどうか……」
カイはちらりと時計を見た。時刻は17時半だ。外は薄暗くなり始めている。
「こちらの作戦開始が19時だからな。あまり悠長には待っていられない。俺が――」
「あのぅ……」
背後で子供の声を聞き、僕らは振り向いた。不安そうな顔をした小柄な少年が、ズボンの横を握り締めて立っていた。彼がミミックだろう。カイが魔術で見せてくれた顔と同じで、少し垂れ目で大人しそうな子供だった。例えるなら子犬みたいな雰囲気をしている。
「僕、さっき……、ちゃんと話してないから……」
もじもじと体を揺らしながら、ミミックはそう呟いた。カイは彼の前にすっと屈み、優しい笑顔で言った。
「そっか、思い出したことがあったんだな。話してくれるか? こっちのお兄ちゃんにも。クライドの友達で、彼のことをとても心配しているんだ」
隠していたのではなく、忘れていた。そういうことにしておけばミミックが責められずに済むからだろう。それに彼も話しやすくなる。僕はカイの機転と優しさに感心したし、これならトワリス病院の子供たちにも好かれるわけだと思った。
ミミックの視線が僕に向いていた。彼は少し目を潤ませ、大きく頷いた。
「……というわけだ。医長室を借りる。ルカ医長によろしく」
医務官にそう言うと、カイはミミックと僕を連れて廊下に出た。そして、すぐ隣の医長室に入った。部屋はそれほど広くはなく、両側の壁にある本棚には医学書がぎっしり詰まっている。そこに入りきらない本が机や床の上にも積んであった。
クライドだったらこの部屋に一日中こもっていそうだなと思い、ちくりと胸が痛む。彼はそれくらい、向上心に溢れて勉強熱心だった。クライドの正体がキース・アルバだったとしても、あれが嘘だったとは思えないのだ。
カイは隅の方から椅子を二つ持ってきて、僕らを座らせる。そして自分は壁際に立ち、僕に向かって頷いてみせた。僕が話を聴けということだろう。
「それじゃあ……はじめまして、ミミック。僕はベス。君を助けたクライドと同じ学校にいて、友達なんだ。この制服、きっと見たことがあるよね?」
ミミックは頷いた。強張っていた表情が、少し和らいだように見えた。
「初めて会ったときに、クライドが着ていました」
8歳にしては受け答えのしっかりした子だと思う。運び屋として働いているというのもあるのだろうか。本来、リスカスでは12歳以下の児童を夜間に就労させてはならないという決まりがあるのだが、それはまた別問題だ。自警団が両親に説教をしたに違いない。
「僕の血がべっとり付いちゃったけど、気にしなくていいって言ってくれました」
ミミックは売人に暴力を振るわれて大怪我をしていたのだから、血が付いたのも仕方がない。と、僕はそこで思い出した。クライドがミミックと出会った火曜日、外出から戻った彼は制服の上着を着ていなかった。外は肌寒いのにと僕が言うと、門限に間に合うように走って帰ってきたから暑かった、と彼は答えた。今にして思えば、制服のどこかにミミックの血が付いていたのかもしれない。
「そっか。クライドが君の怪我を治したことは聞いてる。ねえ、ミミック。クライドは君に優しかった?」
「はい、とっても。もう怖い思いをしなくていいように助けてあげるって、約束してくれました。だから僕も、クライドとの約束を守ろうと思ったんです」
ミミックは少し目を潤ませて、唇を噛んだ。僕が頷くと、彼はこう続けた。
「だけど、怖くなっちゃった。そのせいでクライドが帰って来なかったらどうしようって。ごめんなさい」
「謝らなくていいんだよ。君は約束を守っただけだもん。とてもいい子だと思う。良かったら話してくれるかな。クライドとどんな約束をしたのか」
「はい。……僕が殴られていたとき、そこにいた運び屋の女の子のこと、自警団には黙っていてほしいって」
カイの指先がぴくりと動いた。僕も、初めて聞いた情報に少し前のめりになった。誘拐した子供たちを移動させるには、確かに運び屋が必要だ。しかも、売人たちの悪事を知った上で加担するような。
「運び屋の女の子?」
「うん。その人が僕を守ろうとしてくれたんです。暴力はやめてって。それで僕は、何とか逃げられたんです」
「その女の子は、何歳くらいだった?」
カイが口を挟んだ。
「たぶん……クライドとか、ベスと同じくらいです」
「名前は分かるかい?」
「ステイシー、って呼ばれていました。クライドが知っている人だったのかな。クライドに、もっと詳しく教えてって言われたんです。右手の甲にホクロはあったか、って」
「三日月形の?」
カイが何か確信を持ったように尋ねると、ミミックは少し驚いたように答える。
「そう。そのホクロ、あったんだけど……どうして分かるの?」
「俺も知っている子だからな。ありがとう、ミミック。これでクライドを見付けられるかもしれない」
早足に廊下を歩くカイを追い掛けながら、僕はこう尋ねた。
「カイ副隊長、ステイシーって誰なんですか? クライドと関係があるんですか?」
「大ありだ。クライドと一緒にあの畑から救出した子供なんだから」
「えっ」
「クライドの方から接触を試みて、今も一緒に行動しているんだろう。売人たちの運び屋……どうしてそんなことを……」
ぶつぶつと呟くカイの顔は険しかった。確かに、この状況は疑問に思う。やっと地獄のような場所から救出されたのに、ステイシーはどうして売人たちの運び屋なんてしているのだろうか。憎くて堪らないような人間の手伝いを。
「脅されているんでしょうか……?」
「あるいは復讐のために自分から近付いたか、だ。何にせよ助ける。クライドと一緒にな」
カイはふと、廊下の窓から外を見た。空は夕方から夜へと徐々に色を変えていた。
「チェス教官には君を暗くなる前に帰すと言ったが……、どうする? 俺もラシャも作戦の最前線だから、これまでみたいに君を構ってはいられないかもしれない」
問答無用で学院に帰されるのかと一瞬身構えたが、違ったようだ。
「作戦の邪魔はしません。僕も連れていって下さい!」
そう言うと、カイは少しだけ笑ったような気がした。
「まあ、そう言うだろうとは思ったよ。派手な課外学習として、学院の教官に引率は頼んでおこう」