もうあの店には行けない
「顔を覚えられた。もうあの店には行けない」
お前は潜入工作員か。とでも言いたくなるが、もちろんそうではない。あの店というのも怪しげな店ではなく、ごく普通のラーメン店の話だ。会計の際、店主から「いつもありがとうございます」と言葉をかけられたのだという。それがどうして「もう行けない」につながるのかわからず、私は「はあ」と生返事するほかなかった。結果的にその反応は正しかったようで、相手は続きを話してくれた。この手の話を切り出す者は、たいてい「それわかるゥ~」などと共感されることを好まない。
先に断っておくと、相手の身分はただの「ラーメン屋の客」である。これが評論家なら例のあの件から何かしら風向きが悪くなったのだろうし、経営者なら、面が割れて他店への潜入工作ができなくなったというまったく別のストーリーが展開するのだが、残念ながら、これは「店主に『いつもありがとうございます』と言われた客が『もう行けない』と言った。なぜか」というウミガメのスープのような話である。なぜか。
「仕事帰りに、二、三週に一度寄ってたんだ。帰り道にあったし、ちょうど空いてるみたいだったから」
その程度の頻度なので、常連であるという意識はなかったそうだ。そのように振る舞ったこともない、と。
「それなのに覚えられてるってことは、あまり客が入ってないのかって」
そう決めつけることでもないと思うが。客のことはなるべく覚えようという企業努力かもしれないじゃないか。それに空いているのなら、さっきの言い分どおりだとむしろ望むところではないのか。
ズケズケと訊いているが、何も相手を打ち倒してやろうと思っているのではない。ただ、言っていることはなかなかに薄情なのに悪意が見えないのが引っかかる。その違和感の正体に触れたかった。そんな私の意を汲んでか、相手は、核心を教えてくれた。
「その店の行く末を左右する客になりたくないんだよ」
曰く、いつかその店がのれんを下ろしたときに、「自分がもっと通っていれば辞めずに済んだ」という思いをしたくないらしい。常連とは「来るであろう」ものとしてカウントされる。そのつもりで見込んでいたのに「来なかった」となれば、期待していた分だけ余計な損害を与えることになる。そして自分自身も「『来なかった』と思われてるだろうな……」と淀んだ気持ちになるから、顔を覚えられると拒絶反応が出るのだそう。
「正直、店や味のファンというわけでもない。ちょうどいい時間、ちょうどいい場所にあったというだけで行っている。仮に移転することになったら、わざわざ食べには行かないと思う。だから今のうちから、常連になるつもりはないとはっきりさせるため、もうあの店には行けない」
以上が、私が聞いた解答編だ。
思うに、この相手は責任感が強すぎるのだと思う。責任の二文字に抱くイメージが大きすぎて、本当の意味で負ったことがないのかもしれない。一人一人が大口の顧客である呉服店とかならともかく、一杯千円もしないラーメンを食べる客が一人来ないくらいで店がどうにかなるものではない。とは、思うものの、何らかのタイミングで分水嶺の役割を託される可能性は否めない。必要以上に干渉せず、自らへの干渉も望まない。食事の時間くらい、誰でもない誰かとして過ごし、フラフラと無責任に済ませたいのだろう。何の仕事をしているのか知らないが、だいぶ疲れていると思う。
そういえば前に仕事や責任について言及していたことがあった。
「何というか、他人の人生を生きている感じがする。責任を持つ気にならないんだ」
お前は潜入工作員か。