15.美青年
「どうした?アリス。」
その声が聞こえて瞬間、一同の視線はアリスの真後ろ
へと移動した。
アリスもそれに従い振り返っていた。
だがアリスは声を失った。
何故なら、そこに立っていたのは息も止まって仕舞う
程の美青年が立っていたのだ。
(綺麗な人...)
しかし、その瞬間アリスの脳裏に疑問が浮かび上がった。
一体、この少年は誰なのか。と。
アリスは彼に全くの見覚えが無く、もちろんゲーム
キャラクターとしても見た事が無かった。
そんな彼はアリスの名前も知るよしもないのだが...
彼ははっきりとアリスと口にしている。
アリスはそんな事実に言葉を失いながら彼を見つめた。
彼はそんなアリスを見つめてニコりと微笑む。
「ヒッ、ヒース様?!何故ここにっ..」
先程までアリスを意気揚々と罵っていた
彼女の顔は一瞬固まり、みるみる内に乙女と化す。
どうやら、ヒースと呼ばれる彼の事を
知らないのはこの場に置いてアリスだけだった。
「君は何方だろうか?」
彼は笑顔を崩さずに首を傾げる。
彼女はハッとした瞬間、赤面して俯いた。
「大変失礼致しました。
私はマリーナ=ベルモットと申します。」
「そうか。
それで、一体どうしたのだろう?
私のアリスが困っていた様だけど...」
“私の”というヒースの言葉にマリーナの取り巻き達も
ざわつき始める。
そしてマリーナは一瞬の曇を顔に映した。
アリスもまた驚きを隠せず、目が泳いだ。
更に驚いた事には、ヒースはそう言うとアリスの肩を
寄せて少しマリーナを睨んだ。
「わっ、」
素っ頓狂な声を上げるアリスにヒースは
またニコりと微笑み、耳元で囁いた。
“直ぐに助けてやるから、ちょっとだけ合わせて”
アリスは彼の目を見返す。
そんな2人の事など知らずマリーナは
冷や汗をかきながら懸命に弁解した。
「彼女が私にぶつかった反動で持っていたワイン
が彼女に掛かってしまったのです。
リエル様にお借りしたドレスだと仰ったので、
お互いに困り果てていたのです。」
「そうか。ドレスの件は私がなんとかしよう。
だから、何も気にする必要は無いよ。」
彼女はほっと息を吐き安心し切った様な
顔をした。
ヒースは笑顔のまま続ける。
「では、この子は借りていくよ。
お世話になったね。」
そう言ってヒースは彼女の返事も待たないまま
アリスを外へ連れ出した。
◆
ヒースに連れられるままアリスは中庭へと来た。
時刻は午後9時を指しており、空はもう暗くなっていた。
舞踏館から流れる音楽が小さく響くだけで
辺りは静けさに包まれている。
2人はゆっくりと中庭を歩いていた。
「あ、あの...。」
無言が続く中、先に口を開いたのはアリスだった。
「先程はありがとうございましたっ!」
アリスは丁寧にお辞儀をして礼を述べる。
彼はそんなアリスに向き直り微笑んだ。
「大変だったな。アリス。」
「どうして?私の名前を...?
それに貴方は何方様でしょうか?」
アリスは先程からずっと引っ掛かっていた事を
聞かずには居られず、少し前のめりになって尋ねる。
ヒースは少し考えるようなそぶりを見せ
んーと唸った。
「知りたい?」
しばらくして口を開いたと思えばそう言って
悪戯な笑顔を浮かべた。
「知りたいです!」
アリスは全力で首を縦に振って見せた。
すると彼はふふっと笑ってアリスを見つめる。
「俺はヒース。それ以外は未だ言えない。
けど、いつか教えるから待ってて。」
少し困った様に眉を寄せる彼に
アリスは何故か何も聞けなくなってしまった。
それから少しの沈黙が流れた。
その沈黙の間にも、アリスはヒースの
横顔を見つめずにはいられなかった。
何故なら、彼の顔がリエルに似ている様な気がした
からだ。金色に輝く髪も、目力のあるキリッとした
目元、青い瞳。
(凄い、なんだかリエルの男の子版って感じね。
それにリエルに初めて会った時も助けてくれたのよね。
凄くかっこいいな。)
彼はそんなアリスの視線に気づいた様で
少し気恥ずかしそうに頬を掻いて言った。
「えっと....。俺の顔に何か付いてる?」
「付いてないよ。
なんだか..私の友達に似ている気がして。」
アリスがそう言うとヒールは少し脂汗を流す。
だが夜闇に隠れアリスの目に付くことはなかった。
「そっ、そうなんだ。どんな友達?」
彼にそう尋ねられ、リエルの事を頭に巡らせた。
そして楽しげにアリスは言う。
「私ね、実は貴族じゃ無くて。
そんな私に初めて優しくしてくれたのがその子なの。
その子、すっごく可愛くてかっこよくて。
いつも助けてくれて。このドレスだって....」
アリスはドレスに出来たシミを見つめた。
次第に視界がボヤけて涙がポツポツと落ちてゆく。
「せっかく、貸してくれたのに....」
アリスは悔しさと不安に迫られ涙を
止める事が出来ない。
その瞬間、アリスの涙をヒースが拭い取って言う。
「もう、そんなに泣いたらせっかくの化粧が
台無しになるぞ。」
「でも...。」
「大丈夫。ほら、こっち向いて?」
ヒースは首を横に振るアリスの顔をグイッと自分に
向かせる。
「レディーレ。」
ヒースがそう言って指を鳴らすと瞬く間に
光が溢れアリスを包んでゆく。
その光がドレスのシミや化粧、アリスの涙さえも
元に戻して行った。
(光魔法...?)