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12、朗報

 昼刻ひるどきのスタミシアの街は昼食を求める人々で賑わい、彼らは道の左右に並ぶ飲食店に次々と吸い込まれていく。僕はラシャと並んで歩きながら、ぼーっとクライドのことを考えていた。彼はこのまま、自分から戻ってくる気はないのだろうか。


「クライドのこと、考えてるんでしょ。また胃が痛くなっちゃうよ?」


 ラシャにそう言われて、現実に戻ってくる。


「心配なのは変わらないんです。行方不明になってからもう3日目だし……」


「大丈夫、クライドなら今夜にでも戻ってくるよ」


「えっ?」


 驚いてラシャの顔を見つめると、彼は得意気に微笑んだ。


「ただ君を連れ回してるんじゃなくて、ちゃんと仕事もしてる。僕、これでも第一隊だから。とりあえずお昼にしよう。道の真ん中で話す内容でもないしね」


 彼は道を左に折れ、すたすたと歩いていく。庶民的な店が並ぶ通りとは違って、そこはかとなく高級感の漂う通りに入った。


「あの、僕、お金は持ってきてないんです……」


「もちろん僕がおごるよ。気がとがめるなら、出世払いで返してくれてもいい」


 ラシャはそう言って、小洒落こじゃれたレストランのドアをくぐった。


「いらっしゃいませ……、ラシャ! 来てくれたんだ」


 姿を現した女性店員がラシャを見るなり、顔を輝かせた。20代だろうか、彼と同年代に見える。


「こんにちは、シンディ。二階の個室、空いてます?」


「ええ、もちろん。そちらは学生さん?」


「はい。美味しいものを食べさせてあげたくて」


「かしこまりました。上へどうぞ。3号室です」


 シンディはにこりと笑って階段を示してから、裏に引っ込んだ。ラシャは迷うこともなく階段を上っていく。二階の廊下には左右に二つずつドアが並び、右手奥に3号室があった。


「さ、入って」


 ラシャがそこを開け、僕を中に入れた。窓のない広めの部屋で、天井には小さなシャンデリアが光っている。真っ白なクロスが敷かれたテーブルと、高級そうな椅子、絨毯張りの床に細かな模様の入った壁紙。まずもって学生の来るようなところではないな、と思った。


「お高めのレストランの個室ってね、内密の話をするにはちょうどいいんだ。こういう、自警団に融通を利かせてくれる場所がリスカスには何ヵ所かある。キペルのファムってレストラン、知ってる?」


 ドアを閉めながらラシャが言った。


「高級中の高級レストランじゃないですか」


「そう。あそこは隊長や副隊長がよく使うんだ。僕はまだ入ったことがないけど、憧れるよねぇ。とりあえず座って。料理が来るまでに、状況を説明するよ」


 僕は早くそれを聞きたくて、急いで席に着いた。ラシャは僕の向かいに座り、真面目な顔で話し出した。


「まず、スラム街で行方不明になった7人の子供がいたでしょう。彼ら、間違いなくメニ草の売人に誘拐されたことが分かった。ガベリアの方で捕まった別の売人が、仲間がスラム街から子供を連れてくる話をしていたと吐いたんだ」


「じゃあやっぱり、ミミックはそれを目撃したんですね?」


「うん、その可能性が高いね。で、問題はその子供たちがどこの畑に連れていかれたかだ。口を割った売人の話から、場所はキペルの西14区に絞れた。現時点で子供たちはそこいると思う」


「じゃあ、すぐにそこを自警団が叩けば――」


「そうなんだけど、僕らはクライドの策を利用させてもらうことにしたんだよ」


 僕の言葉を遮って、ラシャが言った。


「クライドの策?」


「そう。彼はメッセージを残すことで売人たちを焦らせた。でもそれだけじゃ、そこまで大きな動きは見せないかもしれない。そこで自警団が更に揺さぶりをかけたんだ。今夜、自警団が西14区の畑に向かうという情報をあえて流した。これは必ず売人の耳に届く。何たって情報操作のプロ、第二隊の仕事だからね。

 そうなった時に売人たちがどうするかっていうと、畑にいる子供たちを全員連れて逃げるわけだよね。西14区の畑から、別の畑へ。向こうも労働力は失いたくないから。ここまでは、分かる?」


