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同窓会

作者: 乃亜 佑恭

プールで探し物をする夢を見ていた私は寒さで目を覚ましました。

カーテンの隙間に見える窓は暗く、まだ朝ではない事がすぐにわかりました。

とても喉が乾いていて、点けっぱなしだった明かりのせいなのか瞼が熱く重たくて、目がパサパサに乾燥しているような感じでした。

とりあえず水を飲もうとして起き上がった時、カーテンがフワッと揺れました。

『窓を閉め忘れたから寒かったのね。もしかして風邪ひいちゃったかな?』そんな事を思いながら窓を閉めようとカーテンを開けると、窓にはちゃんとカギがかかっていました。

『あれ?』一瞬だけ不思議に思いましたが、私は特にそれ以上考えず水を飲んで明かりを消して、もう一度ベッドに入りました。

「うぅ 寒っ」一度出てしまったベッドは冷たくて思わず声が出ました。

次に目が覚めた時には外はすっかり明るくなっていました。

「えーと…」手を伸ばしてサイドテーブルの上の封筒から案内状を取り出して時間を確認しました。

『18時だから16時過ぎに出れば余裕ね、さて、もうちょっと寝よっと』私はまた掛け布団を頭の上まで引っ張りました。

同窓会の案内状が届いたのは1ヶ月ほど前でした。

卒業して最初の同窓会に参加できず、その次も少し遠くに引っ越していたために参加できず、それから何となく参加しづらくなって結局今まで一度も参加した事はありませんでした。

クラス中に無視されたりもしたから、別に予定を変更してまで行かなくていいやという気持ちもありました。

『きっとみんなもう結婚して子供がいたりするんだろうな。利恵なんか絶対にいいお母さんしてそうな気がするし…それともちょっとトロい恵利みたいな子の方が案外お金持ちの旦那さんつかまえて幸せな暮らしをしてたりするのかなぁ? あーぁ…それにしても私はダメだなぁ…』

30代も半ばに差しかかり、自分がまだ独身である事も同窓会への参加を躊躇させていた理由の一つでした。

同級生の今の姿を想像していると、やっぱり行くのやめようかなという気持ちも出てきましたが、今回こそは必ずと決めていたので「ダメ!絶対行く!」とわざと声に出して自分に活を入れてから私は目を閉じました。


いつもの倍くらいの時間をかけてメイクをしました。

鏡の中の自分を見ていると、ほとんど使った事のない真っ赤な口紅も今日の自分にはすごく似合ってるようなそんな気分になってきました。

『でも前髪… 前髪がちょっと長いなぁ…』

大失敗でした。

『あー やっぱり切らなければ良かった』

いつも大抵失敗するくせに、よりによってこんな日に切らなくても…とちょっと後悔しましたが、それでもこの日のために新しく買ったコートを着るとすぐに気分は戻ってきました。

一目で気にいった真っ白なコートで、早く外に着ていきたいと思いながらも今日までは部屋で着ただけで、あとは飾って眺めていました。

『やっぱりお気に入りを身につけるとテンション上がるわね』と改めて感じながら私は駅に向かいました。

風はほとんど無いのに空気がすごく冷たくて、手袋を用意していなかった私はすぐにポケットに手を入れましたが、手はちっとも温まりませんでした。

小さな公園の横を通ると、誰も乗っていないブランコが少し揺れていました。

電車は少し混んでいたけれど次の駅ですぐに座れました。

遊び帰りの家族連れや楽しそうなカップルを見ていると、また気分が落ち込みそうになったので目を閉じましたが、聞こえてくる会話や笑い声を遮断することはできませんでした。

途中で一度電車を乗り換えると客層がガラリと変わり、今度は周りが酔っ払ったおじさん達ばかりになりました。

どうやら近くの競馬場で大きなレースがあってその帰り道らしく、みんなやたらと大きな声で喋っていました。

私はギャンブルには全く興味が無いので、普段ならただうるさいなぁと思っているところですが、今の気分的にはこっちの方がありがたかったです。


駅から出たあと道に迷ってしまって、18時ギリギリでやっと建物を見つけました。

会場は3階建ての小さな旅館で、和風庭園のような玄関には《藤山第二中学校 三年F組同窓会 御一行様》と案内板が出ていました。

旅館の人に笑顔で迎えられて、案内に従って階段を上ると廊下の中程に受付があり男女一名ずつが座っていました。

受付の前に進み「こんばんは 遅くなってすみません、青木です。」と声をかけると、二人は一瞬顔を見合わせてから「あっ 青木さん えっと… ちょ… ちょっと待ってくださいね えっと… 」女性の方が慌ててテーブルに並んでいる名札の中から私の名札を探す素振りを見せますが、残り3枚しかない名札に私の名前が無いのは一目瞭然でした。

