5.敗北
「新入生の皆さん。御入学おめでとうございます。ーー」
入学式。ハーデンバード学園の講堂にて多くの新入生が集う。
その中には上流貴族から下級貴族まで様々な貴族がおり、平民であるアリスは異色の存在である事は明らかだった。
そんなアリスの存在は学年中に広まらない訳がなく、アリスは一躍有名人となった。
(なんか…視線を感じる……。)
単純にアリスを珍しげに見る者や、賤しみを込めた視線を送る者など様々な視線がアリス一点に集まった。
勿論。そのどの視線もアリスにしてみれば不快極まりないものだった。
入学式が終了し各々が区分された自分のクラスへと足を運ぶ。
この学園は1〜7組まで存在し、クラス配分は成績順で決められていた。
(えーっと。私のクラスは…1組…。)
アリスは特待生として入学した程の逸材。当然1組なのだった。
クラスの前に着くと、流石貴族が通う名門と言えようか。
扉でさえ豪華な彫刻が彫られておりとても物々しいものを感じざるを得ない。
(此処が、私のスタートライン…。何が起こるか分からないけれど、もう何も無い人生はごめんだっ!)
そう自らを奮い立たせ、教室へと足を踏み入れた。
教室に入ると大半の生徒が揃っており、皆指定された席に座っている。
クラスメイトの視線はアリス一点に集まり少しの騒めきが走った。
「えっ、あの平民…1組だったの?」
「じゃあ、特待生って噂も本当だったって事だよな…?」
「マジかよ…。魔法も使えるって事?」
そんな声は当然アリスの耳にも届いており、なんとも複雑な気持ちになる。
(丸聞こえなんですけど…?そんな私が気になるならいっそ話しかけてよっ。)
そんな事を思いながらアリスは貴族達の方にニコリと微笑みかけた。
すると、貴族達は慌てて視線を外し、またもや声を潜めて話す。
「平民が笑ったぞ…?」
「私達の声、聞こえてたんじゃないっ?!」
「お前の声が大きすぎるすんだよ!!」
(いや、皆んな大きい気がするのだけれど…?)
クラスの視線に反応するのも程々にアリスは自分の指定された席を探す。
指定された席を見ると隣には赤髪の図体が大きい男子が座っている。
(ジャン=クレージュ…。)
彼は攻略キャラの1人でありヒロインと最初に接触がある人物。
彼が攻略キャラである以上、接触しないに越した事はないどだろう。
が、彼とのストーリーは彼がアリスに話しかける事から進展して行くのだ。アリスが席に着いた途端
物語が進んでしまう。そうなると、アリスの選択は2つだった。
1つ目は先生が来るまで席に座らない。2つ目は彼に話しかけられても徹底無視だ。
だが、1つ目の選択肢には欠陥があった。
ただでさえ目立つアリスが1人席に座らず、ずっと立っているのは不自然にも程が有る。
また変にコソコソと騒がれてはアリスにとってたまったものでは無い。
2つ目の選択肢にも少々無理は有るが、聞こえなかった振りで通せば何とかなるだろうとアリスは考えた。
(よし…。作戦は完璧だっ!……多分。)
アリスは覚悟を決め席へと歩みを進める。
一歩、また一歩。とうとう席の前に来てしまい息を呑む。
ゆっくりと着席し、何とか一息着いた。その時だった。
「なあ、なあ。お前、有名な平民だろ?特待生なんマジなの?」
案の定、彼は此方に興味を示し話しかけてきた。
アリスの心臓は勢いよく跳ね上がった。
「‥‥…。」
(無視…。無視…。)
作戦通り無視を決め込むアリスだがジャンも負けじと続ける。
「おーい。聞こえてんのー?おーいってば。」
アリスは気づかないふりを続ける為、目を合わせまいと下を向いた。
そうして、少しの沈黙が流れる。
「無視すんなら、もういい。っちぇ。」
彼は少しいじけた様なセリフを吐いて席を立ち何処かに向かってしまった。
(もう…行ったかな?)
アリスはホットし、俯いていた顔を正面に戻したその時だった。
「わっ!!」
「きゃあぁっ!!!!」
机の下からジャンが声を上げて飛び出してきたのだ。
あまりの予想外な事に悲鳴を上げてしまう。そんなアリスを見たジャンは満足気に笑っている。
「ぐははっ。めっちゃ驚くじゃん。お前が無視するから悪いんだぞ。それにしても…ぐふっ。」
アリスはジャンに一枚食わされたのだ。
(やられた……。流石攻略キャラ。一筋縄じゃいかないわ…。)
ジャンは笑いながら席に戻り、改めてアリスに話しかける。
「お前、特待生なんだろ?」
アリスも罠に引っ掛かってしまった以上、これ以上無視する事は難しいと思いなくなく諦める事にした。
(まあ、中身はアリスじゃ無いんだし…大丈夫よね。モテた事が無いもの…大丈夫。)
「…そうだけど?それがどうしたの?」
アリスは少し心苦しく思いながらも少し冷たく返す。
すると彼はキラキラと目を輝かせて言う。
「凄いなっ!!賢いんだなっ!」
(うっ、眩しい……。何だこの無邪気さは…。あと顔がイイ。)
アリスは彼の破壊力の負け少し照れてしまう。
「そっ、そう?て言うか、貴方も1組に居るんだから…賢いんじゃないの?」
そうだ。一見、間の抜けた彼でも1組に所属している事実には変わり無かった。
「んー、俺は勉強はからきしだな。勉強以外なら凄い自信はあるけどっ。」
頬杖をついて此方に笑いかける彼は乙女ゲームの攻略キャラである事を確信させられる
程の破壊力を持っていた。
並の女子なら簡単に落ちていた事は間違いない。
「へぇ〜。そうなんだ…。」
あまりの迫力に押されアリスは弱々しく答える事しかできない。
そんなアリスにお構い無しのジャンは懲りずにアリスに話しかける。
「なあ、特待生。お前、名前は?」
「アリス。アリス=ディエム。」
無邪気に尋ねるジャンに押されながら答えるとジャンは嬉しそうにする。
アリスはそんな彼の反応に悶える。
「よろしくな!!アリス!俺はジャン=クレージュ!」
「うっ、うん。」
こうしてアリスは1人目の攻略キャラに呆気なく負けてしまうのだった。
(ただ話すだけなら大丈夫なはずだよね?…‥‥…ははっ)