「はい、何とか」


「オッケー。その別の畑がどこにあるかは、まだ僕たちも把握していない。だから、売人たちが逃げるときに追跡するんだ。そうすれば逃げた先の子供たちも救出できる。誘拐された7人に加えて、僕らの予想では西14区の畑と逃げた先の畑にそれぞれ10人くらい、上手くいけば全部で30人を超える子供たちを救える」


 ものすごい数に僕は驚いたが、ラシャは平然としていた。


「カイ副隊長は、やると言ったらやる。今回の作戦も絶対に成功させるよ。僕ももちろんそのつもり。それが終わればもうクライドもミミックも隠れる必要がないから、出てきてくれるはずだ」


 僕にとっては嬉しい言葉だった。これでようやくクライドに会えるのだ。この3日間の心配も報われると思うと、どっと肩の力が抜けた。しかし、ふと不安にもなった。


「その作戦、ラシャさんたちに危険はないんですか?」


 ラシャはふふっと笑いを漏らした。


「大丈夫、僕らだって何度も修羅場をくぐっているから。ベスは優しいね。優しすぎて魔導師には向いていないタイプ」


「えっ……」


 割とショックな言葉だったが、ラシャはすぐにこう続けた。


「って言われていたけど、それでも今、副隊長をやっている人がいるから。結局、向き不向きなんて自分で決めるものだよ」


「……カイ副隊長のことですか?」


「さぁ? 僕はよく知らないなぁ」


 あからさまに知らばっくれて、ラシャは顔を逸らした。僕はその横顔に大人の色気のようなものを感じ、どきりとした。そしてふと、この店に入ったときの女性店員の態度を思い出す。あれは明らかにラシャに好意がある態度だった。性格の良さも相まって、彼は無意識に女性を振り回すタイプなのかもしれない。

 少し経って、その店員が料理を運んできた。美味しそうなパスタだ。彼女がテーブルに料理を置いて部屋を出るとき、ラシャに熱っぽい視線を残していったのを僕は見逃さなかった。


「ラシャさんて、結婚されてるんですか?」


 ドアが閉まってから、余計なお世話と思いつつ尋ねてみた。


「気になる? 実は去年、数少ない同期の魔導師と結婚したばかり」


 ラシャは幸せそうに笑うが、僕にはそれ以外で気になる部分があった。


「数少ない?」


「そう。僕の同期、最終的に魔導師になったのはたったの10人。その内6人は医務官だから、監察部には僕を入れて4人しかいないんだ。信じられないだろう?」


 いくら厳しいといっても、魔術学院を卒業する生徒は毎年、少なくとも20名はいる。その半分しかいないなんて、異常事態だ。

 僕が驚いていると、ラシャは小さく息を吐いて椅子の背にもたれ、話し出した。


「僕が学院の二年生の頃にガベリアが甦ったって、前に話したよね。喜ばしいことの反面、そのために犠牲になった魔導師もいた。知ってる?」


「はい、確か……叙勲されていた方ですよね。勲一等の」


 当時の新聞記事に載っていたのを、学院に入ってから読んだことがある。彼はまだ新人だったということも。


「うん。クシュ・エテイリ(崇高なる者)、オーサン・メイ。彼が殉職したことをきっかけに、監察科の同期が大勢、学院を辞めていったんだ。11月で、卒業まであと少しって時期だったのに。やっぱり死の危険がある魔導師にはさせられないって、生徒の親が無理矢理辞めさせたのがほとんど。あとは、生徒自身が怖くなったとか」


「そうだったんですか……」


 想像に難くない話ではあった。大体の親は、僕の両親もそうだったように、そもそも子供が魔導師になることを反対するのだ。いつでも死と隣り合わせ。本人が覚悟していても、家族にとっては辛い。僕だってこのタイミングで魔導師の誰かが殉職したら、無理矢理にでも学院を辞めさせられるに違いない。


「みんな本当は辞めたくなかったみたいだけど、親の気持ちを考えたら……って。僕ら残った生徒に思いを託して去っていった。あ、その同期たちとは今でもたまに会うよ。みんなそれぞれの場所で元気にやっているから、心配しないで」


 胸の内はきっと辛いはずだが、ラシャはにこりと笑った。強い人なんだなと思う。そんなに多くの仲間が去っていくなんて、僕だったら心が折れてしまう。クライド一人でさえいなくなって狼狽うろたえているのに。

 そのとき、部屋の壁を抜けてナシルンが現れた。自警団からの連絡だろう。ナシルンがラシャの肩に止まってしばらくすると、彼は僕を見て言った。


「朗報だよ。ミミックが保護されたって」

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