すると男性が慌てて「すぐにお持ちしますので、どうぞ中の椅子に座ってお待ちください」と言いました。

部屋に入ると立食パーティーの準備がされていて、周りに並べられた椅子に座ってる人達が一斉に私の方を見ました。

隣同士でヒソヒソと話している人達が明らかに自分の事を話しているんだろうなと感じながら、私は周りに人のいない端っこの席に座りました。

しばらくしてさっきの男の人が名札を持ってきてくれるまで、私はずっと下を向いていました。

「青木さんすみません、お待たせしました。ちょっと手違いで名札が準備できていなかったみたいで…申し訳ありません。」

急遽用意された手書きの名札を受け取りながらその人の顔と名札を見ましたが、私には全く記憶がありませんでした。

ちょうどその時、最後に来た3人が大きな声で笑いながら部屋に入ってきました。

「おせーよ!何やってんだよー」などと声が飛ぶ中、3人はあらかじめ確保されていた真ん中辺の席に座りました。

「いや、嶋田がトイレ行くって言うから待ってたら電車乗り遅れたんだよ。てか受付で吉井に聞いたけど、マジ? 来てんの?」

私は涙が出そうになるのを必死に堪えながら下を向いていました。

でもその3人の顔と名前ははっきりと覚えていました。

山城 嶋田 渡部

最初に私に嫌がらせをして、それをクラス中に拡めた人達…

『あぁ… やっぱり来なければ…』


「えー みなさん、たいへんお待たせいたしました! それではこれより三年F組同窓会を始めたいと思います! この良き日に司会という大役を仰せつかりました幸せ者はわたくし中村と、、、、」

同級生のハズなのに、私は司会の2人も全く覚えていませんでした。

そのあと中央のテーブルに集まり、それぞれグラスに飲み物を注ぎあって幹事さんの発声で乾杯をしました。

ずっと下を向いたままの私に気づいた旅館の中居さんが、笑顔で私にグラスを手渡しビールを注いでくれました。

その優しさに今度は涙を止める事はできませんでした。


歓談の時間がしばらく続き、酔いも少し回ってきた私は『せっかく来たんだ。別にもう誰とも喋らなくていい。とりあえず食べたい物を食べよう。』と少し気持ちを切り替えて、中央のテーブルに料理を取りにいってまた元の席に戻りました。

そんな私の様子をみて例の3人が笑いながら何か話しているのが視界に入りましたが、睨み返す勇気はありませんでした。

取ってきた料理をただうつむいて食べていた時、「青木… 青木だよねぇ?」と話しかけてきたのは、あの3人と一緒になって私をいじめていた、いわば女子のトップグループにいた真希でした。

「え…えぇ…そう 青木です…」

「だよね! なんで今まで出なかったのよぉ 同窓会」

「えぇ… ちょっと色々と…」

「はいこれ! 乾杯しよ!」

真希が両手に持ったグラスの1つを渡してくれました。

少しだけ嬉しい気持ちになって乾杯して一口飲むと、思った以上に強かったアルコールに私はむせ返りました。

真希と仲のいい女子グループがその様子をみて笑っていたので、私は悔しくなってそのグラスを一気に飲み干しました。

「すごーい! お酒強いんだね! それになんか青木変わったよね! うん、変わった! 多分このクラスで一番変わった気がする!」

「そんな… 私は自分が変わったなんて思ってないけど…」

決して飲めないわけではないので、どの程度のアルコールなのかさえわかっていれば別にたいした事ではありませんでした。

「ねぇねぇ でもさぁ でも青木さぁ そのコート、それずっと着てるけど暑くないの?」

その言葉に今度は大爆笑がおこりました。

「ごめんなさい、私ちょっとトイレに…」

耐えられなくなった私が部屋を飛び出すと、追い打ちをかけるような爆笑が私の背中に突き刺さりました。


換気が悪いのか、トイレの小窓は全開になっていました。

そこから見える月

それはあの頃に見た月と同じような…違うような…


「うぅ 寒っ」私は寒さで我に返りました。

肩を丸めコートのポケットに手を入れて部屋に戻ると、みんなはすでにかなり酔っ払っていて、いくつかのグループに分かれて騒いでいました。

たくさんの声が反響していてそれぞれの言葉はもう聞き取れません。

私の存在に気づく人もいません。

そして私の手は冷たいままでした。


『えーと…順番はどうしようかな ちょうど並んでるし、近い方からでいいか』

私は半円の形に座って談笑しているいじめグループの後ろ側に回り、ポケットから取り出した冷たいハサミを渡部の首に突き刺しました。

そしてすぐに引き抜き、山城、嶋田、真希 と自分でもびっくりするほど簡単に、4人の首にハサミを突き刺す事ができました。

お気に入りの真っ白なコートが4人の返り血を浴びて真っ赤に染まり、そこでやっと女性の悲鳴が上がり私は一瞬で取り押さえられてしまいました。

ハサミは取り上げられ何人もが背中に乗り、顔を床に押しつけられました。

悲鳴と怒声が入り混じる中、誰かが警察に電話をしている声が聞こえました。

「はい そうです! 4人ともハサミで首をさされて! ええ! みんなほとんど意識がありません! 出血がすごいです! 早く!早く救急車をお願いします! 早く! はい! ええ! 犯人は取り押さえてます! そう! 知り合いです! ええ! そうです! 名前も はい! わかります! 青木です! 青木稔彦です! 同級生です!」


床に押しつけられ閉じていた目を開けると、カーテンがフワッと揺れるのが見えました。

そのカーテンが半開きになった窓の外に中学生くらいの男の子が立っていました。


男の子はニコニコ笑って僕に手を振りました。


僕も笑いました。


二十年ぶりに僕も笑いました。


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